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第2話 魔剣の王女



「魔王を復活させたのは、貴方だな?」


 開口一番そう告げる女騎士に、俺はとりあえずこう言うしかなかった。


「いやいや、そんなまさか。ご冗談でしょう?」


 自分でも、全身脂汗でびっしょりしているのが自覚できる。多分、目は猛烈に泳いでいるだろう。

 女騎士を直視できず、そらした目が、ふと遠くの景色を映す。

 ……遺跡に入る前、あの方角に、あんなに巨大で真っ黒な雲なんてあっただろうか?



●●●



「そこまで怯えずともよい。別に貴方を処罰するつもりはないのだから。」


 プルプル震えて土下座をする俺に、頭上から声がかけられる。

 女騎士は目の覚めるような美人で、そのことが一層恐ろしく感じる。


「依頼を受けて……封魔の壺を取って来いって……

 ちゃんと確認もしたんです……! 壺の口に封はされてなかったし、魔法陣も……!」

おもてを上げい。というか立て。話しづらいから。」


 恐る恐る立ち上がり、手と膝の汚れを払う。


「まず、この国に魔王が封印されていたことは知っているな?」


 正直まだ内心ガクブルものだが、なんとか言葉を絞りだす。


「十何代か前の、初代国王が封印したとか……」


「その際、心配性な初代国王は安全弁を用意した。

 108ヵ所の封印、そのすべてを破壊しない限り魔王が復活することはない、とな。」


「108ヵ所も!?

 でもそれなら、そうそう封印が解けるなんてこと……」


「それが裏目に出た。全国108ヵ所に監視と警備を置くのに、どれだけの人員が要ると思う?」


「あっ……!」


 何百年も、誰も来ない場所が108ヵ所。

 もちろん厳重に警備されている場所もあったのだろうが、ここのように一切見張りの付いていない場所もあったのだ。


「暗躍している者の存在に気付いたときには大半の封印が破られた後だった。

 それでもまだ、残っている封印を守りきれば……そう思って急ぎ駆け付けたのだが、ここが最後の封印だったようだな。」


「面目次第もございません……!」


「だから土下座はやめい。」

 

 プルプル震えて土下座をする俺に、再び声がかけられる。


「責任は108ヵ所を守りきれなかった全員にある。

 貴方を斬ってしまっては、関係者全員を斬らなくてはならぬ。

 そんなわけにはいかぬからな。」


「それでは……騎士様はどうなさるので?」


「あの方角に暗雲が見えるだろう?」


 さっき目に入った巨大な黒い雲だ。チカチカと稲妻が走るのも見える。


「あれが魔王城のある方角だ。

 すさまじいことに、魔王は城ごと復活するらしい。」


「城ごと!?」


「まだ確認はできていないが、国土全体に描かれた魔法陣、その中心から城がせり上がってくるそうだ。周辺地域への影響も計り知れない。」


「げぇっ……!」


 復活したら城ごと生えてくるような魔王、それはどれほど強大な力を持っているのか。想像もつかない。


「だがわたくしは魔王を討たねばならぬ。

 ……単騎でな。」


「単騎で!?

 いや、それは無理でしょう!?」


 単独での冒険がいかに危険かは俺が誰よりもよく知っている。

 仲間がいれば何の問題もない程度の、たったの一つの思わぬトラブルが、致命的な事態に発展したのは一度や二度ではない。


「やらねばならぬのだ。魔王にまつわる昔話は知っているだろう?」


「それは……」


 いわく、魔王城では軍隊は無力。

 魔王の力の影響下で5人以上の人間が徒党を組むと、たちまち力が抜け倒れてしまうのだとか。


「てっきり、初代国王を英雄化するためのおとぎ話かと……」


「実際にあった話だ。そして軍隊を無力化する作用は、本城だけではなく四天王の居城にもある。」


「しかし、それなら余計に精鋭の仲間が必要なのでは……?」


「言えるか? 他人ひとに『4人で魔王討伐に行くので付き合え』などと。

 おいそれとは言えまい。」


「それは……」


 確かに、兵士の仕事は徒党を組んで戦うこと。死地に赴くような命令を下されることはあっても、4人以下で戦えというのはあまりにも……

 しかし、それはこの女騎士も同じではないか。

 改めて見れば、まだ若い。二十歳前後といったところだ。

 おそらく、すさまじい実力の持ち主なのであろうが、しかしそれでも困難を極めるだろう。


「……騎士様は、命は惜しくないので?」


「心配は無用だ。わたくしの名はカーネリアン・クォーツィス。

 第一王女として、初代国王より受け継いだ力はこの時のためのもの。私だけは、戦わなくてはならない義務がある。

 ……だから、土下座はやめよと言ってるだろう。」


 プルプル震えて土下座をする俺に、3度目の声がかけられた。



●●●



 別れて行く理由もないため、とりあえず、付近の街までは同行することになった。

 余計な世話だろうが、正直、他人事ながらこのひとを放っておけない、というのもある。


「王女様。俺にも何か、力になれることはないでしょうか?」


 思い切って、数歩前を馬で歩く王女様に申し出てみた。


「魔王を復活させた責任を感じているのか?

 ……だが不要だ。死地に赴く戦いだからこそ、余人を巻き込むわけにはいかないし、そもそも生半可な力では足手まといにしかならない。」


 振り向き、王女様はそう答える。

 よく考えてみれば、お姫様に俺が魔人態に変身するところなんて見せるわけにもいかない。

 だから、これで良かったのかもしれない。


 そう思い、それでも心に引っ掛かりを感じ、口を開こうとした時、


「ご苦労でしたね。依頼を果たしてくれたようで。」


 まるで湧いて出たかのように、一人の女が現れた。

 俺に封魔の壺を取ってくるよう依頼した女だ。

 しかし、姿を現すまで気配をまるで感じなかったのは異質だし、その表情も、状況に対し不自然な笑みを浮かべていた。


「アージェっていったか。あんた、何者なにもんだ?」


「ごく普通の町娘……には見えませんか?」


「見た目だけならな。だから聞いているんだ。」


「よせ、魔物相手に問答は無意味だ。」


 王女様はそう言って下馬し、剣を抜いた。

 片手剣ではあるが、それなりに重量のありそうな幅広の長剣。


「フフフ……伝説の固有技能、“魔剣”の姫ですわね?

 怖い怖い、魔物といっても、私はか弱い下っ端。

 だから、戦うのもこの子たちに任せてるんですの。」


「Gaaaggaaa……」「KyiiIii……」


 アージェが手を上げると、こちらも湧き出るようにキマイラが現れた。

 キマイラもストーンゴーレムと同様、2等級の魔物だ。

 ライオンの俊敏さと膂力、背から生えた火を吹くヤギの頭、毒蛇の尾を併せ持つ怪物。

 ギルドの正式な区分ではないが、冒険者の中では俗に準1等級とも言われる、極めて凶悪な魔物だ。


「冒険者よ、貴方は下がっていろ。」


 俺に言葉を書けると同時に、王女様は動きだした。

 縦に一閃。剣先から放たれる魔力が実体の刃となり、キマイラに傷を負わせる。


「はぁっ!」


 振り下ろしの姿勢から、剣を水平に戻す動き、そこからの連続突き。

 明らかに剣の長さ以上の間合いにも関わらずキマイラは傷だらけになっていく。

 もはや瀕死に近いキマイラではあるが、だからこそ力を振り絞り、連続突きが緩んだ瞬間に猛烈な火炎を噴き出した。

 だが既に、そこに王女様の姿はない。

 キマイラは自分の身に何が起こったか気づく間もなく、真上から核を串刺しにされて息絶えた。


「すげぇ……!」


「……ふぅ。

 アージェとかいう魔物は逃げたか。」


 王女様の姿に見惚れていた隙にアージェはいなくなっていた。


「どうだ?わたくしの戦いを見て。

 助力が必要なように見えたか?」


 ちょっとドヤ顔の王女様は素敵だが、俺の心配は純粋な強さの問題だけではない。

 そのことを言おうとした時、王女様の死角からもう一頭のキマイラが湧き出てきた。

 隙をつくために時間差で召喚したのか、と、口にする時間もない。王女様は既に剣を鞘に納めている。ほんの一瞬、迎撃の時間が足りない。


「“魔人変化”ッ!」


 だが、今だけは俺がいる。

 おぞましい姿を見せたくない、と思う間もなかった。

 意図せずして、変身の過程を見せつけるように王女様の眼前を走りぬく。

 ジャイアントホッパーの跳躍力で飛びかかり、キマイラが王女様を襲う寸前に眉間を殴りつけた。

 外骨格の内部がスライム化した俺の肉体は振動を増幅し、衝撃は敵の体内で累積される。

 結果、キマイラの脳が爆散し、脳髄がぶちまけられ、眼球がぼとりと落ちる。

 そして自分がしでかしたことに気付いた。

 ……やってしまった。

 変身過程、魔人態、破壊されつくした魔物の死骸。


「……貴方は土下座が趣味なのか?」


「誠に、お見苦しいものをお見せしました。」


 魔人態を解除する間もなく、土下座に移行する俺。王女様の声が震えている。

 百戦錬磨の冒険者すら、見るに堪えないと追放する魔人変化だ。冷静さを保てないのも当然。

 流石にこれは打ち首だろう。そう思うと逆に震えは止まった。


おもてを上げい。」


 そう言うなら、折角だから死ぬ前に王女様の美しい顔を見ておこう。

 そう思い、俺が見た王女様の表情は予想とは少し違っていた。

 蒼白な顔で嫌悪感を露わにした顔……ではない。

 むしろ興奮気味に頬を紅潮させ、かつ表情は真剣そのもの。


「……貴方の名は?」


「ビスト・チェーンと申します。」


 墓碑に刻む名だろうか。


「ビスト。貴方は素晴らしい戦技を持つようだな。」


「お褒めにあずかり光栄です。」


「そして何より美しい。」


「……は?」


「戦闘姿勢に移る変化へんか、戦う姿、そして斃した魔物の死骸さえ美しい……」


「…………はぁ?」


「こんな美しい戦いを、こんな間近で見ることができるなんて……」


「………………はぁぁっ!?」


 王女様の表情はどんどんと恍惚としたものに変わっていき、危険な色っぽさすら帯びてゆく。

 思わず、不敬ととられかねない声も出てしまうというものだ。

 こんなことを言われたのは、当然ながら生まれて初めてなのだから。


「ビスト。貴方は先ほど『力になれないか』と言ってくれたな。」


「はい、確かに申しましたが……」


「私の供をしてはくれないだろうか?

 貴方のその姿を、もっと見ていたいのだ……」


 魔人態の俺の耳元で、うっとりとした声で王女様がささやく。

 多少の妖しさと危険さを感じる。


「はぁ……俺でよろしければ、喜んでお供させていただきましょう。」


 嬉しさより困惑が先に出る気分だが、結果オーライと思っておこう。



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