第五章 『Lose a Battle』
例え勇者であろうと怖いものは怖い、悪鬼丸妹子は極度の暗所恐怖症だ。加えて音恐怖症も患っている。昼間の彼女はハキハキとしゃべり、中心的な位置にいる人物なのだが今の彼女にその面影は無かった。
歯を鳴らしながらチームメイトの腕にしがみ付き、進んでいた。目を瞑って歩くので何度も何度も躓き、ジャージを汚していた。
物音や遠くの他の班の叫び声を聞く度に大声をあげ、その場にうずくまった。チームメイトには「いい加減にしろ」や「置いていく」と何度も言われ、その度に泣きながら腕にしがみ付いていくのだった。
道程も半ばに差し掛かり、ようやく暗闇に慣れてきたのか薄っすら目を開け進んでいる時、雷が落ちる音が聞こえる。かなり近場だ。
今晩は月がよく見える快晴にも関わらず、爆音を山中に響き渡らせた。雷鳴は妹子が最も嫌う音だ。失禁スレスレで意思兵装を具現化する。彼女のクラスは防術士主兵装はラウンドシールドと、ヘッドフォンだ。
大きな音を聞いていると精神的に追い詰められ、パニックに陥ってしまう。それを防ぐ為に恐怖から逃げる為に「音を聞きたくない」と言う思いが、ヘッドフォンの副兵装を具現化させている。
いきなり具現化を行ったのでチームメイトは驚いた。しかし、その怯えた様を見るとよほどのトラウマがあるのだろうと推測できる。
それからしばらく物音も無く、辺りは落ち着いた雰囲気。しがみ付くチームメイト腕に指を食い込ませ、妹子は未だ恐怖に縛られている。
一行は少し開けた場所に到着する。懐中電灯以外の明かりが見え安心した妹子は、具現化を解除。我先に明かりの下の向かう。そこには街頭に照らされたベンチがある。するとベンチに突っ伏しているモノが目に入った。
声にならない叫び声を上げチームメイトの陰に隠れる。
「ででで、出たぁぁっ!」
その姿を見てガクッと肩を落とし、幽霊なんて全く信じていない一人のチームメイトがズカズカと近づいていき、突っ伏しているモノの体を起こす。その時の彼の顔は意地悪なものだった。
「バカッ! 止めてよ!」
肌が焼け爛れ、眼球は陥没している醜態を想定した妹子は、これでもかと言うくらいの力で目を瞑る。しばらくそうしていると壁にしていたチームメイトに「大丈夫だよ」と言われ、恐る恐る目を開ける。そこにいたのは佐藤美護であった。
「なんだよぉ……サトミモかよぉ」
気が抜けその場にへたり込む。
眠っている美護はニヤケ面で、名前を呼んでもおきないので何度か体を揺さぶる。
「ン~祖師ヶ谷君……それじゃポートボールよ」
『どんな夢だよ!』とツッコミを入れていると、美護は目を覚ましキョロキョロと辺りを見回した。
「はれ、ここは?」
「サトミモ、大丈夫?」
「妹子ちゃん……」
寝ぼけ眼で妹子の顔を見つめ、置かれた状況を思い出す。
皆でバスケをしようとしていたのだが、なぜかゴールマンをやりたがっている祖師ヶ谷がいて……夢の話ではない。
今はキャンプ恒例の肝試し大会の最中で千雅、裂と共にお堂を目指していた。道中、ベンチで休憩していると子犬が現れて……
あの異形の姿を思い出す。
ショックで吐きそうになるのだが、妹子達が見ているので何とか押さえ込んだ。
「すごい汗。何があったの?」
気絶する前に見た怪物の話をしようとした時、千雅と裂がいないことにやっと気が付く、嫌な予感がした。
抱きかかえていたはずの怪物の姿も無く千雅達もいない……ここから導き出される答えは「逃げた怪物を追って行った」と、考えるのが普通であろう。辺りを見回すが不思議そうに見つめてくる妹子達と、闇に支配された森だけだった。
「千雅ちゃん達が一緒にいなかった?」
「見てないけど? はぐれたの?」
答えを聞いた瞬間に駆け出す。一瞬振り返り「ありがとう」と、お礼をしてお堂方面へ向かっていく。
置いてけぼりを食らった妹子達は、闇の中を進んでいく美護の背中を無言で見つめていた。すると彼女を追うようにナニかが茂みの中を進んで行く音が聞こえた。
不意を突かれた妹子は、叫びながらチームメイトである長身の男によじ登るのだった。
「チョット、悪鬼丸さん……」
肩で息をしながらしがみ付く、その豊満な胸が同年代男子の顔面に押し当たっていることも忘れて。
「苦じいデス……降りで……」
懐中電灯の明かりを頼りに山道を走る。二人の名前を呼ぶが勿論、返事はない。遂にはお堂まで来てしまった。
そこには北ノ庄城の班が先にいた。声を掛けると、彼らはそれを美護と認識する前に一目散に下山していった。
北ノ庄城がいなくなったお堂には、美護意外誰もいない。ここにも千雅達はいなかった。大きい声で名前を呼びながら来た道を戻る。
かなりの時間走り回った。しかし、二人は見つからなかった。この場合、普通は教師を呼びに行くのがだが今は一刻を争う、「二人に大変な事が起こっている」そんな感じがして仕方が無かった。
空を見上げると、綺麗な月が煌々と輝き美護を照らしていた。
その輝きから潜在晶を思い出す。握り締め力を込める。意識が抜ける感覚が襲う。その瞬間、遂に美護は吐いてしまった。今回が通産二回目の具現化だった。
先ほどの余韻と、山道を駆け回った疲労感で耐えられなかったようだ。しかし、今はそんな事に構っている暇ではない。モニターとオツォが目の前に現れた。オツォはなぜか寝ている。夜なので仕方あるまい。人形も寝るのかと疑問を抱きつつオツォをたたき起こし、モニターの『Battle Start』のボタンを押す。画面が展開され、ハンドが三枚補充される。
左上のモニターには『Senka.R』『Saki.K』と、二人の名前が表示されていた。体力ゲージは千雅が半分を下回っていて、裂は半分以上残っている状態。
次は右上のモニターでマップを確認する。周辺の地形を俯瞰で表示している。自分達のマークとは別に、画面の端に千雅達と思われるマークを見つけた。方向的に山道の外になる。懐中電灯をその方向に向けるが、先には闇と森が広がるばかりだった。
躊躇している場合ではない、駆け出す。が、阻まれてしまった。
壁にでもぶつかった感覚、しかし目の前には壁など見えない。そっと手を伸ばしてみると何かに触れた。それはやっぱり壁のようなものだった。しかし、目には見えない。パントマイムのように手で確認していくと、その不可視の壁は直径二メートル程で、を取り囲んでいた。
オツォは『美護、何してんだ? 俺は行くぜ』と、言う感じで美護を見つめ、モニターに示された千雅達と思わしきマークの方角へ進んでいった。
「ちょっとオツォ! 勝手に行かないでよ」
どうにかして移動できないかと見えない壁を蹴ったり、体当たりをしてみるが、全くビクともしなかった。
美護の意思兵装は具現化中、移動を完全に制限される。空間を支配する王は決して動く事はないのだ。玉座に鎮座し、手駒を動かし敵を殲滅、凶刃には手駒を盾に使う。支配者とは、絶対的な存在。
こうしている最中も千雅達の体力ゲージは少しずつではあるが減っていた。
中央のモニターにはオツォが映し出されていた。
「そうだ、これで見れるんじゃない」
身軽なオツォは木々を飛び移り移動している。オツォを見失って焦ったが、これならどうにかなりそうな気がした。表示されているマップはオツォの周辺のようだ、美護と思しきマークから離れていく。
この間にハンドを確認『ラピッドニードル』『サンビーチ』『グロウアップパワー』の三枚。これがどう言ったものなのか、分からない。
溜め息をつきモニターに集中するのだった。
二体の敵の移動スピードはすさまじかった。身体能力が向上していなければとっくに置いていかれるのが分かる。途中、裂が木にぶつかっていたが気にしている場合ではない。
必死に着いて行き森を抜けた先、千雅、裂と順番に飛び出す。
目の前には一体のウルフフィエルが待ち伏せをしていた。口が開く、涎が糸引くその口から放たれるのは炎弾。
先に飛び出した千雅に直撃してしまう。文字通り飛び出した二人であった。空中では回避は出来ず、防御の要であるマントでかばう事は出来なかった。かろうじて腕をクロスにして致命傷は防いだのだが、ダメージは免れなかった。
ウルフフィエルは攻撃の手を緩めない。むしろ、チャンスとばかりに攻め立てる。突っ伏している千雅に爪を突き立てる。倒れたまま転がり回避する。しかしズボンが破け、赤い三本ラインが入る。
「あぐっ!」
声は上げない、痛みを押し殺し我慢する。声を上げる事は絶対に許されない。
炎弾の攻撃は結果的に千雅が身を挺する事により、裂には届かなかった。足を抑える千雅を目の当たりにして、あたふたしていると、別方向からもう一体のウルフフィエルが裂を狙う。驚きで体が固まってしまい背中にもろに攻撃を受け、千雅にかぶさるように押し倒される。
「チョット早くどきなさい!」
背中を強打されうまく息が出来ない。頭を上下させ、涙目で起き上がる。背後から迫る。そのウルフフィエルに裂はまだ反応できていない。ハルバードを握る手に力が入る。相手の攻撃を見極めタイミングを計る……
「そこぉ!」
裂の顔を目掛けハルバードを突き立てる。
穂先が迫る、妙にスローモーションに見えた。裂の出来うる最速・最小限の動きで体を動かす。前髪が舞う。完全に回避することは叶わず、二センチほど切り落としてしまった。
その甲斐あって、裂を襲おうとしていたウルフフィエルの顔面にハルバードを叩き込む事が出来た。
「何てことしてるの?」と、言う目を千雅に向けていた。
「助かったんだからいいじゃない」
息つく暇も無くウルフフェイルの炎弾が、放たれる。マントで体を覆い防ぐが、何発も打ち込まれる。足を負傷し未だに立ち上がる事が出来ない。
ようやく裂も調子を取り戻し、炎弾を吐き続けるウルフフィエルに攻撃をする。ハンマーが直撃する前に急停止、するとヘッドから雷が起き、ウルフフィエルは感電する。裂にダメージは殆ど無いようだ。今回は広場の時のように落雷ではなかった。まるで一寸法師の打ち出の小槌から、小判が出てくるかのようだった。
裂の起こせる雷にはパターンがある。叩きつけた時に落雷を発生させる直接的なものと、今のようにハンマーから雷を発生させ、雷を打ちつける間接的なものだ。
前者は自分が感電するリスクがあるのだが、大きなダメージを与える事が出来る。後者は与えるダメージとしては小さいが、自分が感電するリスクが殆ど無い。どうしてこうなるのか本人も理解はしていない。経験上『直接当てたら強い』『直接じゃないと感電しない』程度である。感電したくないので、間接的な方を主に使用する。裂はこれを”怒槌”と、名づけている。
これの攻撃が本当にクラス”ドベ”の能力なのか、千雅には分からなかった。こんな能力を見せ付けられると、どうももっと上位な気がして仕方が無かった。
それもそのはず、本人ですらその事に気が付いていない。副兵装であるハチマキは力を倍増させる。強化されるのは攻撃と魔力だ。スペックが変わることは無いのだが、このおかげで攻撃は152、魔力は100相当になる。
この数値はクラスでも上位集団に食い込んでくる。ただ”相当”と言うだけで、実際になっているわけではない。
肩を借し千雅が立ち上がる。身体能力向上で多少は傷の治りは早いのだが、まだ全快ではない。
二人で敵に迫る。ハルバードは刺突の構えハンマーは殴打の構え。
フィエルは逃げようとしない、牙を向きだし威嚇の体勢。
ハルバードはウルフフィエルの体を穿った! 裂は怒槌を発動! これにて討伐成功となるのだが、ウルフフィエルは学習していた。裂の攻撃の性質を。
前足を犠牲にしハルバードの一撃を凌ぎ、振り下ろされるハンマーに自ら体当たりをした。「やばい」と、思った時にはもう遅く、落雷発生!
この落雷はミートした時の衝撃により威力が変わる。その事をウルフフィエルは知らないのだが、結果的に振り下ろされる力と、ぶつかる力が合わさり高威力になっている。
とっさに千雅を突き飛ばすのだが時既に遅し、千雅、裂はウルフフィエルの捨て身の体当たりにより落雷に巻き込まれてしまう。ウルフフィエルは広場での一撃と、怒槌を見ただけでその攻撃の性質を理解したようだ。
裂はハチマキ兼アースのおかげで致命傷を免れ、ギリギリ立っていた。
意思兵装は解除され、ウインドブレーカー姿に戻った千雅が横に転がっていた。所々焼け焦げてしまっている。全身痺れる感覚がある中、千雅を抱きかかえる。まだ息はあったので一安心だ。ウルフフィエルはと言うと、ズリズリと地面を這い逃げていこうとしている。しぶとくまだ消滅していないようだ。
止めを刺すべく後を追うと、新手の敵に割って入られる。同じようにウルフフィエルだ。
ガントレットでその奇襲を防ぐが持ちこたえる力は残っていなかった。よろめき倒れてしまう。その間に新手のウルフフィエルは弱ったウルフフィエルの下へ寄って行く。すると次の瞬間、新手のウルフフィエルは弱っているウルフフィエルを咀嚼し始めた。
断末魔の叫び、この世のモノではないモノが、この世のモノならざる鳴き声を上げる。この状況に「もう流石に自分達の手で、どうにかなる問題ではなくなった」と判断し、教師達を呼びにいく事にした。
意思兵装を解除する。眼鏡を取り出すがヒビが入ってしまっていた。気にせずかける。
かろうじて千雅は意識がある状態だ。視点は定まっておらず口も半開きで、そこから垂れた涎が裂の体操服に付くのだがお構いなしだ。千雅をおぶり、この場を離れる。
すると山中に響き渡らんばかりの咆哮……どうやら、遅かったようだ。振り返らなくても分かる存在感と殺気。足が震えてきた。
振り返るとそこには一回り以上大きくなったウルフフィエルが、こちらを睨み付けていた。その迫力は雑魚級のものではなく、常並級しかし、彼女達にとっては強者級に匹敵しているようだった。
じりじりと、距離を詰められる。
石に躓いてしまう。「もう駄目だ」千雅を護るように彼女に覆いかぶさる。
――爆音!
聞こえてきたのは木がへし折れる爆音。そして、聞き覚えのある声だった。
「うまい! ナイス!」
顔を上げると、そこには木々を薙ぎ倒し横たわる常並級ウルフフィエルの姿。
土煙が晴れるとそこには体長八十センチ程の熊のぬいぐるみが、腕を組み仁王立ちしていた。
裂は何がなんだか分からなかった。
本来なら今頃、閻魔大王と面談中だったはずが目の前には熊のぬいぐるみが……よもやこれは夢なのかとさえ思えた。なにより敵がこのぬいぐるみの出現で吹っ飛んでいったのだ。そして、どこからとも無く聞こえてくる美護の声が更なる混乱を生んだ。
トコトコと、ぬいぐるみが裂達に近づいてくる。どうやら声は熊のぬいぐるみから聞こえてくるようだ。
「何この熊? ミモちゃんなの?」
「そうだよ。二人とも大丈夫?」
「……裂は平気だけどセンちゃんが」
千雅の口が動く。
「……オツォ」
呼ばれたオツォは、戦友の身を案じるように体を支える。
「ところでこのぬいぐるみは何なの?」
「えっと……それは私の意思兵装なんだ」
美護の意思兵装の一部たる熊のぬいぐるみ”オツォ”を裂は見るのが初めてだった。声が聞こえてくるので美護がこのぬいぐるみになったのかと思っている。
「か、変わった。兵装なんだね」
本来はカードとモニターもあるのだが、それを知るのはまだ先の話。
ウルフフィエルの咆哮が聞こえてくる。ウルフフィエルが目を覚ましたようだ。
「ミモちゃん……今すぐセンちゃん連れてここを離れて」
裂が立ち上がり、意思兵装を具現化させる。
「え?」
「ここは裂が食い止めるから、キャンプ場まで戻って先生達を呼んできて」
ハンマーを持つ手は震えていた。
頭をオツォにど突かれる。裂の前に立ちはだかり、その顔は『馬鹿言ってんな。何の為に俺が来たと思ってんだ』と、言っているようだった。
「そんな体じゃ無理だよ。私も手伝うから……あいつ倒そう」
螺旋達を呼びに行くことは出来るのだが、それはしない。「自分達でどうにかできる」と、言う自信からではない。呼びに行った事で裂達が怪我をしたり、今すぐ帰宅になり、このキャンプ合宿が台無しになる事だけは避けたかったからだ。だったらここで、自分達でどうにかするしかなかった。
木を押し倒しながらウルフフィエルが立ち上がる。折れた牙を吐き出すと、瞬時に新たな牙が生えてきた。
千雅を庇うように立つ裂とオツォ。先陣を切ったのはオツォだ。戦友をこんな風にされ頭にきている。
一瞬で懐に入り込み顎に拳を叩き込む。その攻撃はぬいぐるみが繰り出したとは思えない。
一撃を貰い、仰け反りながらもウルフフィエルは前足で反撃する。迫る爪をうまく体を回転させていなした。そのまま腕にしがみつき駆け上る。頭の上までは上がり全身全霊の一撃を見舞う。
あっと言う間の出来事だった。ほんの数秒の間で常並級にかなりのダメージを与えた。だが、仕留めきれてはいない。
オツォはウルフフィエルの尻尾に捕まってしまい、そのまま森の中へ投げ込まれてしまった。
「オツォ!」
モニター越しに美護が叫ぶ。メインモニターにはオツォの体力も表示されている。裂達のようなゲージでの表示ではなく、五つの星で表示されている。この星が体力を現している。全体の体力を五つに割り、一個の星としている。今は星四つ、五分の一減っている事になる。
画面の中のオツォは立ち上がり、再びウルフフィエルの前に立ちはだかっていた。そして、再び攻防が始まる。
移動する事が出来ない美護は、ヤキモキしていた。自分に何か出来ないか考える。千雅と裂の体力を確認すると、千雅は残り少なく赤表示。裂は半分を切っている。
右下のモニターに目が行く、そこにはハンドが表示されていた。
針を飛ばしているサボテンが描かれた『ラピッドニードル』
砂浜の描かれた『サンビーチ』
オツォを中心に炎が上がっている絵が描かれた『グロウアップパワー』
一緒にカードの説明も書いてあり、それをよく読み使用する物を決める。
オツォとウルフフィエルの戦いは激しく、裂が入っていけない。隙を見つけては怒槌を繰り出すのだが、容易に回避されてしまう。攻撃の要はオツォであった。だが、そのオツォも乱打を続けているのだが、最初の一撃のようなダメージに至っていない。変わりにダメージを受ける回数が多い。
攻撃がはじき返されてしまうが、うまく受身を取ってダメージを軽減。わずかだがオツォも焦っているようだった。
『オーケー! グロウアップパゥワー』
突然オツォから、美護以外の声が聞こえる。男性の電子音だ。するとオツォは、炎の闘気を纏うのだった。
発動したグロウアップパワーは、オツォの戦闘能力をワンランク上げるカードだ。
闘気を纏ったオツォが駆ける。先ほどまでの焦っている感じはない。先ほどよりもスピードが上がっている。ウルフフィエルにそのオツォを捉えることはできない。右前足を折り、側頭部を砕いた。
流れるような攻撃に、裂は目を奪われていた。
ウルフフィエルは自身の周りを跳ぶ目障りなオツォを仕留めようと暴れまわるのだが、全てかわされてしまう。
一方的な攻撃はしばらく続いた。止めとばかりに飛び蹴りの体勢に入った瞬間、纏っていた闘気が消えてしまった。今までの勢いが失われポフっと、ウルフフィエルの顔に乗っかる。それこそベットの上にでも投げられた、ぬいぐるみのように。
「チョット、オツォ大丈夫?」
戦闘能力は確かに上がっていた。それは常並級を追い詰めていたので分かるだろう。しかし、無尽蔵に強化される訳では無い。時間は限られている。そのことは説明には書いていなかった。
木に突進していくウルフフィエル。オツォをぺしゃんこにするつもりだ。ここから逃げ切る力が今は無い。グロウアップパワーの反動は相当のようだ。
木への衝突まであと少し!
『チェンジ! サンビーチ』
電子音が地形の変化を告げる。辺りの森が一瞬のうちに砂浜へと切り替わった。突然森が無くなり急停止をかける。オツォは投げ出され、夜の海へダイブしてしまった。
月が照らす海原は穏やかで、海面に星々を映し出していた。その幻想的な光景を目の当たりにしたウルフフィエルは困惑した。
勿論これは、美護の意思兵装の仕業。
突然の事で裂はキョロキョロと辺りを見回した。以前塾の演習場でも同じような事があった気がした。
遠くの方に立っている美護を発見。地形が砂浜になったことで辺りが開かれ、見つける事が出来た。
「ミモちゃん!」
裂の名前を返してくれたのだが、こちらへ向かってくる様子が無い。美護の元まで千雅を抱えて向かう。砂浜とダメージから、思うように進む事が出来ない。ウルフフィエルが二人の行動に気付いた。逃げる事など許してくれるわけも無く、二人を丸呑みにしようと牙が迫る。
『オーケー! ラピッニードー』
裂の頭上に無数の針が現れ、ウルフフィエルを襲う。後ろを振り返ると、顔を中心に針が刺さり、悶えるウルフフィエルの姿があった。
チャンスとばかりに砂浜を走る。
「何でそこから動かないの?」
千雅を横にしながら問う。
「ごめん。私ここから動けないんだ」
怪我一つしていない美護が二人の元へ向かうのが普通なのだが、自らの意思兵装に阻まれ向かう事が出来ないのだ。
「まぁいいけど。これが兵装?」
ジロジロと美護の意思兵装を見回す。モニター、カード、オツォと裂が知る中でこんなに変わった意思兵装見たことも聞いた事も無かった。
「ぬいぐるみに変身してる訳じゃないのか……この砂浜はミモちゃんの仕業だよね?」
「そうだよ」
「すごい! もしかしてあのぬいぐるみが急にパワーアップしたのも?」
「うん……」
怪我でボロボロなのも構わず跳んで喜ぶ。
「クラスはなんなの?」
「先生が言うには支配者って言うらしい」
自分で言って少し顔を赤らめる。裂が喜んでいるのを見ているとなぜか、こちらが恥ずかしくなってくる。
急に裂は神妙な面持ちになる。
「なるほど、ぬいぐるみを使役して、空間を操る事が出来る……まさに支配者って感じね。ま、裂程じゃないけどいい兵装ね!」
美護と合流する事により、裂の緊張感と恐怖心が取れたようだ。本人も安心感で満たされていた。
モニター内のオツォは泳ぎながらこちらに戻ってこようとしていた。
ハンド補充のカウントダウンがちょうど終わる。『アイスウォール』と『女神の旋風』と『ファイヤーボール』のカードが補充される。一枚は見たことのあるカードだった。残りは始めてみる。すかさず、カードの説明を読み込む。
羽を生やした女神が数人描かれている『女神の旋風』は、仲間の傷を治してくれる効果を持つカード。
指を鳴らしカードを使用する。
『オーケー! 女神の旋風』
闇夜より三人の女神が現れた。千雅、裂、オツォの元へそれぞれ分かれ対象者に向かい羽を羽ばたかせる。その風は心地よいもので山頂の清々しい空気を浴びているかのようだった。見る見るうちに傷はふさがりキャンプ場をスタートした時の体に戻った。去り際、女神達がウインクと投げキッスをしてくれた。
オツォが浜辺に到着、水を吸収した体を自ら絞りながら戻ってきた。ようやく全員揃う事が出来た。千雅も自分の力で立つ事が出来るようになった。
美護は全員の体力を確認する。
千雅:赤ゲージ。後一発でも食らうとアウト。
裂:黄色ゲージ。三分の一位だがまだ安心。
オツォ:星一個。
「あれ? 体力は回復してない……」
『女神に旋風』は”傷を治す”カードだ。傷が治ったからと言って体力が回復するなんて、都合の良いものではない。普通こう言った場合は、体力も回復するのが常だと思っていたのだがそれはゲームや漫画の中だけのようだ。
「まぁ、いいんじゃなくって。これ以上ダメージを受けなければいいんですわよね?」
千雅が意思兵装を具現化させる。
「簡単な事ですわ」
純白のマントがはためき、ヘッドマウントが装着される。
「そんな簡単に言って……」
首をコクコクと動かし、千雅の意見にオツォも賛同したようだ。
「そうだね。裂達なら余裕でしょ!」
雷を発生させながら裂も具現化する。
未だ悶えているウルフフィエルに、二人と一体が向かっていく。やはり早いのはオツォ。一瞬遅れて千雅。その後に裂が続く。
真っ先にウルフフィエルの懐にもぐりこんだオツォは横っ腹に体当たり! しかし、その一撃で我に返ってしまった。
尻尾でオツォを攻撃するのだが、千雅に防がれてしまう。
「オツォ、危ないですわ!」
尻尾をはじき返すと同時に斬撃を見舞う。
そして、千雅の肩を踏み台にオツォが跳ぶ。尻尾にしがみつき、体から引き抜く。絶叫するウルフフィエル。ハルバードの一撃とオツォの力により、尻尾を切断。その勢いのまま尻尾を海へ投げ込み、水しぶきを上げる。
千雅とオツォの相性は良いようだ。
体を回転させオツォと千雅を引き剥がす。体中の骨は砕かれ、尻尾は引き千切れ、五つある眼の殆どがラピッドニードルのにより潰されている。死期が近い事を悟ったのか、そこからのウルフフィエルの攻撃は凄まじいものだった。
所構わず炎弾を吐きながら暴れ回るその姿は、最後の抵抗と言った感じがした。だがこれがなかなか効果的で、一撃でも貰ったらアウトの千雅とオツォは、攻撃を避けるので精一杯だった。
炎弾を避けてもその後に、爪と牙の波状攻撃が待っていた。
そんな千雅達とは違い裂は今までの中で、一番神経が研ぎ澄まされていた。仲間がいる安堵感からか、死線を潜り抜けてきたからなのか、ここに来て少し覚醒したようだ。
炎弾の雨を掻い潜り進む。眼前には爪、避けるでもなくそれを左腕で受け止めた。そのまま左腕だけでウルフフィエルの巨体を持ち上げて投げ飛ばす。
巨体が砂の上を滑る。驚いた表情で全員が裂を見つめていた。「こんな事が出来る子だったのか?」その力にまた驚かされる。
最後の力を振り絞りウルフフィエルが立ち上がる。標的は千雅でも裂でもオツォでもない美護だった。裂が投げ飛ばした方向に美護がいた。
一人だけ動かずいるのだ、狙われても文句は言えまい。
歩く速度より遅い速度で美護に迫る。残り数歩で美護は攻撃圏内だ。千雅達は間に合いそうに無い。砂浜に足を取られ、なかなか進めない。
「美護!」
『グッド! アイスウォール』
電子音が鳴り響き、ウルフフィエルの足元から冷気を撒き散らし氷壁が発生、そのまま冷凍保存してしまった。
氷壁が描かれたカード『アイスウォール』は、配置した場所を対象者が通った場合に始めて発動するカード。
自分が狙われる事を想定し千雅達が駆け出した後、抜け目無く使用していた。
「これでようやく終わりですわね」
千雅の目には体が真っ赤になったウルフフィエルの姿が映っていた。 幼い頃、何も出来なかった相手をこの手で倒す事が出来る。仇打ちと、言うわけではないが一つ区切りにしたかった。始まりの敵を倒し成長を確かめたかった。今まで自分のしてきた努力が間違えでなかったことを確認したかった。
これでようやく勇者になれたのだと思う。勇者塾に入ったから? 意思兵装が具現化できるから? そんなものは勇者になる事に関係が無かったのかもしれない。『どんな強大な悪にも臆することなく立ち向かう”勇ましき者”』とは、よく言ったものだと感心する。殆ど気絶していたのが残念なところだが、初陣にしては概ね良い結果が出せた気がした。それもこれも美護と裂のおかげだ。二人にはちゃんとお礼をしようと、思った。
一飛びで敵の頭上に千雅が飛び乗る、オツォも一緒だ。そんな彼の姿は、星一個でギリギリのはず、そうなると千雅の目には赤く見えるはずなのだが、オツォには色が付いていなかった。チラッと、美護を見るとその体は真っ赤であった。
「せぇので、止め刺しますわよ」
ぬいぐるみなのに拳の骨を鳴らしたり、首を回す仕草で了解の返事。ハルバードを振り上げる。
「せぇ……の!」
「裂も混ぜてよっ!」
ようやく裂が到着した。しかし、もう攻撃の体勢に入っているので止めるわけにはいかない。
「あぐっ!」
裂が変な声を上げてずっこけるのが見えた。
オツォの拳が叩き込まれハルバードも突き立てると、氷壁が砕けた。すると、クルクルと、弧を描きながら裂のハンマーがすっぽ抜け、飛んで来るのが千雅の目に飛び込んでくる。「あんな重たいものを食らったらひとたまりも無いわ」と、しゃがんでやり過ごす。
しゃがんだ瞬間、体に衝撃が走った!
『アイスウォール』の発動は一か八かだったがうまくいったようだ。気が抜け、その場にへたり込む美護。
「よかったぁ……」
千雅とオツォが最後の一撃を繰り出そうとしていた。
ウルフフィエルの影に隠れて見えないが、裂が転んだようだ。砂が巻き上がっている先ほどまでの研ぎ澄まされた動きは、一体どこへ行ったのか疑問だった。だがこっちの方が愛嬌があって、美護は好きだった。
ウルフフィエルを倒しきる前に千雅がしゃがみこんでいる。すると青白く帯電した裂の意思兵装が飛び出してきた。
そのハンマーが千雅の真上に来た瞬間、輝きが増す。瞬間、太い雷が四方に飛び散り、轟音発生させる。轟雷召喚、千雅のハルバード目掛けて爆雷が起こった。これは、裂も知らない第三の攻撃方法であった。
ウルフフィエルが消滅すると同時に千雅の体力は0になり、名前が黒くなっていた。意思兵装は解除され砂浜に頭から落っこちていった。その光景に戦慄していると、いつもの電子音が聞こえてきた。
『Lose a Battle……』
オツォは姿を消していて星も全て消えていた。それを見届けると、モニターとカードが霧散、辺りの景色は棲梶山に戻る最中だった。完全に戻りきる前に美護は気を失ってしまった。
立っていたのは裂だけだった。青ざめた顔で美護と千雅を見つめていた。
出てくるのは乾いた笑いだけだった。