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第15話 王女の責務



 全身猛毒の魔物相手に、血を流させずに戦うにはどうすればよいか?

 下手に接近すれば、チンがまとう毒の空気だけでお陀仏だ。


 理想は強力な魔法を使い、遠方から焼くか凍らせるか、あるいは雷でも落とすか。

 だが、残念ながら俺の魔法はドラゴンメイジの劣化爆風のみ。サラマンダーのファイアブレスも威力不足だ。


 飛び道具がないなら接近戦をやらざるを得ないが、毒に触れない工夫が必要になる。

 俺の場合は――


「“GOgooOoo”!」


 爆風魔法で常に風を起こし、常にこちらが風上になるようにする。

 とはいえ、これでも完全に遮断することはできない。

 幸い、魔人態の生命活動の原理は人体とは全く異なる。鎧になったりスライムになったりするのだから当然だが。

 はっきり言って、魔人態は呼吸の必要がない。

 それでも外殻の隙間から多少の毒は浸透し、かすかにだが痺れも感じる。長期戦は禁物だろう。


 これで防御は何とかなる。では攻撃は?

 いつもなら振動衝撃で一撃だが、今回は使えない。

 出血厳禁なので、抜き手でぶち抜くわけにもいかない。

 打撃で殴り殺せれば良いのだが、この巨体相手にそこまで威力のある打撃を撃てる筋力は無い。

 だが、打つ手はまだある。


「KyuChiiiiiii!!」


 真っ赤に赤熱化した手刀が翼を切り裂く。

 一瞬で焼き固められた切断面からは、ほとんど血液が漏れ出ない。


「これで……トドメだ!!」


 返す刀で、長い頸を切断。

 唾液などがこぼれ落ちないよう、皮一枚だけ残して、頭が死骸の背に乗るように折り曲げた。


「核は……これか。」


 頭部を斬り割ると、脳の奥に核を見つけた。

 丁度その時、何者かが崖を滑り降りてきた。


「ビスト、無事か!? ジルが、戦闘の音が聞こえたと言うので、何とか下りてきたが……

 ……まさかこれ、一人で斃したのか!?」


 チンの死骸を見て、安心した様子を見せたネリア様の表情は、直後、驚愕に染まった。


「うわ、本当に死んでます……

 ギルドの資料に合った通りの、1等級の魔物が……!」


「いよいよ超人的になってきたのであるな……!」


 ジル、バルグも同様の顔だ。

 ……ちょっと気分が良い。


「相性が良かったようだな。むしろ俺一人の方がやりやすい相手だったかもしれん。

 あ、近寄らないように。まだ毒気が残るから。」


「どうするのであるか、この毒の塊の始末は?」


「それは簡単だ。これを……」


 引き抜いた核を持つ手も痺れるが、ここは我慢だ。


「いつも通り、こう!」


 粘液にまみれてうごめく胸の穴に、核を押し込む。

 が、流石に今回はいつもとは違う。

 毒液にまみれているのも問題だが、1等級魔物の核は莫大なエネルギーを持つ。

 ドラゴンメイジの時は破損していたが、今回は完全な状態だ。


「ぐううぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」


「ビストッ!?」


 心配してくれるネリア様を手で制止し、激痛をこらえる。

 実際にはわずかな時間だったのだろうが、半日くらい経ったような苦しみ。

 それがわずかに引いてきた時、顔を上げると、チンの死骸は既に朽ち果てていた。


「魔物の能力は本質的に核にある。

 だから、俺が核を呑みこめば能力は俺に移り、死骸は無価値なただの死骸になるんだ……」


「それは構いませんが、すごい脂汗ですよ!?」


「ジルの口癖を借りるなら、『やむを得ない』ってやつだ……」


「だからといって、無茶をする……!

 いや、無茶といえば一人で戦ったのもそうだ!! 結果としては、一人でも勝てたが……!」


「すみません、ネリア様。

 ただ、今は少し休ませてもらいます……核の能力ちからがなじむまで……」


 なんとか言葉を絞り出し、俺の意識は薄れていった。



●●●



 目を覚ました時、既に空が赤らみ始めていた。

 意識を失った時、そのまま地面に倒れたはずなのだが、不思議と、固い床で寝た時のような体の固さは感じない。

 魔人態は解除され、今の俺は人間の姿だった。


「……気がついたか。」


「ネリア様?」


 横向きに寝ていた俺に、上方向から声がかけられる。

 ネリア様に膝枕をしてもらっていたようだ。

 慌てて跳び起き、あらためてネリア様の方に正座で向き直る。


「これは、失礼をいたしました!」


「貴方が街一つを救ってくれたのは確かだからな。これくらいは構わない。

 むしろ、為政者に列なる者としてはもっとしてやれることがあると良いのだが……」


 そう言ってネリア様が立ち上がろうとする。

 ――が、足がしびれたのか、少しよろめく。


「おっと……」


 いや、よろめき方が少しおかしい。


「もしや……俺の体に残った毒が!?」


 できる限り毒を避けて戦ったが、それでも俺の全身にはわずかな毒気が残っている。

 俺自身はチンの核を取り込んだことで無害化できるが……


「心配は無用だ。」


「ですが……!」


 言いかけたところで、周囲を見回っていたジルが戻ってきた。


「大事なお体ですのでおやめくださいと、何度も言ったのですが……

 『せめてこれくらいは報いなければ』と言ってきかないので。

 やむを得ず、姫様におまかせしたのです。」


 おそらく、その行動は人の上に立つ者としての義務感からでたものだろう。

 だが、理屈ではそう分かっていても、喜びの感情を抑えることはできない。


「……ありがとう、ございました。」


 心からの礼を込めて、深く頭を下げた。


「もう、体は落ち着いたのか?」


「ええ、チンの核も、すっかり体になじみました。

 使いどころは相当に難しい能力ですし、気軽に、試しに使ってみるというわけにもいきませんが……」


「そうか……戦力的にも、この依頼が有益であったようでなによりだ。」


 まったく色気のない会話だった。

 しかし、そのことに不満は感じない。


「むっ……少しめまいがするな。

 悪いが、今度はわたくしが休ませてもらおう。」


「では、今支度を……」


 もうすぐ日が暮れるので、街に戻るには遅くなる。

 だが、ジルが荷物をほどき、野宿の準備を始めるのを見ながら、ネリア様はこう言った。


「今度は、ビストが私に膝を貸してくれないか?」


「姫様!?」


 ジルが慌てるが、ネリア様は意に介さない。

 急な展開に、緊張が高まりながらも、


「俺のの固い膝でよろしければ、喜んで。」


「ビストさん! あなたもそんな……!」


 ジルが怒りだすが、ネリア様はもう、俺の膝の上で寝息を立てていた。



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