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第3話 巨躯の僧侶



「ふむ。わたくしの身分は隠すべき、とな。」


「失礼ながら、まさか王女様だと公言して旅をするわけにはいきますまい。」


 どう考えても厄介事が押し寄せてくるだろう。


「ではどうする?」


「王女ではなく、あくまで、王命を受けて魔王討伐に向かう一介の騎士、ということにいたしましょう。

 俺はさしずめ、臨時で従者に取り立てられた冒険者、といったところでしょうか。」


「では呼び名も改める必要があるな?

 『王女様』などと呼ばれては、偽装も何もないだろう。」


「何とお呼びいたしましょうか?」


「そうだな……偽名をつけるにしても、言い間違いをごまかせる方がいい。

 私のことはネリアと呼んでくれ。」


「では、ネリア様と。それでは……」


『きゃあぁぁーー!?』


 俺の言葉をさえぎるように、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。


「あっちか!?」


 いち早くネリア様は馬を走らせ、俺も後に続く。

 声の聞こえ方から、さほど距離は離れていない。

 すぐに、現場とおぼしき状況に遭遇した。


「ふむ、村娘と、裸の男とな。」


「わかりやすい状況ですね。」


 ネリア様は即座に剣を抜き、俺も変身はしないものの、男を取り押さえられるよう構える。

 男は全裸だが、相当な長身に加え筋骨隆々の体つきと、なかなか手ごわそうだ。


「待て、誤解である!」


 慌てた様子の裸の男が弁解するが、言い逃れは無理があるだろう。


「この状況で誤解と言われても。話は兵士の詰め所で聞くとしか……」


「いえ、さっきの悲鳴は私の不注意で……この方は悪くないんです!」


 意外なことに、悲鳴の主と思われる村娘が男をかばい出した。


「……なんだ、そういうプレイか。」


 迷惑だから、大声など上げないでこっそり隠れてやってほしい。


「いえ、プレイでもないんですが……」


「ビスト、プレイとは何だ?」


「ネリア様、ちょっと難しい話になるんで、それは後でお願いします。」


 できればそのまま忘れてくれるとありがたい。王女様に上手く言える自信はない。


「魔物が服だけを切り裂いていってしまったんです!」


 村娘の簡潔な説明に、男も頷く。


「こんなナリで言うのもなんだが、拙僧は僧職クレリック系の冒険者である。

 この娘の依頼により、魔物を退治しに参ったのであるが……」



●●●



 話を聞くに、こういう事らしい。

 娘は近隣の村の者で、農作物を切り裂く魔物に困り果てているのだとか。

 そこに旅の僧侶(名前はバルグというらしい)がやってきて、魔物退治を引き受けよう、ということになったそうだ。


「拙僧、治癒魔法の使い手にて戦闘は不得手だが、かといって困難にある人を放っておくわけにもいかず。」


 ――とのこと。

 そして、村娘の案内で魔物の巣とおぼしき場所を見つけ、いざ戦おうとした。

 しかし、結果あんな有様になってしまっい、魔物にも逃げられてしまったという。


「あんなにすばしっこい魔物は初めてである。

 ちらりと見えた姿は、虫に近かったようであるが……」


 とは、実際に対峙したバルグの談。

 そして、ここまで話を聞いた以上、『はいそうですか。大変ですね。』と立ち去るわけにはいかない。


「王家の者として、民の窮状を見過ごすわけにもいくまい。」


 とは、ネリア様の談。尊き者の義務(ノブリスオブリージュ)は大変だ。

 だが実際のところ、作物に被害が出るのはまずい。

 魔物の繁殖力次第では、直接人を襲う魔物以上に被害がでる可能性もある。


 そんなわけで、巣穴が見える場所に隠れて、魔物の帰りを待つこととなった。

 ちなみに村娘に指摘され、バルグはこのタイミングで予備の僧衣に着替えた。



●●●



「来た……!

 そうだ、あの魔物であるぞ! 拙僧の僧衣を切り裂いたのは……!」


 魔物の帰りは意外と早かった。

 その正体は、犬ほどの大きさの、鋭利なツノをもつカブトムシ。

 エッジビートルと呼ばれる、3等級の魔物だ。

 食事のために人畜を狙う性質こそないものの、迂闊に近づけば襲ってくる危険もある。

 飛行速度は魔物全体でも上位に位置し、角の切れ味は斬鉄クラスではないものの、人体をたやすく切り裂く。

 バルグが切られたのが服だけだったのは幸運という他ない。


「よし……!

 鎧を着てるわたくしが前に出る。私が魔物にわずかでもダメージを与えたら、2人は追撃してくれ。

 貴女はこの木から前には出ないように。」


 ネリア様が駆け出し、俺もそれに続く。

 できれば一般人に魔人変化は見せたくないので、能力使用は両手の皮膚硬質化にとどめておく。


 人の接近に気がついたエッジビートルは、こちら――特に先頭のネリア様に狙いを定め、高速で飛来してきた。

 それをネリア様は剣で迎撃する。

 常人の剣速では間に合うはずもない。

 だが、“魔剣”はエッジビートルの硬質なはねに当たり、側面下方に逸れ、右側の脚をすべて斬り落とした。

 わずかに速度が落ちたところに、俺も爪化した抜き手で追撃を加え、右翅の1/3ほどを破壊する。


「BUuBbbibibii!!」


 だが、それがまずかった。

 高速飛行中に傷を負ったせいでバランスを失い、エッジビートルは空中で暴走を始めたのだ。

 螺旋を描くように飛びまわり、手あたり次第触れたものを切り裂いて回る。


「やばいっ、こいつは手に負えない!」


 身を低くして力尽きるのを待っていたのだが、エッジビートルが飛び回りながら村娘が隠れている方に近づいていく。

 おそらく、偶然であったのだろう。しかし、不運にもエッジビートルの軌跡は村娘に向かっていく。

 俺も、ネリア様も駆け寄ろうとしたが、それより早くバルグが立ち上がった。


「おおぉぉぉぉぉぉっ!!」


 間一髪、バルグが間に入ることで、エッジビートルは止まり、元々異常興奮していたせいか、バルグにぶつかった衝撃で絶命した。


「「バルグッ!?」」


「僧侶様!?」


 娘は無事だったが、バルグはもろにあの刃の角を受けたはずだ。

 バルグはゆっくりと、俺たちの方を振り向き――


「木々にぶつかりすぎて、角が脆くなっていたのであろうな。

 拙僧の大胸筋に当たり、折れてしまったわ。」


 服は切れていたが、分厚い胸板は血がにじんですらいなかった。



●●●



 村娘はしきりに感謝し、本来ギルドに依頼を出す際に持って行くはずだった報酬を俺たち3人に渡してくれた。

 ネリアは固辞しようとしたが、このような場合受け取るのが礼儀だと説得し、バルグとの分配の話もスムーズに済んだ。


「しかし、よかったのか?」


 今、俺とバルグはツレションをしていた。


「何がであるか?」


「あのだよ。

 あんたを見る目、あれは惚れた男に向ける目だったと思うぜ?」


「むぅぅ……」


「僧侶って言っても、妻帯は珍しくないんだろ?

 実際、さっきのお前はかっこよかったぜ?」


「もしそうなら、嬉しくはあるが……拙僧はその想いに応えることはできん。」


「何でだ? 結構可愛かったと思うが。」


 ネリア様の方が美しいと思うが、と内心付け加える。


「良い娘だとは思うが、まったく拙僧の好みではないのでな。」


「へえ、じゃあどんなのが好みなんだ?」


 興味本位で聞く。


「まず背丈。長身の方が美しいと思うのである。」


「へえ。」


「正確には、拙僧より高くないと物足りぬ。」


「うん?」


 バルグの背丈は相当な長身だ。

 俺が今まで会ったことのある人間で、バルグよりデカかったのは2,3人程度。当然男だ。


「もう一つ、むしろこちらが重要であるな。」


「ほう。」


「たくましい女が良いのである。拙僧の体を持ち上げる程度の力は欲しいのであるな。」


「えぇ……。」


 バルグの肩幅は広く、胸板は厚い。

 下手をすると、プレートアーマーを着こんだ騎士くらいの重さはあるかもしれない。


「そんな女に会ったことがあるのか?」


「ない! いつか出会いたいものであるな!」


 そうそういるとは思えないし、仮に見つかったとしても。

 勝手な予想だが、そんな女の好みは、その女よりさらに長身な男か、むしろ優男か、どちらかなのではないだろうか。


「そうか……いつか出会えると良いな。」


「応!」



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