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第五章 復帰と、変化の話

おはこんばんちわわ

すみません。嘘つきました。

週末→週明け

物語が大きく変化→?

それでも読んでくださる方はGO↓

「お嬢様。私が何故怒っているのかわかりますか?」


 俺が学生に復帰した日。夕食時がお説教タイムに変わっていた。


「ホウレンソウを誤ったから?」


「まぁ、あながち間違いではないでしょう」


 正座しながら、あざとい上目遣いでこちらの顔色を覗うお嬢様に、俺は少々厳しく躾けることにした。心苦しいが、これも執事の務め……。


「大体お嬢様、合格通知も届いていないのに、どうして登校できるのですか?」


「できません」


「どうして今日みたいなことが起きたのですか?」


 『今日みたいなこと』……学校で門前払いをされたことである。


 ルンルン気分からジェットコースター張りに突き落とされた彼女を家まで送り届けるのにどれだけ苦労したことか……。


「事前に相談、報告しなかったからです」


 報告しなかったことは悪いと言い切れるが、俺自身、何の相談もなしに自警団に入ることを決めてしまっている時点で彼女を咎める筋合いはなくなった訳で、


「まあ、いいでしょう。副担任に聞いたところ、合格していれば、来月からは登校できそうなので、それまで我慢していてください」


 まぁ、お嬢様が俺を喜ばせようと企画したことであり、これ以上俺にとって喜ばしいことはない。ついでに俺の把握ミスでもある。


「はい……」


 落ち込んだお嬢様の為に、今日はお詫びの意味も込めて、励ましのカツカレーを用意した。


 昔よりお肉の質がやや落ちるのがネックだが、それでも美味しそうに食べる彼女を見て、ホッとした。


これで受験にカツ! なんてね。




 さて、お嬢様が自宅学習中、俺は学校行って、放課後訓練して、家事をしてのループを行った。たくさんの部屋があった屋敷に比べ、今の暮らす社宅 (ずっと寮だと思っていたら違った)は二部屋しかなく、家事もだいぶ楽になるから大丈夫だろう。


 そう思っていた時期が私にもありました。


 毎日がハードスケジュールで、目が回るほどやることが積み重なり、行動一つ一つから無駄を取り除かないとやっていけないレベルに到達しかけていた。


 学校では、補習が溜まり、訓練では基礎体力を身に着ける為の筋トレ、ランニング。そして初めて、土日に溜めた家事を片付けた。


 そんな生活を繰り返し、あっという間に過ぎた一か月。




「今日は転校生を紹介する」


 コガキ先生が朝のSHRスタート直後に告げ、クラスのざわめきがマックスになる。女子だの、超かわいいだの、既に情報は回り始めているらしい。聞いてるこちらとしては、警戒マックスだというのに……。


特に注意しなければいけないのは、俺の後ろ席にいる、このクラスで最もそわそわしている男だ。先日も、新学期早々しばらく休んでいたことを心配してくれたり、あまり話したくなかったことも察して流してくれたりと、凄くありがたかった。大変心苦しいのだが、これとそれは別だ。貴様にお嬢様は渡さぬぞ!


「なぁ、マコト」


「あん?」


「なんで怒ってんの⁉」


いかんいかん。彼は俺の大事な気の置けない友人だというのに、こんな態度では失礼に値する! あれ、気の置けない友人ならいいのか。


「気にすんな。で、どうした?」


 完全に油断をしていた。まさかここで爆弾が投下されようとは。


「お前、今朝見知らぬ女子と歩いてたろ」


「――っ⁉」


 背中を冷たいものが伝う。


 どこで見ていた? 今朝は結構速い時間に登校した筈だ。それも、運動部が朝練を開始していない時間帯。


「ナ、ナンノコトデショウカ」


「体育館から見えたんだよ。言っとくけど、俺は朝練始まる一時間前にはいるから」



 そう言いながらノボルは、ピッと伸ばした人差し指を俺の眉間に向ける。


 し、知らなかった。こんなところに伏兵がいたとは。しかも一番見られたくないやつに。


「どういう関係なんだよ? あの子、転校生だろ? お前まさか――」


 マズいマズいマズい! ここで変な噂話でもばら撒かれたりしてみろ。お嬢様の第二の学校生活が初っ端からやりにくくなってしまうではないか。


 何とか誤解を解かねばならない。かと言って、本当のことなんてもっぱら話す気はないが。


「えーっと……実は……」


「実は……?」


 彼の目が鋭くなる。嘘を見破られそうで、一瞬心臓が大きく跳ねた。


 どうする? 言ってしまって大丈夫なのだろうか。見破られたりしないだろうか。だが、時間が経てば経つほど、その言葉の信ぴょう性は薄れていく。


 ええい、ままよ!


「い、従妹だよ! あの子の両親が海外に出張中だから、その間だけ一緒に暮らしてるんだ!」


 というベタな設定。後でお嬢様に謝っておこう。


「ふーん……」


 キュッと目が細められ、ニマニマ歪な形をさせたノボルの口から、


「じゃあ、俺にもチャンスがあるんだな!」


「いや、ないから」


 つい本音が漏れてしまった。


「何で⁉」


「いや、ちゃんとお前のことも話してあるんだよ」


「?」


 さっきのノボルの行動を真似て、彼の眉間に向けてピッと人差し指を向ける。


「こういう奴がいるから近づいちゃダメだぞって」


「酷い……」


 当たり前だろう。手あたり次第女に声かけまくる野郎にお嬢様を近づけてたまるか!


 と、そこでクラスからざわめきが消えていることに気がついた。


「ゴホン」


 コガキ先生が咳払い一つ。


「もう話は済んだかね?」


 優しい表情に一瞬思えたが、その眼は猛牛と戦うブルドックの怒りそのものだった。何でこのクラスの先生はみんな、俺にそんな目を向けるの……。


「「す、すみませんでした」」


 クラスの笑い声を耳に、俺は恥ずかしくて熱くなった顔を体ごと前に向けた。


 その様子を黙って見ていたコガキ先生が頷くと、


「よし、入ってきなさい」


 合図の後、一拍おいて扉が勢いよく開いた。扉のぶつかる重い音が、期待で静まり返った教室に響く。


 その向こう側では、羞恥で頬をほんのり染めた女子生徒が少し顔を俯かせて立っていた。後ろからハルノ先生が背中をやさしく一押しすると、顔を上げて、ゆっくり歩きだす。


 少し低めの身長に、やや細めな体格の彼女は、委縮して一層小さく見え、子犬のような愛玩動物を彷彿させた。


教壇のちょっとした段差にまで躓きかけるのを見ると、皆が温かい溜息を吐いた。危なっかしさが、守りたい衝動に駆られ、余計に愛玩動物のイメージが定着してしまう。


 クラス全員の視線を集めながら、少女は覚悟を決めた顔で勢いよく前を向く。その際、わざわざ横に少し退けられていた教卓の足に、軽く指を打ったのを俺は見て見ぬふりをした。


 痛みで折角の覚悟を台無しにし、まだ紅い頬を緊張で強張らせながら、小さな唇が少し動く。言葉は聞き取れなかったが、彼女自身を奮い立たせる為の言葉だったのだろう。再び目に気合の灯が戻っていた。


「お、おはようございます!」


 開口一番、大きく頭を下げ、()()()()()()()()()()()()()()()が元気に揺れる。


「「……」」


 同じ反応をしている辺り、彼もまたノーマークだったということだろう。


 ああ、そうとも。冷静になればわかることじゃないか。


生徒がほとんどいない時間帯に登校したというのに、転校生の噂が出回っているなんておかしいだろう。唯一? の目撃者であるノボルが教室に戻ってくる前にはもう噂が流れていた。


つまりはこう考えるのが正しかったのではないだろうか。


『女子生徒の転校生がもう一人いる』と。


「と、東京から来ました! 美月ミズキアオイです! 好きなものはお好み焼きとちゃんぽんです!」


 見事に出身県と好物が矛盾した少女だった。いきなりの好きな食べ物紹介に、戸惑うどころか、クラスは沸いた。むしろ戸惑ったのは、彼女の方だったりする。


「では、新しい仲間に歓迎の意味を込めて拍手!」


 と、ハルノ先生が声を掛け、盛大な拍手が彼女を飾った。



 そのときの笑顔の無邪気さは、お嬢様に匹敵すると思う。お嬢様の方は上手くやっていけているのだろうか。物凄く心配だ。


「よし、一番窓際、後ろの方が空いてるから、そこの席を使ってくれ」


 拍手が止むのを待ち、担任がそう伝える。


 その席はなんと、俺の隣の席だった。まぁ、その一か所だけ前から空いていたし、なんとなく察していたけどね。


「クソ! 何でお前ばかりこんなにいい風来てるんだよ!」


 知るかよ。というか、今はそんな浮かれた気持ちになっている暇はない。


「よろしくね!」


 お嬢様とは少し違った可愛さというか、この少女から感じられるのは、柔らかく、ほんわかする、そんなイメージだった。これだとお嬢様に優しさがないみたいな聞こえ方をするかもしれないが、あくまで比較したときであり、彼女は彼女の個性がある。


「ああ、よろ――「よろしく! 俺俺、夢間昇っていうんだけど!」


 それでもガッツリいくお前も、他にないタイプだよななんてことを思いながら、新しいクラスメイトの、先月散った桜以上に満開な笑顔をしばらく見ていた。

 



 それから休み時間が来る度に、俺の隣の席は人が溢れた。見ろ、人混みのようだ。



 そして昼休み。誰が校内を案内するかで戦争《じゃんけん大会》が勃発したのは言うまでもない。


「男子は引っ込んでなさいよ!」


 と、女子。


「案内するのは俺だああああ!」


 と、目を血走らせる男子。ねぇ、何でうちのクラスの男子はこんなに野獣ばかりなの……。


 じゃんけん大会は俺の傍で行われる。正直、鬱陶うっとうしいし、今はそれよりお嬢様の方が気になる。とりあえずまだ始まっていない今のうちに退散するか。そう思い、席を立ったとき、腕を掴まれる。


「あのさ、マコト。お願いがあるんだけど」


声を掛けてきたのは一番目を輝かせている男。どうせアレだろ? 一緒に参加して、勝てば俺も連れて行け言うんだろ?


「お前も参加してさ、勝ったら俺も連れて行ってくれよ」


 はい正解。


「嫌だよ。それよりおj――レイカの方が気になるし」


 お嬢様、呼び捨てしたことをお許しください。


 が、そこで今言うべきではないことに気が付いたが、やはり遅かった。


「そうか、その手があった!」


「ねぇよ!」


 一番お前を連れて行きたかねぇんだよ!


「き、気が変わった! じゃんけん俺も参加するぞ!」


 全てはお嬢様を守るため!


 結果、次々と敵が消え、気が付けば優勝していた。


「勝っちゃった……」


 今さっき出したチョキと、周りの目を見比べる。


「まぁ、ミヤビ君が勝つならまだ安心できるわね」


 という諦めた目をした女子。


「また貴様かああああ」


 と吠えまくる男子。決勝戦で負けた二名の男子に至っては、肩を互いに支えながら泣いていた。


「さすがマコト! 超かっこいい! イケメン! 愛してる!」


 一回戦で負けた危険人物Nに関しては、口々に俺をたたえる言葉をプレゼントして

きた。ていうかひざまずかんでよろしい!


その様子を、虫を見る目で見降ろす女子たち。その気持ちはわかるよ。


が、次の一言で空気が凍り付く。


「じゃあマコト、俺も手伝うよ」


 ダメ、絶対と訴える八十近くある目が、俺を包囲した。


 いや、参ったなー。こんなにも止めてほしいっていう目で見られたら困っちゃうなー。じゃあ仕方ないねー。日本は多数決の国だからねー。


「それじゃあミズキさん、行きま――」


「ユメマさんも手伝ってくれるのですね! ありがとうございます!」


「ふぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 俺のノボルをスルーしようとした空気を感じ取り、周囲がホッとしたのも束の間。ところがぎっちょん彼女は善意として受け取ってしまった!


「いえ、感謝など無用ですよ。彼は一時期学校を休んでいて、少々教室の配置を忘れているものですからね。助けるのは当然です」


 忘れてねぇよ! しかも、下心丸出しなくせしていいやつぶるな!


「友達思いなのですね!」


 知らない人からすれば確かに勘違いしなくは……いや、十分怪しいだろ。東京というのはこういう人いない街なの?


「当然でしょう。それに貴女あなたのこととあれば私――」


「時間も限られてるし、行こうか」


 話が長引きそうだったので、ミズキさんに声を掛ける。


「あ、そうでした! お願いしますね、ミヤビ君」


「わからないことがあったら、何でも聞いてくれていいから」


 羨ましそうな眼差しを背中にたっぷり受けながら、二人で教室を出ていく。


「待って! マコト、待って!」


 中には悲痛な叫びも交じっていた。




「ここが音楽室ね。明日の三時限目に使うと思うから、特に覚えておいて」


「わぁ……ここが音楽室……」


 どこの教室も、まるで初めて見るかのように感動してくれた。なんか、新鮮というか、むず痒い。しかも案内しづらい。あ、これの原因は彼女にはないかな。原因は――。


「何でこんなについてきてるの⁉」



 ぞろぞろと俺たちの後ろに追従してくる人たち。ざっと四十人といったところか。って、うちのクラス全員じゃねぇか!


「いやー、俺がついて行ったら、みんな来ちゃった」


 原因はお前か!


「賑やかでいいですね!」


 と、微笑む彼女に俺はどうにも反対できなかった。こんなに連れ歩くの、凄く恥ずかしいんだけどなー。


 とそのとき、一人の教師が近づいてきた。


「何してるの、マコトとアオイちゃん……と、み、みん、な?」


 俺のことを呼び捨てしてくる教師など一人しかいない。みんな大好きハルノ先生である。


 その光景のあまりの異様さに、何これと首を傾げている。


「えーっと、かくかくしかじかでして」


「なるほどね……」


若干悩ましい声色になったが、直後開かれた眼に、また背筋がひんやりしてくる。


「私の時は案内なかったのにな……」


 ちっとも寂しそうに言わない。むしろ、どういうこと? と、夫に浮気を疑う妻の冷たさが感じられたのは気のせいか。


「す、すみません。あの時は急ぎの用があったり、学校を休んだりしてしまったので……」


 何で「会社の上司に連れられて行っただけで、キャバクラなんか興味なかったんです……」っていう言い訳する旦那の気分にならなきゃいけないのだろうか。


 すると、くすりと子供っぽく笑って、


「冗談よ。春休みのうちにそんなの終わってるに決まってるじゃない」


 と、俺の頭にポンポンと手を置いた。その仕草に、何とも言えない安心感を感じるが、そこでハッとする。


「おい、今日の放課後体育館裏来いよ」「死ねばいい」「俺もされていないというのに……」


 先生、男子が怖いです! 


が、そこで一人、ある意味恐ろしい奴が前に出た。


「カナデちゃん、よろしければ私がもう一度案内いたしますよ? 生徒しか知らない所とかいっぱいありますから」


 そう言ってハルノ先生の手を取る。


「そ、そう? ありがとう。でも、生徒しか知らない所は生徒だけ知っていれば十分だと思うわ」


 見事にかわし、「じゃ、みんな騒ぎ過ぎないようにね」と去っていく彼女。かっこいい。


「いい先生ですね!」


 これまた目を輝かせる人がいた。


 それは確かだと思う。だからこそ、人気があるのだ。俺も最初は苦手な分類だったが、慣れたのか、見つめられたときのあの変な感覚は薄れ始めていた。まだぞくぞくするけど。




 さて、これでほとんどの教室を紹介し終わったところだが、彼女の反応を見る限りはこの学校を気に入ったと思っていいだろう。


 一体東京がどんな状況だったのか計り知れないが、そこより大分マシなのか、満足そうだった。


 最後に二年生の教室が並ぶ階の案内といきますか。


「えーっと、ここが二年六組ね、ここから奥に行くにつれて五、四組って並んでる。一番奥が俺たちのクラス、一組ね」


「なるほどです!」


 一つ一つの教室をチェックしながら歩く。

 

 お嬢様の教室はどこだろうか。ここか? ここか?


 そうやって見ていくと隣のクラス――二組で違和感が感じられた。


「このクラスは使われていないんですか?」


 パッと見で思いつく質問をミズキさんがする。そりゃそうだ。もぬけの殻とはこのことを言うのだろう。誰もいない、いつもの喧騒が感じられない部屋。


「い、いや、違うよ……」


 よく見れば、ナプキンに包まれたお弁当箱が置いてある机が一か所ある。位置的にはうちのクラスでいうところのミズキさんの席の後ろあたりか。


 位置なんかはどうでもいい。


 そのナプキン、遠目ではっきり見えないが、今朝お嬢様に持たせたお弁当に包んだものにそっくりなのだ。


 さぁ、ここの謎を整理しよう。


一.何故か教室に誰もいないこと。


二.机の上に唯一置かれた弁当のナプキンがお嬢様のものに酷似している。


 以上二点から導き出される答えは一つ。


「あれ、マコト?」


 その原因の少女が、こちらと同じく案内人+クラスのみなさんという大所帯で一組の前に立っていた。


「レイカ様。あの者は?」


 案内人が尋ねる。質問の内容は正直どうでもいい。ただ、レイカ……様? 聞き間違いだろうか。様付けで呼ばれているのですが。


「私の――」


 マズい。ここで執事なんか言わせたら、うちのクラスの中で、ここで矛盾が(略)になってしまう。


 お嬢様、ごめんなさい!


「従兄の雅誠です」


「い、いと……そ、そうですわ! い、従妹ですのよ!」


 口調が怪し過ぎるお嬢様。前の学校で使っていた癖がここにきて現れるとは。


「と、隣のクラス……だったんで、ね」


 いつもの口調と混ざってしまった! 結局俺も人のこと言えない!


「これがマコトの従妹さんか! 近くで見るとなんとも……」


 品定めをするようにじろじろみるノボルとかいう危険人物。


「マコト君とは仲良くさせていただいている、夢間昇といいます。以後、お見知りおきを」


 俺の前に出て、丁寧な紳士スタイルでいくノボル。


 全く。さっきも言っただろう? もうすでに布石は撒いたっての!


「あら? マコトから聞いていたよりずっといい人そうじゃない」


 そう言い、お嬢様がよろしくと笑顔を向ける。それに対し、彼は勝ち誇ったように振り向き親指を立てる。


って、


「お嬢様っ⁉」


 布石が風で飛ばされちゃってるし!


「な、何よ。アタシはアタシでちゃんと判断するわよ?」


 いや、まぁ、確かにそうですが……。どこぞの馬の骨を退けるのも私の仕事だったりするのですよ? 旦那様の亡くなられた現在では、俺が唯一の壁、ウォールシーナ。突破されるわけにはいかない。


「なぁ、マコト。 お前はレイカちゃんのことなんて呼んでいる?」


 真顔で危険人物Nが問いかける。


おい、何勝手にちゃん付けしている。まぁ、今回は許そう。んで、呼び方?


「そりゃ……」


 あれ、俺さっき、なんて呼んだっけ……?


「れ、レイカ――」


 あ、これダメなやつだ。絶対無理がある。なんてこった……。


「マコト。いや、マコトさん。俺もお嬢様って読んでみてもいいですか?」


「へ?」


 話が飛躍しすぎて理解が追い付かない。えーっと、何その願望。


「あ、やめてくれる?」


 ここで俺を救ったのは、お嬢様本人だった。


「そもそももうお嬢様学校に通っていないわけだし、アタシはそんなに好きじゃないの。その呼ばれ方」


 彼女はさらっとぶっちゃけた。ていうか、初耳なんですけど。嫌なら先に言ってくれればいいのに。


まさかずっと我慢していたのだろうか……。


 大変申し訳なく感じる。


「じゃあ、レイカちゃんと呼んでもいいですか?」


 少し険悪ムードになりかけていたところを、たった一言で良くした少女。ミズキさんだった。


 そうか。彼女も同じく転校生。だったら、お嬢様と仲良くなってもらうのも簡単かもしれない。この高校のこと知らない者同士、支えあう。うん、悪くない。


 クラスは違うが、俺が架け橋になれば、問題はある程度解決するかもしれない。


「え、えーっと、どうぞ? そちらは?」


「今日から転校してきました、美月葵です。好きなものはお好み焼きとちゃんぽんです。よろしくお願いします」


 もはや定型文と化してきた好物紹介と共に、丁寧なお辞儀をした。


 お嬢様は知識として丁寧な言葉遣い、行動を得ている。だが、それが自然に出てこない。


 逆にミズキさんは自然だった。


 もしかしたら、彼女との交流で、お嬢様もステップアップすることができるのではないだろうか。


 が、彼女にそんな考えはなく。


「アオイ。アタシに敬語は無用よ」


 と、落ち着いた微笑みで言ってしまった。


 いや、さっき様付けして呼ばせていたじゃないですか……。


「うん」


 これでいいのだ。警護なんかあったって、壁を作ってしまうだけ。


 本当の友達になるなら、そんな目的など不要なのだ。


 そう考えると、俺はまだお嬢様――いや、レイカ様の、本当の意味でのお力にはなれていないのではないだろうか。進化すべきはまず俺の方であるわけで、俺がしっかりした人間にならなくては、彼女の支えにもなることはできないだろう。


 そして、何でも舗装された道路を渡らせる必要はないのかもしれないと思った。ときには自らの足で砂利道も歩いてみなければいけない。そこで蜘蛛の巣を俺が払ってあげればいいのだ。


 自ら友人との溝を一瞬で消しに行ったレイカ様の才能はとても誇らしい。


 その友人は、彼女の手を取り、


「わかりました! よろしくお願いしますね、レイカ様!」


 ん? 気のせいかな?


「ええ、よろしく!」


 レイカ様はそれでも笑顔を崩さない。むしろ、輝きが増している気がする。


 ならば気のせいだったのだろう。


「じゃなくて! 敬語じゃなくていいって言ったばかりじゃない!」


 やっぱり気のせいじゃなかった!


 少し強めの言い方つっこみに、ミズキさんの表情が暗くなる。


「ご、ごめんなさい……。でも、わからなくて……」


「あわわ。ご、ごめん。そうじゃなくて、その……」


 その反応に慌てて手をぶんぶん振るレイカ様。ここまで焦る様子は珍しい。


「無理してるならやめてほしいなってこと! やっぱり仲良くするなら、自然体で行くのがベストでしょ?」


「うん……うん!」


 驚いた。いつの間にこんな技術を身に着けたのか、一瞬で良い関係へと持ち込んだ。


「それじゃあ、改めてよろしくね、アオイ!」


「はい、こちらこそ! レイカ様!」


「あ、あはは……」


 そこは変わらないんだと、彼女は苦笑いを浮かべた。


 しかしまぁ、これで一安心だろう。


 なんだかんだで隣のクラスとも交流を持てたし、案外、今回得たものは大きいかもしれない。


 満足満足。


 昼休みの終わりが近づき、それぞれの教室へと皆がぞろぞろと戻っていく。


「ねぇ、マコト」


レイカ様とすれ違う時、冷ややかな声が俺の足を凍らせた。別にやましいことは何もしていないはずなのにね。


「後で、覚えておいてね♡」


「な、何のことでしょう?」


 本当に身に覚えがないのだが、なぜだろう、後ろを振り向けない。


「自分の心に聞いてみてはいかが?」


「え、あ――」


 呼び方レイカとか謎設定いとことか……。なんとなくわかっちゃったかも!


 急にお嬢様口調になった彼女はきっと笑っているだろう。それも、最も恐ろしく純粋な笑顔だ。


 とにかく俺は、どうやって許しを請うかで、その日の午後の授業を埋め尽くした。


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