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兎の神様と狐の神様

ウサギ様とキツネ様が鍋をつつきました

作者: むあ

「ウサギ様とキツネ様が子猫を拾いました」から1週間後の出来事です。

 それは子猫(ぼく)がこの神社にやってきて1しゅうかんたったころでした。

 ぼくは子猫用のミルクをもらってのんでいると、赤い目をしたおねえさんが、大きなおなべを抱えてやってきたんだ。あ、今日もさぶい日で、あの神社のひろい道を通ったら足がこおりそうなくらいさぶかったの。



「それは何じゃ」

「ねぇ尾禰(おね)、油揚ない?」

「は?」

「白菜鍋。油揚献上してくれたら一緒に食べさせてあげる」

「……ほぉ。その条件なら致し方ない」




 今日はさぶい日だからかな?

 今日は、うさぎのおねえちゃんときつねのおにいちゃんは、ケンカをせずに。



 ただおなべをおはしで、つつきはじめたんだ。




――――――【ウサギ様とキツネ様が鍋をつつきました】







「そういえばさ、尾禰(おね)


 白菜の煮え加減を確認する尾禰は、それを持ち込んだ張本人である兎羅(うら)の言葉にふと箸を止めた。


「なんだ」

「結局名前、決めてないじゃんか」

「あー何の話かと思えば。そうだな」


 ぐつぐつ


「油揚は湯通ししてね」

「兎羅、湯通しとはなんだ」

「あぁっもう!!」


 首をかしげた尾禰にしびれを切らし、兎羅は手際よく油揚げの油を取るための湯通しをした。この作業は兎羅曰く、カロリー制限らしい。神とてカロリーと糖分は毒なのだ。


 囲炉裏にくべられた土鍋は、グツグツと煮立ち、油揚げがその中に投入されてしばらくすれば、鍋の完成だ。兎羅特製「白菜鍋」はこの冬の、2つの神社の懸け橋となる。


「で、今日は―ハフハフ……その名前について話にきたのか」

「いーえ、別に。単に白菜のお供え物がたまりすぎて、もったいないから鍋にしたのよ」

「あまりものか」

「まぁ、そんなところね」


 ハフハフ

 もぐもぐ


「白菜と油揚があれば、鍋だな」

「鍋ね」

「肉がほしかった」

「あら、神は肉を食べなくても生きられるでしょ」

「気分だよ」

「残念」


 兎羅は眉を下げて笑う。彼女は(せいしつ)としては「兎」、草食のため、肉食動物「狐」の神である尾禰の欲求には答えられないのだ。以前尾禰がだまして肉を食べさせた時には、1週間神社から出てこなくなったばかりか、その制裁に尾禰もひどい目にあった。


「まぁ、肉を食べるというリスクを、わざわざあの報復を受けてまで取る気はないけどな」

「でしょーねー」


 ハフハフ

 あふあふ


「あ、そうそう。近頃めっきり人が減ったわよね。神社に来る人」

「まぁ初もうでの時期も過ぎたからな、次に人が増えるのは春の祭りだな」

「私の神社、もう準備始めてるわよ」

「私のところは――相変わらずの尻の重さだ」

「まだ動いてないと?」

「お前の神社の祭りよりも1か月遅いからな。別段、やる内容も小規模だから特に問題はない」


 もぐもぐ



 ただ食べ続ける2柱の神の横では、自身の餌を食べ終えた子猫が鳴いた。兎羅が優しく抱き上げると、彼女の膝の上で丸くなったため、兎羅はそのまま、再び器を手に取った。


「狐も猫舌よね」

「猫舌じゃない、狐舌だ」

「あ、っそ」


 鍋を食すのに苦戦する狐の横で―兎は白菜を平らげていく。結局鍋にしたとはいえ、それぞれの供え物であった白菜と油揚げをそれぞれ食べつくした2柱は、囲炉裏を囲んだまま後ろに寝そべった。



「今日はしなかったわね」

「何が」

「喧嘩」

「今からするか」

「んーお腹いっぱいだからいいわ」

「そうか」

「明日は少し暖かくなるらしいわよ」


 兎の神―兎羅の特技に、占星術がある。天気などを当てるのはもちろんのこと、その人間の将来さえも高い正答率で当ててしまうから驚きだ。一方狐の神―尾禰は、特にそういった特技はなかったが、神としての「ご利益」の一つに厄払いがある。みんな違ってみんな良い、そう呟いた兎羅は、囲炉裏のそばで丸くなった。


「おい兎饅頭」

「饅頭とは何よ、この釣り目」

「言ったな」

「あんたこそ」


「沙良ちゃんは―元気か」






 この言葉に、今日も占星術をしたであろう兎羅の表情は、変貌した。さきほどまで飄々とした笑みを浮かべさえしていたその顔に、影がさす。兎羅の日課は天気の占星術と、この神社に来る熱心な参拝者――相良(さがら)沙良(さら)の将来を占うことなのだ。


 彼女は信心深く、母親の腹の中にいたころから、兎羅神社、尾禰稲荷社の両方を訪れては家族の将来や交通安全などを願っていた。その中でも常に神への感謝の気持ちを忘れることはなかった。だからこそ、彼女は16歳の誕生日を境に、その信心深さと純粋さが、「神様の姿が見える」という力へと具現化したのだと、尾禰は言う。一方の兎羅は、そんな沙良の身に起こる不幸が刻一刻と迫っていることに、胸を痛ませていた。


「未来が見えても、神は見守るだけ。何もできないなんて、ね」

「無力だな。神も」

「そうね」


 丸くなった体の中にその顔をうずめ、しばらく動かなくなった兎羅に、囲炉裏の向こう側で様子を見守っていた尾禰が近づいた。兎羅の膝にいた子猫は兎羅の横で、真似をするようにくるりと丸まった。


「兎羅」

「何」

「神は弱いな」

「そうね」

「沙良ちゃんが、あんな事件に巻き込まれる未来(こと)を知っていながら、それを本人には伝えられず」

「うん」

「未来は沙良ちゃんしだいだからと、ちょっとした日々の積み重ねの変化しかできない」

「私たちが毎日喧嘩するのも、それじゃない」



 日々は、まるで細かい塵や埃のように、単体では目に見えないが次第に積もり積もって見える形になる。その変化を生むために。そんな一人の小娘のために、この2柱の神は、日々言い争う。


 いや、そんな一人の小娘のためにではなく。

 そんな一人の小娘にさえも、神はその力を余すことなく使い見守っている。

 それが正解だろう。



「昔は。私たちが見える人間なんてごまんといたのに」

「お賽銭もたんまりだったのにな」

「尾禰、現金主義よねあんた」

「お前こそ、物質至上主義じゃないか。ブランドバック」

「ふん」




 彼らは神。

 特に執着するものはない。

 執着するのは、彼らを信じ、慕う――人間たち。


 尾禰が身体を丸めたままの兎羅から飛び出す、長く細く伸びた耳をそっとなでると、赤い瞳がつい、と尾禰を見た。そしてかすかに笑うと、起き上がり、囲炉裏の鍋を抱えた。


「祭りの日。沙良ちゃんに不幸が訪れる。それはまだ、変わらないから……明日からもよろしく」

「そうだな」







 神は人のために。

 干渉しあわぬはずの神同士すらも、協力する。




「にゃー」(ねぇ、おねえちゃん)

「何?」


 鍋を抱えて尾禰稲荷社を後にした兎羅に、ついてくる影は子猫だ。


「にゃにゃーん?」(おねえちゃんはおにいちゃんのこと、好き?)




「そうねぇ……」




 尾禰稲荷社の境内を抜け、自分の領域に入ったところで、小さく兎羅がささやいた。








「そうね、家族みたいなものね」






【おしまい】


 お読みいただきありがとうございまいた。

 暇モードのむあは、また無駄に文字数を費やしているような気もします。

 今回は沙良ちゃんの出演は名前のみでした。いきなりのギャグタッチからシリアスモードへの移行がはなはだしいのはご了承ください。子猫の名前はまだまだ募集中です。では、また。


 むあ/Surlza

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