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恋文と誰がための嘘

作者: 仲間 梓

友人A「ちょっとしたことですぐオタオタしちゃう女の子ってかわいいよなあ」

梓「へぇ~」←実害経験があるから一概には言えない の顔

梓「ですよね!」←でも二次元ならアリ の顔

 書きました。


 四月一日。年度の始まり、新生活の始まり、新しいことがあちこちで始まるこの日。校舎の屋上に一人、久本香織は立っていた。セミロングの黒髪、曲線の少ない体を制服に包んでいる。

 校門の方から、翌日の入学式の準備をしている人たちの声が聞こえてくる。皆一様に明るい声だ。一方で、屋上にいる香織は、重苦しい表情を浮かべていた。


「……心臓、爆発……死ぬ」

 本当に心臓が爆発して死にそうになっているわけではない。それくらい緊張しているのだ。顔は真っ赤に染まり、唇と膝の震えは止まらず、目は一点を見つめたままじっと動かない。

 目先にあるのはピンクの封筒。少し高級な和紙でできたものだ。表面には『空良へ』と丸っこい字で書かれている。十六歳になって初めて書いた、恋文だ。香織は四月一日という始まりの日に、自分自身の恋にも、新たな始まりを見出そうとしているのである。


「……ちついて……落ち着いて……落ち着いて…………」

 暴走しやすい性格は香織自身、しっかりと把握している。告白しようと決心して、挑むのはこれで三度目なのだ。もういい加減、この暴走を制御できなければいけないだろう。それにまだ想い人である空良を前にしているわけではない。暴走するにはまだ早いはず……。

 ――なのに……。

 

「おおおおおおちつおおおおおちつういいいいいいおおお」


 香織はすでにテンパっていた。恋文を握り、血走った眼で呟くのは、もはや日本語ではない魂の言葉。

 その呟きを聞いて、香織自身も自分がテンパっていることに気がついたようだ。一旦恋文から目を離し、心を落ち着かせる。

 大きく深呼吸を一つ、二つ……ついでにもう一回。暴走した意識をコントロールすることに成功した。ただ、飼いならせてはいないので、ひょんなことからまた暴走するかもしれない。

「なんで、こんなことに……?」


  ***


 三月三十一日。第二十三回 空良攻略作戦会議はいつもの通り、久本家のリビングで行われていた。灰色の絨毯の上に置かれた、黒色の机を囲むメンバーは、もはや見慣れた顔である。


 香織の左隣りに座っている男の子は、義理の兄である智文だ。香織の一つ年上で、昔から女の子を虜にしまくる雰囲気「チャーム」を身に纏っている。在学二年目にして、在校生の女子の半数が、智文に告白している、と噂されている。身体は華奢で顔は童顔、『恰好が恰好なら女の子にも見える』と話題になっていた。


 香織の右隣りに座っているのは、同じクラスで親友の森崎花梨だ。高身長で曲線が美しい体つきと意思の強そうな瞳。長い髪を一括りに纏めたその姿は、『頼りがいのある女性』の一言に尽きる。

 普段ならば、幼いころから一緒だった空良・香織・智文の三人と、高校から加わった花鈴を合わせて四人で一緒にいることが多い。しかし、この作戦会議においては、例外である。

 三人の会議の議題は「鈍いうえに『香織は智文が好き』と勘違いをしている空良へ、どうアタックするか」だ。ちなみに第一回の会議からずっと同じ議題で、一向に進んでいない。


「香織ちゃん、もういっそ直球で告白しちゃいなよ!」

 花梨はストローを口にくわえながら、指をズバッと指してくる。

「変に遠回りしようとするから、伝わんないんじゃないの?」

「そもそも、香織が僕を好きだなんて勘違い、いったいどこから生まれてきたんだ?」

 智文の言葉を聞いて、香織は唇を噛む。


『学校でも空良に会いたい』と、方向音痴の弱点を乗り越えたのは、去年の冬のことだ。自分の欲望を直接言うわけにはいかないので、同じクラスに所属する智文を理由にして、教室へ通い詰めていた。

 ある日、「智文には内緒で屋上に来てくれ」と言われ、期待半分、不安半分で向かった。屋上では色々なことを話したが、言われたことをばっさりと要約すると……


「香織は智文のこと好きなんだな! 俺に任せろ! フォローするよ!」


 だった。

 ――肝心の空良に、勘違いされてしまった。

 元々、空良は思い込みが激しい方だ。一度彼の心の中で、決まった事実を覆すのは難しい。そんなことは、付き合いの長い香織は十分に理解していたはず、なのに……。

 ――それなのに……!!

 自分の浅はかな行動のせいで、と思わず両手で顔を覆う。


 しかし、こちらにも言い分はあるのだ。

「それは、そうなんだけど。でも私は伝えてるつもり……」

「いや伝わってないじゃん。去年のクリスマスも、その前も……。『好き』の一言言ってないじゃん」

 香織は反論できない……。

「クリスマスデートを企画して、智文先輩にも協力してもらったのに……、デートをごちゃごちゃにしたのはどこの誰だっけ?」

「そ、それは……」

 思い出したくもないあの記憶。悪夢のクリスマスデート……。緊張しまくり、テンパりまくり、空良の勘違いに怒って、振り回して……。挙句の果てに、迷子になって泣いてしまったのだ。

 間違いなく自分のせいだ。本当に何も言えない。香織は二人の前でただただ小さく縮こまる以外にできることはなかった。


 花梨はバンと机を叩く。

「だから、もう直接言うしかないじゃん!」

「い、言えない。無理無理!」


『無理して言う必要はない。私のいいところも悪いところも見てもらって、最終的に好きになってもらえれば、それでいい。だから、私は告白しない。好きの言葉に惑わされて欲しくない……』


 ――と決めたのは、ほんの三か月前なのだ。

 自分に科した枷をこんなにもあっさりと、解除してしまっていいのだろうか……。

 智文が顎を手で摩りながら、ふむと呟く。

「空良もどこか気にしているような素振りが、ある気がするんだけど……」

 それは本当だろうか。希望的観測じゃないだろうか、と香織は疑う。

 空良は優しい。頭悪いし、運動神経良くないし、鈍いし、優柔不断だけれど、誰に対しても分け隔てなく、優しい。だから私には、それが特別なのかどうなのか、わからない。決心がつかないと行動にも移せない。


 香織は思わず頭を抱えた。うーんと唸る。煮え切らない態度に、頭に来たのか、花梨は再び机を叩いた。

「もう行くしかないでしょ! 片想いを抱えて何年目よ?」

 香織は記憶を紐解き、数えていく。

 香織が諸事情あってこの家に来たのは、六歳の頃。空良と出逢ったのもその時期のはずだ……

「今度の春で、十年目?」

 両手が埋まってしまうことに、香織は驚愕した。片想いの年数など今まで数えたこともなかったのだ……。

 驚愕はあっという間に、花梨と智文に伝播する。二人とも頭を押さえて「おおおおお」と低い悲鳴を発した。最初にその地獄から戻ってきたのは、智文だった。花梨と同じく、机をドンする。

「香織、ここで決着付けよう!」

「智文先輩の言う通りだわ。香織ちゃん、ここで長い片想いに決着をつけましょう!」

「ええ!? でも……」

「でもじゃない!」

「でもじゃない!」

「輪唱しないで!」

 どうしよう、どうしよう。このままじゃ本当に告白する流れになっちゃう。

 香織は再び頭を抱えるが、すでにそれはテンパリの予兆だ。頭はすでに働いておらず、『どうしよう』の無限ループに陥っている。


「今までの経験から考えて、直接言うのは無理ね。ラブレターにしましょう。必ず直接渡すこと! 明日!」

「あっ……あしたぁ!?」

「善は急げだよ!! 香織!!」

 えー、と口の中で声にならない声を上げる。しかし、香織の言うことなど、もう誰も聞いてはくれなかった。

 花梨にダメ出しされつつ、恋文を書き……。また、智文には「僕が空良を呼んでおくから」なんて要領のいいこともされてしまって……。


  ***


「それで、ここにいるのね……」

 ピンクの封筒に入った恋文を持って、屋上に立っているわけだ。

 恋文を渡すだけでいい。『暇なときに読んで』って言って渡すだけだ。

 渡すだけ……渡すだけ……渡すだけ……っ!!。

 また心の奥底で熱が暴走し始める。全身の震えが止まらなくなってきた。


「わたたたたあああわたたあたああわたたあ……っ」

「わたあめ、食べたいのか?」

 背中から掛けられた、聞きなれた低い声。恐る恐る振り返ると、若干パーマ交じりのボサボサの髪が見えた。次いで、見慣れた少し切れ長な瞳……。

 ――心臓が跳ねあがる。見間違うことはない、まさしく想い人の空良だ。

 覚悟なんて、できてなど、いない。


「ひゃああああああああああああ!!」

 悲鳴を上げて、尻餅をつき、高速で後退する。その様子を見て、空良はひどく傷ついたような顔をした。

「そんなに逃げるか!? 嫌、だったのか? すまん、次からは気を付ける」

「あ、え、違うの! そうじゃなくて少しびっくりしただけ!」

「そうなのか? ならよかった。嫌われたらどうしようかと……」

 今更、嫌いになるわけなんてない……とは、もちろん言えるわけがない。

 いつも通りの空良の姿に、少し緊張が収まった。微笑みながら立ち上がり、汚れてしまった制服を払う。そこで香織は気が付いた。


 ―――ラブレターがグシャグシャになってる!?


 先ほど、手に持ちながら引き下がってしまったからだろう。屋上のコンクリートと擦れて、黒ずんだり、表面が破けたりしていた。


 ……こんなの、渡せない。


 香織にとって唯一の武器であった恋文が、失われた。絶体絶命の四文字が頭に浮かぶ。

 ――しかも!

「あれ、香織? 何持ってるんだ? ちょっと見せてくれよ」

「あ、ちょっと待って」

 いつの間にか近くに来ていた空良に、抵抗する間もなく手紙を引っ手繰られた。

「俺宛? 読ませてもらっていいよな」

「あーうわーああああー!」

「いつも通りテンパってるな。……見るぞ」

 今の香織には現状認識するだけで手一杯である。


 私はなんでこんなときに何も言えないんだろう。もしかして私もこうなることを望んでいたのかも……。って違う! それは絶対に違う! だって、私決めた。空良の気持ちがはっきりするまでは自分で告白はしないって、なのに……。今手を伸ばせば、確実に見られずに済むし、違うの! 何でもないの! とか言って言い逃れすることもできるはず。なのに、なんで私は一歩も動けないの……


 そうこうしている内にも空良は封筒の中から手紙を取り出し読み始めてしまう。香織はもういっそ開き直ろうと決意した。

 手紙を読み終えた空良は、丁寧に封筒にしまい直すと、真剣な眼差しでこちらを見る。

「手紙の内容、読ませて貰った」

 もう香織は空良の顔を見ることができなかった。そんなことよりも自分の暴走を抑えつけるので精一杯なのだ。もうすべてが唐突で、想定外で、自分が考えてきたプランとか全く役に立たなくて、それでも、ぐしゃぐしゃになっちゃったけど、恋文を渡せたことが嬉しくて……。

 『ああ、やっぱり。私はこの人のことが好きなんだな』と香織は再認識する。『どうか、私の想いを受け入れてほしい!』と願いながら、目をきゅっと瞑って、両手を胸の前で組んだ。


「この字……。か、香織の字だよな、こんなふうに思ってくれていたなんて、う……うん、嬉しいよ」

 香織は空良の返答に違和感を覚えた。

 声が少し震えている? どもりも多い気がする。

 恐る恐る目を開けて、空良を見上げた。空良は、



「ふひ」



 笑っていたのだ。


 ――どういうこと!? 私どういう風に受け取ればいいのこれ!?


 再び暴走モードに入りそうになるところを、空良が香織の両肩に手を添えて、止めてくれる。

「大丈夫大丈夫わかってるって……。今日エイプリールフールだもんな。智文に告白するときの、『ちょうどいい練習台』くらいにはなったか?」

 あ、違っ。としか声が出てこない。このままじゃとんでもない誤解を引きずったまま今日が終わってしまう! 

『このままでもいっか。告白して今の関係を崩すのは嫌……』という弱気な自分が現れて、『駄目だ、良くない』と思い直す。

「だが、俺も少しドキッとさせられたからな、罰としてこのラブレターは貰っていくぜ」

 ドキッとしてくれたんだ……。貰ってくれるんだ……。それなら、まあいいか……

 ……………………って良くないでしょう!


 『空良待って!』と声を出したいのに、吐き出されるのは音のない空気だけ。

 このままじゃ、また花鈴に叱られてしまう。何とか手を伸ばすが……

「じゃあなー」

 目の前で、無残にも鉄の扉は閉められた。

 生暖かい風が吹く屋上に残されたのは、香織一人だけだ。思いっきり息を吸い込んで、頭上へ叫んだ。

「私の馬鹿あああああああああああ! 空良のアホおおおおおおおおおおおおおお!」

 残響が消えて、頭の中が軽くなる。

 ――ちょっと、すっきりした。

「また……頑張ろう」


 香織は再度、気合を入れ直す。今回の作戦は、花鈴に言わせると『失敗』だろう。新しい関係のスタートではなく、再スタートの日になってしまった。でも、香織は『それでいい』と思えた。

「いつか、絶対に……」

 ――香織の瞳には、突き抜けるような青空だけが、色濃く映っていた。


  ***


 屋上と校舎をつなぐ扉を勢いよく閉めた。直後、扉の向こうから聞いたことがないような大きな声が聞こえてくる。何を言っているのかまでは分からない。耳鳴りが酷くて、それどころではないのだ。

 心臓の鼓動が速いまま止まらない。顔も多分真っ赤だ。手は震えているし、呼吸だって少し荒い。先ほど押収したピンクの恋文に、目が釘付けになっている。

「危なかった……」

 『枷』が……外れるところだった。

 香織のことを好きだと気が付いたのは、去年のクリスマスの時だ。巨大なクリスマスツリーを背に、目尻に涙を貯めながら笑う香織は、とても繊細で、消えてしまいそうだった。気が付いたら、空良は……完全に参ってしまっいたのだ。


 しかし、香織には好きな人がいる。だから、香織と智文の迷惑にならないよう、必死に『枷』をかけていたのに。

 目を閉じて、大きく深呼吸を一つ、二つ……ついでにもう一回。暴走した意識をコントロールすることに成功した。ただ、飼いならせてはいないので、ひょんなことからまた暴走するかもしれないけど……。

 次は抑えられるだろうか……と少し心配になる。

「卑怯すぎんだろ、こっちの気持ちも知らないで……まったく。主犯は誰だ? ああ、たぶん花梨だな。もし会ったら、説教してやる」

 ……心に誓う。ため息をついて、改めて恋文を見つめる。


 このとき、空良は『嬉しさ』と『優しさ』が入り混じる、とても暖かい笑顔を浮かべていた。

 しかし、その表情を見ることができた者は、誰もいなかった……。


 ――今日は、まだ……。

 こんにちは。仲間梓です。

 ここまでお読みいただきありがとうございました。


 昔からラブコメは好きで、いつかこんな恋がしたいなあと思いながら読んでいたのですが、一体いつになったら待ち人来てくれるんだろうか。

 おかしいなあ、年始のくじ引きでは、毎回『待ち人来る』って書いてあるのに……。


まあそれはいいとして。


 今回の作品で、読者の方々がドキドキを体験してもらえたら幸いです。

 それではまた。

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― 新着の感想 ―
[一言] いつも新作楽しく読ませてもらってます! 今回も告白ものですね しかし、ラブレターの内容が気になりますねw 面白さは星5つです!
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