第四章 学生な、新入社員の話
少し間が空きましたが、何とか書けました。
マコト君の中で、人の呼び方を少々統一されてないようなところがあったので、随時改稿していこうと思います。
こいつガキのくせに生意気だと思われた方には申し訳ないです。いい子にしたつもりです。
訓練初日。書類に書かれていた時間の五分前に集合場所へ向かう。
俺を待っていたのは、休めの格好をしていた二十代後半ぐらいの若い男一人だった。
「おはようございます」
時刻は春先の寒さを残す、早朝五時二五分。俺がいつも起きる時間だ。おかげでものすんごく眠い。
「遅いぞ」
あれ、遅いのか? だいぶ朝早くだと思うのだが……。
「あの集合時間は俺用の集合時間だ! よって貴様は、俺より早く来い!」
「は、はぁ……?」
そーなのか―。いや、そんなこと書いてありましたっけ?
「貴様、誰に向かってそんな口を聞いている?」
突如、この男から湧き出るオーラが変わった――ような気がした。
「あの……初対面なのでお名前がわからないのですが……?」
今度こそ、本当に変わった。
「ふざけているのか貴様! 俺は貴様の教官だ! 寝ぼけているなら目を覚ませ! 覚めぬなら、覚ましてやろう! どうなんだ!」
「は、はい! 大丈夫です!」
反射的に答える。
頭の靄が、スーッと晴れていく。
この人も、あのトクガワとかいう人と同じだ! 逆らえば、死が待っているに違いない!
今こうして、教官を見ると、その威圧感に圧倒されてしまう。
背が高く、肩幅もそれなりにある為だろうか。そして何より、大きな目から放たれる眼光は、ありえないレベルで燃えていた。
「ふん。ようやく目を覚ましたか。実際の現場で『寝ていました』は通用しないからな! 覚悟しておけ!」
「は、はいぃ!」
「『はい』ははっきり言え! 聞き間違いもまた、人の命一つ失いかねないのだぞ!」
「は、はい!」
この世界の厳しさの片鱗を味わったような気がした。人の命を守る仕事だ。できて当たり前。
わかってはいた所もあるが、こういう油断が旦那様を殺したのだ。
こうして過剰なほどの緊張感と共に初日が始まった。
って、あれ? この人の名前は本当になんだろう。鳴かぬなら、鳴かせてやろう的なことを言ってたから、豊臣姓だったりして。――ハハッ。まさかな。
とりあえず、今は黙ってついて行こう。
「ここは、医務室である。気分が悪くなったり、怪我をしたら真っ先に向かうように。また、重傷と判断された場合は救急車を呼ぶこととなっている。何か質問は!」
「ありません!」
「ここは、会議室である。集まって話し合いをする場である。会議は原則三〇分までとなっているので、利用する際は、事前に何を話すか纏めてからくるように。何か質問は!」
「ありません!」
「ここは、団長室である。余程の用がない限り、近づかないように。何か質問は!」
「ありません!」
先からこの調子である。
現在、受け入れという形で、様々な施設の見学、説明を受けているのだが。
「ここは、道場である。己の心、体を鍛え、何者にも負けず、そして、何者でも守り抜くための力を得る施設である。後々に利用していくことになると思うが、今は雰囲気だけ見ておくように。何か質問は!」
「ありません!」
正直半分うんざりしていたりする。暑苦しいし、固いし、何より大声を出し過ぎてかなり疲れる。
こんな超体育会系のところで、部活をやっていなかった俺はやっていけるのだろうか。
正直、不安通り越して嫌になってきた。だって、目の前でビターンビターンと屈強な男たちが薙ぎ倒されているんですもの。あれ、俺もやらされるのかな……。
目の前で行われる無限ループを少し覗いていく。
ビターン、よろしくお願いします!
ビターン、よろしくお願いします!
ビターン、よろしくお願いします……。
倒されては起き上がり、何度も挑んでいく男たち。
ああ、ここにいるとドMにされるのですね。わかりたくないです。
「俺もここでかなり鍛えられた。貴様もそのうち、あんな大男を投げられるようになる」
「な、投げるほうですか……」
「当たり前だ! お前は投げられるのが好きな変態なのか?」
「いえ、とんでもない!」
誰もそんな趣味はない。
「きっとその頃には、マッチョになっているんでしょうね……」
ライザ○プ後の自分なんか想像したくないな。あ、その過程もしたくないな。
だが、
「そうでもないと思うぞ。ほれ」
いつの間にか素の口調に戻っている彼が指差す方向。
五人のゴリマッチョに囲まれた女性がいた。
とてもじゃないが、三対三には見えない。どう見ても五対一だ。
「――くる!」
何やら目をキラキラさせて、彼女を見守る教官。その瞳は、純粋な少年のそれだった。
まさか、全員やっつけるというのだろうか。
と、そこでズドンと重い音が地響きとともに伝わってきたので、そちらを見る。
そこの光景は、まさかだった。先ほどの女性を中心に、花びらのように倒れる男どもの哀れな姿。
数秒目を離した隙に、それは終わっていたのだ。
「す、凄い……」
「だろう? あれが彼女の必殺技『花びら大回転』だ!」
「は、『花びら大回転』ですか……」
なんか、凄そうな名前だ。一体ナニがどう回るのかはわからんが、きっと大きく回るのだろう。女性自身が回る訳ではなさそうからセーフだよね?
と、呑気に考えていられたのは、俺が、彼女がそれをどう捉えていたのかまだ知らなかったからだ。
「おい、今『アレ』の名前を口に出したのは誰だ?」
後ろを向いていた女性が、ゆっくり振り向く。それは見返り美人とは遠くかけ離れた顔……と言うと、幾分か誤解を招きかねないが、簡潔に言うと、鬼か悪魔の類の形相だった。激おこぷんぷん丸って意味で。
誤解したら消されかねないな。
そう考えているうちにも、ゆっくりと彼女が近づいてくる。その足取りはまさに強者の余裕が見て取れた。隣を見ると、教官が、あ、ヤバいと口を抑えている。
「あの、『花びらなんとか』っての、そんなにマズいんですか?」
こっそり耳打ちをした。筈だ。
すると、彼が慌てて俺の口を塞ぐ。
「おい、お前。さっき、何と言った?」
到底女のものとは思えない、低く、肉食獣の威嚇のような声が発せられる。
き、聞こえてた!
閻魔様と同等かそれ以上のレベルの表情の女性がこちらを見下ろす。道場入口のたった十センチ強の段差が、これほどまでの威圧感を増強するとは思いもしなかった。
というか、悪いのは俺ですか! そ、そもそも、新人の俺に初対面の人の地雷を見抜くなど不可能に限りなく近いじゃないか!
「あ、あの……ぼ、僕は――!」
「あん?」
彼女の鋭い眼光が俺の心臓を掴む。
頭の天辺からつま先にかけて、血の気が引いていくのが感覚的に理解した。全身が震え始め、景色がぐらつく。
「僕は、その……し、知らなかったんです!」
「ああ、知っている」
「い、いえ‼ 知らな――あれ?」
そのとき、鋭く突き出た腕が俺の頬を掠め、獲物を引きずり出す。
「うちの言ってんのは、テメエのことだよ‼ 木下ああああ‼」
「ひいぃ」
「……」
絶句した。
別にこの女性の勘が鋭かったり、予想以上に動きが速かったことについてではない。
もちろん、彼の名字がトヨトミではなくキノシタだったということでもない。
「お前、新入りの子に何吹き込んでんだ、ああ? しかも、ヤバいと思ったら後ろに隠れ、その子の口を塞ぐことで人のせいにしたな?」
「い、いえ! 滅相もございません!」
この人のさっきまでの威厳はどこにいったのだろうか。
「いや、つい言ってしまっただけなんだ」
「やかましい!」
どんどん小さくなっていくキノシタさん。襟首をガッチリと持ち上げられ、足をバタバタさせる。
このまま喧嘩――いや、どう見ても一方的な暴力か。それがデットヒートしていくかに思われた。
「こ、こういうのは後にしようぜ! な? な?」
ちらりと俺を見ながら、泣きそうな声で訴える。
「ああ、そうだな。『後に』しよう」
深く溜め息をつきながら、彼女はゆっくり手を放した。
切り替えが上手いのか、はたまた逃げようとしただけなのかはわからなかったが、結果的にこの話を一旦ナシにできるという点においては大人なんだと思えた。
「え、えーっと、コホン。彼女は朝倉。この体つきで柔道の大会で東日本一に輝いた経歴を持っている凄い人だ! 特殊機動部隊の副隊長を務めている。ちなみに俺と同期である!」
急に先のテンションを取り戻したが、威厳や暑苦しさまでは戻らなかった。
それは一先ず置こう。この体つきでと言われ、アサクラさんの体を上から下までつい流して見てしまう。確かに、柔道やっている割に細い方だと思う。とはいえ、普通の女性と比べればかなり肩幅も広いし、背も俺と同じぐらいかそれ以上に高い。
上に視線を戻したところで、彼女の吊り上がった目と合った。
「まだ若いからわからないかもしれないが、あまり女性の体はじろじろ見るものではないぞ?」
「あ、すみません」
しまったと表情を覗うも、そこまで怒っている様子はないようだ。むしろ、軽く冗談でも言ってやったという微笑みも見えた。
「よろしくな、新入り」
アサクラさんがその束ねた髪を揺らし、さっきの般若顔とは比べ物にならないくらい優しい顔で右手を差し出してきた。
怒らなければとても美人で、怒らせてしまうのは損だと思う。
「はい!」
副隊長さんはきっといい人なのだと信じ、俺はその温かい手を掴んだ。
その傍らでは、自分のおかげだと言わんばかりに満足げな笑顔の教官がいた。
この人はきっと根っからダメな人なんじゃないかと、俺は疑った。
「本日の業務はここまでだ! 今までの内容でわからなかったことなどはないか?」
「今は大丈夫です!」
太陽が頭の上まで登った頃。なんだかんだ言って俺も、この人の流れに呑まれて、初めのような気合の入った返事をしていた。
「よし! 後は明日に備え、寮に帰り、やるべきことをやっておくように! そして明日も放課後に、今日では紹介しきれなかった施設や、貴様に関わってくるであろう方々を紹介しよう!」
「はい! よろしくお願いします!」
今日は疲れた。まだ半日しか終わっていないが、充分な疲労が階段を上る足にきた。こんなんで本格的な訓練が始まったら大丈夫なのだろうか。
「はぁ……」
溜息一つ吐いてから、部屋の扉を開ける。
「ただいま戻りました」
「あ、おかえり!」
お嬢様はというと、寝癖の付いた爆発頭に、ペラペラ生地でピンク色のパジャマのまま、通学用のカバンにせっせと荷物を詰め込んでいた。
鼻歌歌いながら準備する姿を見る限り、明日が余程楽しみなのだろう。我慢しきれず、準備を始めてしまったといったところか。
かつての学友との急な別れを惜しんだのも数日。今、こうしてポジティブに考えられるのは、とても素晴らしいことだ。
「何かお手伝いできることはありますか?」
彼女の傍にしゃがみ、カバンをのぞき込む。
一瞬、何故か中を隠す素振りをしたかに見えたが、スッと手の動きを止め、
「お腹空いた」
とはにかんだ。
「そうですね。では先にお昼にしましょう」
「は~い」
気の抜けた返事を耳に留めた後、調理の準備をするために立ち上がる。
さてと、やりますか!
まだやることが残っている。
次の朝。
「お嬢様、時間ですよ」
「ちょっと待って!」
隣の部屋から衣の擦れる音を聞きながら、お嬢様のこれから通う高校はどの辺なのかを推測する。昨晩、「一緒に登校したい」と言っていたのを聞く限りは、うちの高校周辺と考えるべきだろう。
お嬢様は文系だからな……それでいてそれなりの学力を有する高校は……と絞り込みを始めたとき、襖が開いた。
「出来たわよ! さぁ、行きましょう!」
制服を見てしまえば答えが出てしまうが、まぁ、この際どうだっていい。以前とは違う制服姿のお嬢様を早く見てみたかった。
が、
「あれ?」
そこに立っていた彼女の姿は、新鮮さがあるのにどこか見覚えがあり、それが違和感を創りだして――いや、どう見てもこれ。
「どうしてうちの学校の制服を着ているのですか……?」
次回週末予定です。
物語は再び動き出すかも?