第25話 魔王の最期と…
城内を駆け上がるジルは、背後に気配を感じた。
「ジル殿!
前庭の戦闘の痕跡は貴殿であったか!」
振り向いた先には、ボロボロの布きれと化した僧衣でかろうじて局部を隠しているバルグの姿。
「ずいぶん手ひどくやられたようですね。
……いろんな意味で。」
「いや、拙僧は無傷も同然であるが……?」
言葉の意図が食い違っている気はするが、訂正する意味もないので置いておこう。
「ガンダーン二世とやらは斃したのですね?」
「うむ。より強くなったとは言っていたが、岩の体は人の肉体ほどは早く成長しなかったようであるな。」
「そんな速さで成長するのはあなたぐらいのものだと思いますが……」
やや呆れながらも、周囲への集中は途切れさせず、城内を駆ける。
「ジル殿は少々手傷を負ったようであるな?」
「ええ、エネルギー量の桁が違う相手だったので……直撃は躱せても余波で少々。」
電熱で全身に浅い火傷を負った上、飛び散った破片による裂傷も少なくない。
いつもならバルグに治してもらうところだが、その時間も今は惜しい。
「……外観から判断して、この城の最上階は5階程度。
ゲネルラーが待ち構えているならその直前。おそらく、ビストさんが抑えているはずですが……」
角を曲がり、戦闘の痕跡のある広間が視界に入る。
そこには、既に息絶えたゲネルラーの死体が、静かに横たわっていた。
「この傷は切れ味鋭い剣によるもの……ゲネルラーを討ったのはネリア殿のようであるな。」
「では、姫様はビストさんに魔王との戦いを譲ったということですか……?」
予想外の判断であった。
ジルは、姫様自身が、『魔王を討つ』という自身の使命を一番重くとらえていると思っていたから。
「最上階はすぐそこである。
ネリア殿の真意も、確かめねばなるまい。だが、それは魔王を討ってからである。」
一瞬止まりかけた思考が、バルグの言葉で動きだす。
そう、今は一刻が惜しいときだ。
●●●
バルグは、元は豪奢なものであったっことが予想される門の残骸を見た。
破壊された門の向こうには、破壊されつくした部屋と、ネリアの後姿。
室内から、戦いの音は聞こえない。
「ネリア殿! 一体何が……」
ネリアと並ぶように立ち、惨状を見て2人は絶句した。
「そんな……ビストさんが……!?」
「相打ち……だったというのであるか……」
まず目に映ったのは、半身が焼けただれて絶命している見知らぬ男の死体。
衣装や雰囲気、状況から判断して、おそらく魔王のもの。
そして、その周囲に散らばる、バラバラにちぎられた魔人態の『残骸』。
正体不明の、臓物のようなものや、禍々しい色の粘液がそこら中に飛び散っていた。
「何故こんな……! 一体何が起きれば、このような惨状に……?」
「……毒だ。」
ぽつりと、ネリアが口を開く。
「毒……?」
「ビストはおそらく、『チン』の能力でスライム化した全身を猛毒に変えたのだろう。
触れただけで皮膚から浸透し、どんな存在であろうと確実に殺す、猛毒に……」
「それで、魔王はあのような姿に……」
改めて見れば、魔王の周辺は特に粘液の量が多い。
わずかに吸い込んだだけでまともな生物なら死に至らしめる毒の息。それを粘液に変えて全身にまとわりつかれれば、魔王といえども助からなかったようだ。
「だが……そのためには、魔王の間近に行き、かつ、隙を作る必要があったはずだ……」
「ビストさんが死んだ瞬間こそが、魔王の隙となったのですね……」
ふと、違和感を覚えた。
ネリアの物言いが冷静すぎる。
振り返り見れば、ネリアはうつろな表情で、ただ涙だけがとめどなく流れていた。
「私は……このような手を使うなど聞いてなかった……!
あの時も……命までも失うようなことはないと……!!
確かに、気休めだと言っていたが…………!!!」
感情が爆発したかのように、急に語気が強まる。
こらえていたものが、あふれ出すように。
「あの言葉は、嘘だったというのか!
答えろっ、ビストッッ……!!!」
カツンと、ネリアの慟哭に反応したかのように、背後で足音がした。
この城に、まだ誰かいたのだろうか?
振り向くと、そこには――
「お揃いのようですわね、皆さん。」
「アージェ!?」
死んだはずの四天王、アージェの姿があった。
●●●
ネリアは、アージェからただならぬ気配を感じていた。
以前戦った時の比ではない威圧感。
「死んだはずだと……いや、幻影を作る能力なら死を偽装するのもお手の物か。」
幻影城の時は、あまりにあっけなさすぎると元々不審に思ってはいた。
「フフフ、ご名答。
そして、今の今まであなたたちが魔王を斃すのを待っていたというわけ。」
「……魔王の封印を解いた張本人が、魔王を見殺しにしたと? どういう了見だ?」
「私の目的は、魔王本人ではなく魔王の『力』。
そこで溶けて死体になっている男が、あと少しで取り戻せそうで、しかし取り戻せなかったもの。」
アージェが何かを絡め取るような指の動きをする。
「初代国王が魔王本人とは切り離して封印した『純粋な力』。
本来なら、復活した魔王の元へと戻るはずの莫大な魔力。だけど、それを取り戻す前に魔王が死んだら?」
「……まさか!?」
「地下を流れる『力』を、横取りするのには苦労したけれど……
そこでバラバラ死体になった魔人は、実に良いタイミングで事を成してくれましたわ。」
ネリアは、全身の力が抜けおちるのを感じた。
すべては、アージェが力を手に入れるために仕込んだことだったのか?
私たちの旅は何だったのか?
ビストの死は、無駄になってしまったのか?
「すべて貴女の掌の上だったというのか……!?」
「その通り。
後は、この力で私が新たなる魔王として君臨するだけ。
あなたたちは……大人しく逃げ帰るというなら、別に見逃してあげてもよろしくてよ?
私から見れば、もう虫けら同然で何の脅威にもなりませんもの。」
その瞬間、アージェから莫大な魔力が噴き出した。
この城に入ってから感じていた魔王の威圧感、それをすべて一点に集めたかのような、圧倒的なパワー。
本当に、今すぐ逃げ出してしまいたくなるほどのエネルギーの差。
だが。
「誰が逃げるものか……!」
戦う力はもはや無い。
しかし、それでも屈するわけにはいかない。
「せめて一矢、報いなければならぬのである!」
「ここで引いてもどうにもならない以上、やむを得ませんね。」
バルグも、ジルも。疲労した体を奮い立たせる。
きっと、3人ともここで死ぬ。だが、多少なりとも力を削ることができれば。
ビストの死を、まったくの無駄にはしたくない。
「バカな人たち…… なら、お望み通り仲間の後を追わせてあげる……」
莫大な力を身体にまとわせ、アージェが一歩、足を進める。
覚悟を決めた3人は、それぞれ武器を構え――
『いいや、それは無理だな……』
地の底から響くような、不気味な声が、すべてを停止させた。
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「っ!? 今の声は……!?」
常人ならば、耳にするだけで気が触れそうなおぞましさを感じる声。
だが、ネリアはその声に不快感を感じなかった。
「どこから……? 何者!?」
アージェもその声の異質さに足を止める。
『何者、とは随分な言葉だな……?
人の力を盗んでおきながら……』
「なっ……!? まさか魔王……!?」
ずずず、と、何かを引きずるような音。
全員が絶句した。
魔王の溶けた死体と、バラバラになったビストの四肢、体液、臓物。
それらが引き寄せ合い、ほどけ、組み合わさっていく。
やがて骨と肉のパズルが完成し、邪悪な塊がそこに存在していた。
「ま……魔王……様……?」
魔王の力を得たはずのアージェさえ、恐怖を感じていた。
あまりにおぞましい、狂気の造形だった。
だが、ネリアは別の理由で硬直していた。
「その美しい姿……まさか、ビスト……なのか……?」
二者の、全く逆の質問。
その質問に、醜悪な造形物は口のようなものを開く。
『答えは、両方ともイエスだ……
俺はビスト……魔王の核を取り込み、その能力を獲得した、新たな魔王だ……!!』




