第21話 嵐前の寸暇
結果として敵の力を大きく削ぐことができたとはいえ、四天王相手の2連戦は精神的にも肉体的にも負担が大きかった。
アージェによって重症を負ったバルグ。
アージェ戦直後からクレットによって軟禁されていたネリア様。
俺自身に至っては2人の四天王相手に直接戦闘するはめになった。
唯一、ジルはまともなダメージを受けずに済んだが、アージェ戦直後からの4人分の雑事を一人で行っていたため疲労が溜まっている。
このままではまともに戦えないということで、適当な街で数日宿をとり、休養に徹することになった。
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俺は、ネリア様が取った個室の前に来ていた。
バルグの“治癒魔法”のおかげもあって、全員の怪我の治療はほぼ済んでいる。
なので部屋にこもってる必要もなく、バルグとジルはそれぞれ気晴らしに外出中だ。
つまり、ネリア様と2人で話すチャンス。
ドアを軽く数回ノックした。
「どうぞ、入ってくれ。」
「失礼します、ネリア様。」
椅子に腰かけ、鎧を磨くネリア様の様子に普段との変わりはない……ように振る舞っている。
だが、その表情はわずかに精彩を欠くものだった。
「あの戦いの直後は流石に息も絶え絶えだったが……大分調子も戻ったようだな、ビスト。」
「ネリア様もお元気になられた……と、言いたいところですが……」
俺の言葉に心当たりがあるようで、ネリア様は目を伏せる。
「やはり、分かってしまうものか……
普段通りに振る舞っていたつもりだったのだが……」
「ネリア様の自身を律する能力は相当です。俺が気付いたのは、気配というか……カンに近いものですね。」
「カン、か……」
ネリア様は手を完全に止め、磨き布をテーブルに置き、俺の方へ向き直った。
「やはり原因は、王弟殿下が惑わされて四天王となり、命を落としたことで……?」
「……いや、それは確かに悲しいことだったが、さほどでもない。
王族としての覚悟というものもあるからな。」
「では、何に気をもんでいるのか、失礼ながらお聞かせいただいても?」
勝手ながら、ネリア様には堂々と構えていてほしいのだ。
そのためには、できることならば悩みを取り除いて差し上げたい。
「……実はな、貴方のことで悩んでいたのだ。」
「俺のことで!?」
そう言われると、急にこちらが落ち着かなくなる。
何か、ネリア様の気に障ることをしてしまっただろうか?
「バルグとジルはともかく、貴方だけはこの旅に同行させたことに関して私に責任がある。
その貴方が、叔父上……いや、あえてクレットと呼ぶか。クレットに殺されたと思ったとき、私は激しく後悔した。」
「ネリア様、そんな……
俺がついて行きたいからネリア様に同行しているんであって、そんな責任だなんて……」
「だが、魔王復活に関して、貴方に責任を感じさせてしまうようなことを言った。
“魔人変化”の美しさに目がくらみ、同行を強要してしまった……!!」
俺の肩をつかむネリア様の手は、あの“魔剣”を振るう手と同じとは思えないほど弱々しかった。
「そしてそれ以上に、私は貴方に死んでほしくない……!
正直言って、貴方の意思を無視してでも、この危険な戦いから遠ざけてしまいたいのだ……!」
「ネリア様……ありがとうございます。」
不謹慎ながら、嬉しかった。
ネリア様がそれだけ俺のことを気にかけてくれている。
だが、同時にやはり、その心配を払いたい。
「……気休めにもなりませんが、一つ。
俺が近頃感じている予感をお伝えしましょう。」
「予感?」
口から出まかせを言っていると思われるだろうが、近ごろ妙にカンが冴えている気がする。
取り込んだ魔物の核が多くなってきたせいか、動物的な本能が芽生えてきた気がするのだ。
「それは、すべての戦いが終わっても、俺達4人は命を保っているだろうという楽観。」
「なぜ、そんなことが言えるんだ?」
「多くの魔物の力を得たおかげか、最近、本能的に生命の危機に敏感になっておりまして……
ゲネルラーの城の方角からも、魔王城の方角からも、根本的な危機の気配を感じないというか……まあ、所詮はカンですが。」
「カンか……だが、少し信じたくなる話だな。」
そう言って、ネリア様は微笑みを見せてくれた。
都合の良い妄想かもしれないが、その笑みは、先ほどまでの陰りが少し減じているように感じられた。
ふと、ネリア様が俺の肩をつかむ力が強まっていることに気付いた。
「ありがとう、ビスト。
叔父上が言っていた通り、貴方は私よりも強い人間なのだろうな。
そう言ってネリア様は、俺の顔に自身の顔を近づけ……
「これは、私の不安を払ってくれた礼だ。」
わずかに口と口が触れあい、すぐに離れた。
「……ネリア様。」
「さあ、淑女の部屋にあまり長居するものでもないだろう?
ビストも疲れが溜まっているだろうし、部屋に戻るといい。」
俺を部屋から追い出そうとするネリア様は、頬が朱に染まっていた。
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自分の部屋に戻り、俺は天に昇るような喜びと、どうしようもない後ろめたさに苛まれていた。
確かに、「命を失うようなことはない」という予感は本当だ。
だが、もう一つ。より強く予感していることがあった。
「命は保っても、多分、何か重要なものが失われる……なんて、言えねえよなあ……」
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翌朝、十分体力が戻ってきたので、そろそろ宿を出ようかと準備をしていた時だった。
息を切らして、ボロボロな身なりの兵士が宿に駆け込んできたのだ。
「よかった……まだこちらにおられたのですね……!」
「貴方は、王国軍の……?」
「カーネリアン王女殿下、並びに同行者の皆さんに緊急の伝達があり、参りました!」
バルグが水を渡したが、それに口をつける時間も惜しいのか、手に持ったまま伝令の兵士は言葉を続ける。
「王国軍、並びに周辺連合軍は魔王軍の大規模攻勢に大敗し、前線基地も突破され……
指揮を取っていた国王陛下は行方不明です!!」




