第三章 闇の中で……
アクセス数が気が付けば三桁超えており、モチベーション上がりまくりです。
読者様様です。
※人物が途中変な名前になるミスがあったりしましたが、現在は改稿しました。
読み辛くしてしまい、申し訳ございませんでした。
旦那様が亡くなった。
奴は最期、自爆をして旦那様の側にいた部下もろとも吹き飛ばした。カルティノ含めロボットに搭乗していた人達や、シェルターの中に居たお嬢様が無傷なのは幸いだっのかもしれない。
ただ、旦那様は救えなかった。
「辛いのはわかる……」
目の前の坊主頭でふくよかな体格の中年男は、煙草臭い溜息と共に数日前の葬式で聞き飽きた同情を零した。
「いえ……」
小さな会議室で、一つの安物のテーブルを挟んでパイプ椅子に座る俺たちの間に、奇妙な沈黙が漂う。俺はテーブルに着いたシミを見つめたまま、うんざりするような気持ちを押し殺した。
俺は、こう言う人の目が見れない。
先日行われた旦那様の葬式。旦那様の顔が広いということもあり、訃報を聞きつけた御友人、有名企業の役員、仕事仲間等で葬式会場はごった返していた。目が回るような仕事に追われていた俺を、雅家の親戚たちは手伝ってくれたのだが、
「辛かっただろうね」
「大変だね」
「頑張れ」
といった無責任な言葉たちを必ず並べる。
可哀想だけど、うちは関与しないと目で語るのだ。気が付けば、弔問客からのお悔やみの言葉ですらそう思えてきて、あるときから目が見れなくなった。感情を押し切れなくなりそうなのだ。
だが、今回は違った。
「辛気臭い顔はやめてくれんか? イライラする」
「え?」
思わず顔を上げる。
おっさん――武田といったか、肩掛けのグレーのカバンを回して体の前に持ってくると、中から小さな箱を取り出し、中身の細長い煙草を咥えた。
「大体な……あの状況で、初めてロボット乗って、そんであいつら全員捕まえれたら気持ち悪いやろ? 違うか?」
違う。この言葉は喉元で止まった。話が大きくそれる可能性もあるし、長引かれても困る。
そもそも俺が許せないのは、無責任な言葉を、自分が関わらずに済むようにかける連中がいること。それがお嬢様を少しずつ蝕んだこと。
この話においても違う。この人は知らないのだ。カルティノの性能を。初めてでも、すぐに手足のように動かすことができ、装甲は思った通りに変形してくれる。そして、蛙声の乗っていた機体が自爆する前までは圧倒できていたのだ。
だったら、全員捕えることができたはず。旦那様の死は、俺自身に責任があるのだ。
「よく頑張ったほうや。だからこそ、お前の成長を見込んで頼みたいことがある」
彼の太い指が、白い棒の先端に溜まった灰をトントンとガラスの灰皿に落とし、一拍おいて底にぐりぐり押し付けると、
「我々、自警団に入って欲しい!」
と、テーブルに手を突き、ゆっくり頭を下げた。
「あ、頭を上げてください」
急変した態度に、俺はつい戸惑った。
まず、俺なんかでは務まる気がしない。それにあの事件後、お世話になりっぱなしで、頭を下げられるなんて烏滸がまし過ぎるのだ。
『警察官』の生き残りと、元々地方にいた『自警団』をかき集められて創られた今の『自警団』は、今このご時世人気職業のトップで、警察以上の働きをしなければならない大変な仕事であると聞く。
事件後は自警団G県本部の寮に住ませてもらい、事情聴取やらカウンセリングやらを受けている。今回は何事かと思えば、自警団への勧誘だった。
「僕なんかで務まるかわかりませんし、それに――」
「ならば言い方を変えよう」
突然、背中側の扉が開け放たれた。反射的に振り向くと、そこに立っていたのは、身長二メートルはありそうな大男。
まず飛び込んできたのは、傷、傷。右耳が文字通りなく、左頬には縦に十針ほどの雑な縫い目がある。一体何を体験してきたというのだろうか。
髪型のリーゼントとも相まって、ヤクザの組長のような化け物じみた恐怖オーラが俺の背筋を凍らせる。
「カルティノのパイロットとして、ここで働いてもらおう」
「はい」
断るなんて不可能だ。このイエスは、反射で出たもの。
ガチガチに固まった体で彼がタケダの隣に腰掛けるまで目を離せなかった。
「お前、銀狼が死んだのを自分の責任だと思ってねえだろうな?」
「――っ⁉」
ストレートな発言に、全身から汗が噴き出る感覚があった。
やはり、俺の考え過ぎだったのだろうか。だが、その答えは完全に否定された。
「そう思うのなら、その罪滅ぼしをしたいなら、他に悲しむ人を作らないように働け」
今も悲しんでいるお嬢様がいるというのに、他の人を悲しませないようにすることなどできるのだろうか。
「寮に二人で住め。そうすればもう悲しませずに済むだろう。そして、できぬなら、やれるようになるまでだ」
この人は――
「高校卒業まではアルバイト扱いにしてやる。お前の学校は別に禁止でもなかった筈だ」
この人は――どうして
「娘のほうはすでに転校手続きをしてある。以前の学校はあの男の経済力があったからこそ行けた場所だ。よって、今日は編入テストに行かせてある」
どうしてここまで勝手に物事を決めていくのだろうか。
「不満そうだな」
「いえ……」
違う、そうじゃない。俺はきっと、怖いんだ。自分の慢心で、また誰かの命を失ってしまうことが。結局俺も親戚らと同じく、責任逃れしたいだけなのだ。
それではお嬢様の幸せのためにはならない。お嬢様を守ることはできない。
「やります」
「あん?」
聞こえなかったのか、はたまた俺の覚悟を試しているのか、腕を組みながら、こちらをギョロリと見やった。
正直言って、逃げ出したいし、もう戦いたくもない。
だけど、逃げたって得などなく、俺たちは路頭を彷徨うことになる。お嬢様に絶対そんなことをさせてはならない。そして、お嬢様を守っていく為にも、この条件はむしろ好都合だ。
俺は大きく息を吸い込み、
「やります‼ やらせてください‼ お願いします‼」
全力で頭をテーブルに擦り付ける。
「ふん。まぁ、せいぜい今の気持ちを忘れないことだ」
野太い声が切れるのを待って、俺は頭を上げた。
「団長の徳川だ」
「雅誠です。迷惑かけると思いますが、よろしくお願いします」
俺は差し出された手を掴み、努力しようと誓った。が、その手の力は万力の如くギチギチ締め付けるので、俺のその誓いは、意識とともに揺らいだ。
その視界の中、団長の傍で副団長が満足げに笑っていた。
事件から五日たった日。俺は自警団に入ることを決めた。
「タケダ、すまないが退席願おう」
話が終わった直後、俺がヒリヒリする右手を握って開いてを繰り返していると、団長が二人で話したいと申し出た。
副団長は、わかりましたと透明なファイルに挟まれた書類を残し、後は何も言わず立ち去る。ちらりと見えた内容から察するに、俺用の明日からのスケジュールのようだ。どうやら何を言っても俺が入ることは確定事項だったらしい。
扉が閉じ、足音が遠ざかるのを待ってから、団長は口を開いた。
「さて、マコト。お前には先に話しておかなくてはならないことがある」
そう前置きすると、少しだけ厳格な雰囲気が薄れたような気がした。それでも、怖いことに変わりないのだが……。
「お前の配属先は、我々の新しい部隊『特殊機動部隊』にしようと思っている。その部隊についてだが」
新しい部隊。あの日駆けつけてきてくれた自警団がそれだ。ロボットを使い、敵を殲滅する……のが仕事という訳ではなく、災害等での救助用に使ったりする予定だそうだ。
基本的に普通のパトカーで巡回し、事件等を警戒するのが仕事だとか。
今回の事件が初出動だったそうだが、あのロボットは整備が終わってすぐに出動したそうで、かなりギリギリだったらしい。
そのロボットを開発したのが旦那様で、西日本はどこからかこの情報を入手していたそうだ。カルティノを奪うためだけでなく、それを潰すための襲撃だったそうで、自警団が間に合わなかったというより、敵方が間に合わなかったというほうが正しいようだ。
それを話すのをかなり渋ったところを見る限り、団長自身はそれを認めたくないのだろう。
今回のところはこれで十分らしい。彼が席を立とうとしたところで俺は思い出した。
「旦那様とは、いったいどのような関係だったのですか?」
今までで一番優しい目をして、
「ただの、古い友人だ。ただの、な……」
そう残して会議室から出ていった。
夕方。とりあえず今日の分の食材をスーパーで買い、部屋に戻ると、相当しんどそうに段ボールへと顎を乗せるお嬢様がおかえりと弱々しく呟いた。
「ただいま帰りました」
お腹も空いていそうだったので、話は食事の時にでも聞くとしよう。
寮の小さなキッチンで俺は調理器具を準備し始めた。
「「いただきます」」
まだ中身の入った段ボールが転がる、お嬢様の以前の部屋より一回り大きい程度の広さしかない小さな空間。
フローリングの上に短い足で立つ小さなテーブルの上へキツキツにお皿を並べ、手を合わせる。
今晩のメニューはオムライス。チキンライスを黄金色のふわトロ卵が包み、ケチャップのラインがその人の個性を映し出していた。
それは、かつての屋敷にいたときのような小洒落たものではなかったが、味は保証できる。その証拠に、勢いよくがっついたお嬢様が喉を詰まらせて咽ていた。
俺はコップにお茶をつぎ足しつつ、彼女の背中をさする。
「落ち着いて食べてください。誰も取りゃしませんよ」
「ケホッケホッ……だって、久々のマコトの料理だったもの!」
確かに、最近は寮の食堂で済ますことが多かった。
それにしても、俺の料理をこんなに美味しそうに食べてくれるなんて……感激でございます!
「美味しくないはずないじゃない! マコトは天才ですもの! ……って、なんで泣いてるのよ⁉」
褒めちぎられて、私、感無量です!
俺はティッシュを取り、ズピーと鼻をかむ。
さて、大事な話をするとしますかね。
「そういえばお嬢様、今日テストだったのですよね?」
スプーンを滑らせながら、お嬢様の顔を覗うと、ポカンとした顔で
「え、なんで知ってるの?」
「今日また別件で呼び出されておりまして、そのときにお聞きしまして……お嬢様?」
ムスッとした顔でスプーンを皿に突き立て、クルクル回し始める。
「はぁ……つまんないな」
「あ、あの……何か私、何か良からぬことを?」
「別に! ……ちょっと作戦が失敗しただけよ」
「は、はぁ……」
一体どんな作戦だったのかはわからないが、とりあえず俺に黙って物事を進めようとしたのはさすがに悪いことである。それだけは注意せねばなるまい。
「いいですか、お嬢様。何事もきちんと先に説明してください。又はちゃんと相談してください」
「はーい」
お嬢様には今後、ホウレンソウの重要性を教えていかなければなるまい。
だから俺はちゃんと報告する!
「お嬢様、私自警団に入ることを決めました」
その時、甲高い金属音が食卓の音を遮った。
「なんで?」
空中で停止ボタンを押された映像のように手を止めたお嬢様が、恐る恐る尋ねる。
「働かなきゃ、食っていけないじゃないですか」
「そっか。そう、よね……」
俯きながら、納得したようで、再びスプーンを手に取るお嬢様。
「といっても、高校に通いながらなので、アルバイトみたいなものなんですけどね」
そう付け足すと、
「ホントに⁉」
と、勢いよく大きく前に乗り出してきた。
そうか、お嬢様は俺に高校へ通っていて欲しかったのか。俺にもきっと、学校で学んでいて欲しかったのだろう。
「大丈夫です。卒業はちゃんとしますから! 就職先も決まったようなものですしね」
俺が笑うと、彼女もまた笑った。久々に俺たち家族に笑顔が咲いたかもしれない。
お嬢様はとても強い。たくさんの取り戻せないものを失って、それでもなお俺と笑っていてくれる。きっとまだ辛いことが多いと思う。だからこそ、俺が支えなければならない。俺は弱気になる訳にはいかないのだ。
「ありがとうございます」
救われたような気がして、ついそう漏らしてしまった。
「ふふっ。どういたしまして」
微笑む彼女にもう一度、心の中で感謝を伝える。
俺にも失ったものは多かった。だけど、残ったものがあるのだ。それをこれ以上失うわけにはいかない。
何に対するありがとうなんだろうと小さく首を傾げる彼女の姿を見て、明日の訓練頑張ろうと自分を鼓舞した。ちなみに、学校復帰は明後日、月曜からだ。
未明。書類の束に囲まれた一人の大男の元へ、一本の電話が鳴った。
「はい」
「こんばんは。遅くにごめんなさい」
「ああ、お前か」
スマホの画面を見ていなかったので誰かまでは把握していなかったが、電波越しに聞こえる独特の声音で把握できた。
「何の用だ?」
正直、ここまで眠らず仕事を捌いていたので、特に用事がないのなら早く切って眠りたかった。
「マコトのこと。どうだった?」
「ああ、そのことか」
彼女の生きる理由全てには『マコト』が絡む。
「成長していて驚いたよ。大きくなったし、多少男らしさも出てきたんじゃないか」
そう言うと、まるで自分が褒められたように喜び、
「でしょでしょ! もう、超かっこいいんだから!」
電話の相手は、どんなに成長しても幼さが残る。そのことに苦笑が漏れる。
「そうだ、レイカの件はアレでよかったのか?」
このままだと、また彼について語り始めるだろう。何度も同じことを聞かされるこちらの身になって欲しいと、初老の男は頭を抱える。
「ええ、もちろん。ちゃんとクラスは別になるようにしてあげたし」
結局アイツ絡みか……。などと心の中で毒づくも、今さら驚きはしない。
「今回はこちらが感謝したいくらいよ。ここまで怖いくらいうまくいき過ぎているわ」
「いや、それはお前の先を読むのが上手いだけだ」
これはお世辞なんかではなく、事実だ。
こいつの頭が良すぎるのだ。彼女を化け物に変えたのは間違いなく彼になってしまう訳だが、ここまで努力を惜しまなかったのは彼女の才能だろう。
「とりあえず、今はこんなところでいいか?」
「ええ、そうね」
彼がふと時計に目をやれば、夜というよりも朝と言ったほうがしっくりくるような時刻になっていたことに気づく。
「じゃあ、後はよろしくお願いしますね」
「ああ」
「それじゃ、おやすみなさい――先生」
最後に付け足した言葉に懐かしさを噛みしめつつ、
「ああ、おやすみ」
と、電話を切った。
ようやく静けさを取り戻した書斎で、彼はそのまま目を閉じた。
お疲れ様でした。
とりあえずシリアス回は一旦ここまでにします(予定)。
また次回も読んでいただければありがたいです。
※次話投稿は少々時間がかかります。ゴペンなさい。