第八章 敗北と、勝利の話
長らくお待たせしました。
俺は文字通り、心臓が破裂しそうなほど高鳴っていた。
ああ、ここで死ぬのかと、そう確信しかけたとき。
「させるかこの野郎おおおお!」
機内スピーカーから聞こえるノイズ塗れの叫びと共に、目前の閃光が右から左へ流れる。
開けた景色に見えたのは、赤黒い巨体に体当たりをかます銀色の
隊長機。
「なんやねん! 腹立つわ!」
重量差により、相手はグラつきはしたものの、すぐに体勢を立て直してディカストを殴りつける。
殴られた機体は軽々と吹き飛び、近くの倉庫を破壊した。
「マコト!」
隊長からの呼びかけで、ハッとする。
俺は四つん這いのまま、呆然と吹き飛ばされるディカストを見ていたのだ。
自分に何ができるかとかは一切考えれていなかった。そんな自分が情けない。
「すみません――」
「謝るのは後でいい」
先からバクバクと激しく働く心臓を宥めつつ、彼の指示を聞いた。
今からあの倉庫で見た大きなロボットを追い、足止めをするようにと。
それは結局、俺の役立たずさを再認識させるような内容で、追いかけたところで俺が勝てるような相手ではないこともまた、わかっていた。
「了解……です」
俺は激しい戦闘を繰り広げる隊長に背を向けて歩き始める。
そのときに、俺ははっきりと聞こえた。
普段なら聞き漏らしそうな声量であったが、確かに聞こえた。
蛙声の、小さなつぶやきを。
「トリガーは『怒り』やないか――」
と。
鬼ヶ島よりも巨大な体を持つロボット。二回りは大きいだろう。
そいつの見た目は、うつ伏せの蟹に似ていた。カラーリングが鬼ヶ島と同じというのも、蟹っぽく見えてしまう原因の一つだろう。
巨大な双腕を上段に構え、こちらの様子を覗っている。恐らく、あの両腕に備わったハサミで挟まれれば、機体は簡単に真っ二つだろう。
生前、旦那様から聞いた話。薄い鉄板くらいなら、専用のハサミを使えば人力で切断可能なのだとか。
とどのつまり、あのハサミの大きさと言い、動力と言い、鉄板どころか鉄塊すらプッツンするのは目に見えている。
「あなたは包囲されています! 今すぐ投降してください!」
相手には人質がいる。あまり興奮させてしまうとマズいんだっけか。
交渉人? が来るまで時間を稼がなくちゃいけない筈だ。その間にあの女子生徒に危害が加わらないようにしなくてはいけない。
いや、何をすればいいかわからんよ! わからないけど、何かしないとただのお荷物になってしまう。それだけは避けたい。
とりあえず、先の呼びかけを続けてみるか。
「あなたは――」
攻めてくること想定しつつ、俺も身構えながら待っていた時だ。
奴は逃げた。
巨体に似合わず、物凄くすばしっこいバックステップをする。
「待ちやがれ!」
追いかけようとしたとき。ふと現在地周辺のMAPの映った、カーナビゲーションによく似たディスプレイが目に入る。
そこには、今の味方の位置も表示されているのだが、奴の動いた方角は――。
「あ、穴を突かれた‼ どうしよう⁉」
唯一まだ包囲網の敷かれていない場所――川。
相手は機械だからと後回しにされていたのだろうか。理由は定かではないが、とにかく、そこにはまだディカストの表示は見当たらない。
今、一番近くにいるのは俺だ。
ということは、俺一人で止めなくてはいけないのか。
「大丈夫。やれる。大丈夫」
自分に言い聞かせながら、操縦桿を強く握りしめる。
カタカタ鳴る歯を強く噛みしめ、緊張で硬くなった足を無理矢理前へ運ぶ。
俺がやらなきゃいけない。
「待てええええ!」
ああ、声が震える。非常にかっこ悪いな……。
もちろん待ってくれるはずもなく、相手は堤防を四駆もビックリな速度で乗り越え、河原をハイスピードで駆け抜ける。
その行き先には、大きな一級河川がゆったり横たわっていた。
「行かせない!」
待機を開始した自警団の警備隊たちの頭上を飛び越え、バックステップで逃げる蟹の後ろに回り込む。
「うぐああああ」
声にならない叫びをあげながら必死で抑える。
が、一向にスピードは落ちてくれない。
「ああああああああああああ!」
踝辺りまで着水しているのだろうか。だんだん足の裏のグリップを感じなくなってきている。
こうなったら、転ばせた方が早いかもしれない。
相手だって、足のグリップがないに違いない。器用に動く足達が、微妙に滑っているのが見えた。
ここしかない。ラストチャンス。
必死で掴んでいる腕を右だけ下に滑らせる。そして、足の付け根に引っ掛け、固定する。
あとは横に流すだけ!
そう思った時だ。
やはり相手の方が一枚上手だったというか、俺は特訓で強くなった気がしただけだったというか……いや、あれは卑怯だ!
いきなりジャンプして、体重で押し倒すなんて!
「畜生!」
カルティノは巨蟹の下敷きになった。
副隊長機を降りて、開口一言。
「大人数でレディに手を出すとは情けない」
私は、さっき仕留めたばかりの三機の鬼ヶ島からパイロットを引きずり降ろし、手錠をかけた。
どいつもこいつも揃って悪そうな顔をしている。
髪型もDQN感丸出しの長髪、モヒカン、リーゼント。キノシタ達自警団と比べてしまうのは仕方のないことだが、どちらにせよ自分の好みには合わない。
それは一先ず置いといて、彼らは意外にも大人しかった。すでに諦めたのだろうか。
それだと大変助かるのだが……。
とりあえず、後のことは今到着したパトカーの仲間に任せるとしよう。
それよりも、自分が逃がしてしまった一つの機体と、先ほど走り抜けていったカルティノの動向が気になる。
もう一度自分のディカストに乗り込むと、隊長へと報告を兼ねた状況確認の為に通信を繋ぐ。
視界に隊長機と、撃ち漏らした鬼ヶ島はいない。
「隊長。こっちは三体片付けました。そちらに一機漏らしましたが――」
「こっちは大丈夫だ! それよりマコトを追ってくれ! 何があってもあいつ最優先だ」
言い終わる前に彼は叫んだ。あれだけ焦っているクセに大丈夫とは一体どこに根拠があるというのだろうか。
それでも自分より相手を優先するその考えは評価モノだろう。
だからこそ、彼が隊長なのだ。
「――わかった」
ならば、私のやるべきことは決まった。
「待っていろ。すぐに助けに行ってやるからな!」
直後の背後でする乾いた爆発音。まさかと思い振り返ると、倉庫の陰から黒煙が上り始めたところだった。
「キノシタ!」
つい、そちらに向かおうとしたところで思い出した。
彼は言っていたではないか。何があっても優先はマコトであると。
つまりこれは、隊長の意図的に行われた爆発だったのだろう。そう思えると、根拠はないが安心できた。
とはいえ、一対一の状況では何が起こるかわからない。この安心は、無いに等しいと考えるべきだ。
それでも私は、踵を返し、本来の目的を達成すべく、走り出した。
それが彼の考えだから。
MAPに映るカルティノのマーカー目指して、私は堤防をよじ登る。
手早く終わらせ隊長を手助けしたかった。
が、開けた視界で私のその考えは消えていた。
「マコト! 状況を報告しろ!」
尋ねるも、応答はない。
「嘘だろう……そんな――」
信じられない。
まさかあの新入りが……ここまで強いとは。
カルティノが、円盤状の大きな物体の上部を無理矢理こじ開けたまま停止していた。
いや、あの円盤はさっきも一瞬見たが、ちゃんと手足が生えていたはずだ。蟹みたいに。
その予想を裏切る光景に、私は言葉を失った。
投稿ペース変えてみようか迷ってます。