38・思い出。
「公爵様も王様も何度申し上げても私をリリアとしかお呼びになりません。
でも私はリリアさまじゃなくてリリアーナです!
ベッドの中ですら自分の名前を呼んでもらえない女の気持ちなんてお二人とも
考えたこともないんですね。
前妻のリリアさまはもう亡くなったんです!
私はリリアーナです!
名前が似ていようが顔が似ていようがリリアーナでリリアじゃありません。
もうたくさんです! リリアさまの思い出のせいでこんな目に遭うなんて……
不義の子なんて王の子でもほしくなんか無い!
もうたくさんです!」
……止める間も無かった。
皆が茫然としてる間に彼女は椅子とテーブルと
屋上の隅にあったオブジェを伝って手すりを乗り越えた。
誰も動けなかった。
けれど一人だけ動いた者が居た。ガリィ様だった。
止めようと手を伸ばしドレスの裾を捕まえたように見えた。
でもそのまま二人とも崖の下に向かって落ちていった。
ガリィ様が動いたことでケンジは一瞬の硬直が解けたようだった。オレも。
そうしてケンジは崖から身を躍らせた。
オレ? 見てるしかなかったよ。
でもちゃんと見た!
ケンジは風魔法で二人を捕まえて空飛ぶ絨毯に乗せた。
そうしてゆっくりと屋上まで戻ってきた。
あー……心臓に悪いってのはこういうのか……
二人は気絶していた。
まあ、そうだろうなぁ。
城のテッペンくらいの高さを絨毯で飛んだとき皆固まっちまってた。
絨毯の上なら安全なんだと分かっててもな。
それなのに絶対あの世行き確実なこの高さから落ちたんだ。
気絶するなってのは無理……だよな。
王と公爵は無言だった。
公爵夫人は二人の想いを否定し突き飛ばし崖から身を投げた。
完全なる拒否! だね。
二人とも前の公爵夫人に今でも囚われてたんだな。
思い出の彼女……彼女を巡っていろいろあったようだけどリリアーナ様に
しわ寄せが全部行っちゃってたということか。
さて、王と公爵はこれからどうするんだろう。
目覚めても彼女はどちらも選ばないと思うし……
どちらかが無理矢理手元に置いてももう彼女は心を開かないと思う。
そんなことを考えていたら夫人が突然苦しみだした。
ドレスが赤く染まっていく……
ケンジが何かしたのかと思ったが違った。
夫人は……流産したんだ。




