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第一章 『何を言っているんですか?』

 ここは海上都市『阿菅(あすが)』人口増加に伴い進められた海上都市計画の三番目に作られた人工の都市。商業施設や、有名企業などが入った高層ビルなどがところ狭しと並んでいる。そんな中に一際異彩を放っている建物がある。

 それは西洋風の建物、円錐状の屋根が特徴的だ。壁はツタで覆われ、高い塀に囲まれている。まるで御伽話に登場する屋敷のようだ。周りに立ち並ぶビルの無機質感とは対照的に、このお屋敷は不気味な雰囲気を醸し出していて、それはまるで一つの生き物のようであった。

 勿論この屋敷にも持ち主がいて、人間が住んでいる。しかもただの人間ではない、見た目通り御伽話にでてくる”魔女”が住んでいるのであった……入り口の巨大な扉が開く。

 そこから姿を見せたのは、セーラー服に身を包んだ少女であった。少女の名前は佐藤美護(みもり)、当然このお屋敷の住人だ。

 肩まで伸ばした黒髪、スカートは短くするわけでも長くするわけでもない膝丈。学校指定のバックを肩に掛けている。容姿はクリッとした目、鼻はさほど高くない。ハムスターやウサギのような小動物系だ。実年例より少し幼く見られるのがコンプレックス。特徴的なところを上げろ! と、言われると……それは見当たらない。決して不細工ではない、断言できる。だが美人か? と、言われると失言なのだが何とも言い難い。中途半端というわけでもなく、整っている所は整っている。『すべての日本女性を足して、平均値を出しました』と、言ったところであろう。

「行ってきます」

 彼女が向かうのは中学校。学年は三年生になったばかり。

 徒歩とバスで登校している。バス内で友人と談笑していると、すぐに学校に到着。上履きに履きかえ廊下を進むと生徒達が壁を見ながらはしゃいでいる。そこには最近行われた中間テストの結果が張り出されていた。

 美護の通っている都市立三門(みかど)第一中学校第三学年は、全部で二〇七名。美護も友人と共に結果を見る。大の友人である中戸川希木(きこ)は優秀な生徒だ。素行も悪くないし、裏表のない竹を割ったような性格をしている。容姿はそこそこ良く。たびたび男子生徒から告白されたりしている。そんな彼女は学年四位。そして、美護は遙か下の一〇四位。”一〇四”と、聞こえは悪いが全体で見ると、そんなに悪い数字ではない。希木は美護の順位に対し「もっと上を狙えたのに」と、悔しそうにしている。美護は自らの順位に不満があるわけでもなく「ウン」とだけ小さくうなずくだけであった。

 続いて今日は朝礼がある、全校生徒がグラウンドに綺麗に整列していた。校長や生活指導の教師が何事かを話している。しかし殆どの生徒は、昨日見たバラエティ番組の話をしたり。じゃれあったり。あくびをしている者が大半で、誰一人としてその話を聞いていなかった。かつては、自分も教師の話なんか聞いていなかった為、そんな態度の生徒達を怒るわけでもなく、与えられた連絡事項を呪文でも唱えるかのように暗唱していく。途中のハウリングはお決まりである。もちろん美護も前後のクラスメイトと談笑をしている。彼女は背の順で七番目。美護のクラス三年一組は三二名、うち女子は一三名である。

 午前中最後の授業は体育だ。サッカー部や野球部、バスケ部などに所属している生徒(主に男子)にとっては自らを輝かせる”絶好のチャンス”と、ばかりにボルテージを上げている。

 その上がっていくボルテージに反比例して帰宅部や文系の生徒は冷めていく。『別にアスリートになりたい訳じゃねぇし』などと、文句を垂れてばかりだ。本日のメニューはマラソンだ。

 体育教師の合図と共に生徒達が走り始める。自分の体力も考えず暫定でも一位でありたいと願う生徒が全力疾走で飛び出す中、ほとんどの生徒が団子状態でただ走るだけという何の捻りもない苦痛だけの五〇分が始まった。しばらくすると生徒もばらけ始め、部活の延長と考える者は堅実に走り、スタートダッシュを行った者は後方で ダラダラと走っていて、その後ろでは最初っかららやる気のない者が、ほとんど歩いているぐらいのスピードで走っている。四時間目終了の予鈴がなりゴールした生徒は「腹減った」「疲れた」などと口にしながら、教室に帰っていく。未だにゴールできていない連中には興味はないようだ。体育は一、二、三組合同で行われていて九五名中は四七位タイであった。

 このように”佐藤美護”という人間は容姿も中の中、学力も中の中、体力も中の中の平均点人間なのである。これはすべて偶然と言うわけではない。大半の人ができる事はこなし、できない事は例えできても”やらない”。美護の座右の銘は『出る杭は打たれる』なのだ。

 出る杭にならないよう彼女は平均点でいようとする。好きな言葉は『普通』。普通の容姿。普通の学力。普通の体力。普通の人間関係。普通の恋。それが普通に幸せなのだ。それで彼女は満たされている。何故そこまで平均点や普通、一般にこだわるのかと言うと、全ては家族のせいなのかもしれない・・・・・・

 美護は帰宅部だ。三門中は部活に属する校則がない。美護自体、体を動かす事が好きなのだがや、彼女の周りはみんな帰宅部だったので部活には属していない。学校帰りに仲良し四人で道草をして帰り、家に着いたのは十七時前。

「ただいまぁ」

 ギィと、古めかしいドアを押し開ける。美護はこの時が一日で一番憂鬱なのだ。自分の家に帰ってくるのが憂鬱と言うのは、何か後ろめたい事がある場合が多いのだが、彼女はそうではない。

「ミモちゃぁん、おかえりなさぁい」

 家の奥から甘ったるいのによく通る声が聴こえてくる。声の主は美護の母、花子のもの。

「今日の夕飯はぁカレーですよお」

 お玉を持った花子が入り口まで迎えに来た。エプロンではなく割烹着で料理をしているのだが、耳には大量のイヤリング。腕輪もジャラジャラと付け、フェイスペインティング。さながらどこかの部族の、呪術師を髣髴とさせる出で立ち。好きな番組は『超常現象特番』。

 そんな彼女を一瞥し「わかった」と、一言告げて大広間の階段を上り自室へ引きこもってしまう。バタンと、部屋のドアが閉まると同じタイミングで玄関のドアが開き、入ってきたのは父、太郎と弟、六駆(ろっく)であった。

 太郎の職業は考古学者。有名大学の教授で、古今東西あらゆる遺跡の発掘調査を行っている。大学では”阿菅のインディージョーンズ”などと、呼ばれている。仕事内容もそうなのだが、姿もまさにインディージョーンズの様で、フェドーラ帽を被り腰には鞭を装備しているし、もちろん蛇が苦手(実際は嫌いではないのだがそうゆう設定にしている)。調査に出かけては現地の怪しい民芸品やいわくつきのグッズを持ち帰ってくる。好きな番組は『超常現象特番』。

 六駆は小学校六年生。ランドセルには流行の妖怪のキャラクターキーホルダーが付いているわけではなく、両親の影響をモロに受けているせいで、ランドセルには太郎の買ってきたどう見ても呪いの人形のようなお守り人形をぶら下げている。将来の夢は未確認生物研究家、好きな番組は『超常現象特番』。

 このように佐藤家は一般的な家族と比べると、かなりずれている。住まいである建物と、異常な家庭環境から近所界隈では『魔女一家』と呼ばれている。そんな環境だったのだが、だけは家族の異常性に気づき、近所で魔女一家と呼ばれている事も知っている。それに耐え切れず自分だけは「普通に一般的に常識的に生きる」と、言う事を決めた。

 その為、部屋に引きこもってしまうのも反抗期真っ只中だから! と言うわけではなく「そんな家族を見ているのが辛いから」なのだ。美護自体家族の事は大好きで、父と一緒に風呂に入る事を六駆と喧嘩したりもする。そんな大好きな家族が自分の忌み嫌う異常性を持っている事が耐えられないのだ。

 部屋のドアを閉めるとすぐにベッドにダイブ! ボフッと、熊のぬいぐるみ(名前はオツォ)に抱きつく。大好きな家族に対する怒りにも似た感情が、心を支配する。そんな時はオツォを抱きながら一、枚の写真を見るに限る。

 枕元に置いてあるフォトフレームを手に取る。家族や友達の写真ではない。二年生の時の林間学校の時の写真で、そこには美護は写っていない。写っているのは男子、バーベキューの時の一枚で、手前の二人の男子が串を片手にじゃれあっている。美護はこの二人の名前を知らない。なのに何故この写真を大事そうにフォトフレームにまで入れて飾っているのかと言うと、その二人の背後に飯盒を真剣なまなざしで見つめる男子が写っているからである。

 彼の事はよく、知っている。名前は祖師ヶ谷大蔵(だいぞう)、三年三組、出席番号七番。身長一六七センチ。体重五八キロ。好きな教科は数学。嫌いな教科は体育。学校までは自転車で三〇分かけて通学している。家族とは三人暮らしで、彼は食事を担当。得意料理は石狩鍋で、最近は沖縄料理に挑戦している。

 趣味はテレビゲーム、友人達とハンティングゲームをよくしていて、以前学校でやっている事がばれ大変な事になっていた。容姿は学年屈指のイケメン! 目が悪く眼鏡必須、成績もよく、とは毎回順位争いをしている。しかし、運動が超苦手! そのギャップがまたたまらない! スポーツテストの際、ボールの投げ方が”女の子投げ”だった事が発覚して失望する女子もいたが、その姿が美護にとってはチャーミングに見えた。タイプの女性は活発な子、今は彼女はいない。先日、学校で…………――――と、このように”|若干《異常”ではあるが、大蔵の事に詳しい。それは美護が彼に対して恋心を抱いているからである。彼の姿を見ていると心が落ち着き、モヤモヤした気持ちが緩和され勇気をくれる。

「ミモちゃぁん、カレーできたわよお。早く降りてらっしゃいな」

 そんな事をしているうちに夕飯時間になったようだ。花子の声はよく通る!

『いただきます!』

 今日は家族に伝えなくてはいけない事があった。珍しく一番に食べ終わり、水を一気飲み真剣な声色で話し始める。

「食事中に悪いんだけど。話があるんだ」

 三人は食べる手を止めず話を聞く。

「見てもらいたい物があるの。取ってくるね」

 小走りで自室に戻り一枚のチラシを差し出した。


麻林(あさばやし)塾・三門校 新規生徒募集中! 英国数理社まとめて教えます。成績アップ間違いなし! 憧れだった高校に! 大好きなあの人と同じ高校に! ”絶対”入れます!! 今なら月謝一万円! 応募はお早めにネ(注:入校には試験があります)! ご連絡は電話かメールでお願いします。○○○○‐××‐△△△△ ××××××@asabayashi.com』


 それは麻林塾という学習塾のチラシであった。

「あらぁどうしたの? 急にこんなチラシなんて持ち出してぇ」

「花ちゃん? ミモちゃんは塾に行かなきゃいけないくらいに成績が悪いのかい?」

 ガタッ! と、勢いよく立ち上がり舞台役者の如くオーバーに振舞う太郎。

「ねぇさんが塾だって! こりゃ、明日は空から海産物降ってくるぞ」

 美護に頭をはたかれる六駆。

「ロクはうるさい! 『授業についていけないから』って訳じゃないの……ほら私、今年高校受験でしょ?」


 高校受験!


 それは大半の少年少女の前に、始めて立ちふさがる壁! 進学する高校によってはその先の人生までをも運命付ける”人生最初の難関”である! 少年少女を栄光と挫折に導く魔王の手先なのだ! もちろんは普通少女、自らの進む高校は家か近くで友人達と揃っていく『都市立三門高校』と、中学入学の頃より決めていた。しかし、それから二年で状況が変わっていた……想い人”祖師ヶ谷大蔵”の存在である! 彼は学年でもトップクラスの秀才。そんな彼は学区内でも秀才が揃う『(セント)・ラーム学園に進学する』と、言う情報をキャッチしていた。小中高と一貫校なのだが、高等部からここに通う人間は少なくない。

 大蔵と同じ高校通い、普通に恋人同士になり、普通な青春を謳歌すると目論んでいたのだが、今の美護にとってはあまりにも深い溝が大蔵との間に横たわっていた。そんな事を友人であり、大蔵と同レベルで秀才の希木に相談した所、彼女が家庭教師をしてくれる事になったのだが、それも一日で辞めてしまった。美護が勉強嫌いだからというわけではない。希木のあまりに逸脱した勉強法と、解説がオノマトペ過ぎて人語ではなかった。美護にはまずその”希木語”を理解する事から始めなくてはならなくなり、ただただ効率が悪かった。そんな時、今日学校の帰りに友人達と別れ、このチラシを拾った。今までの彼女なら気にも留めないのものだったが『大好きなあの人と同じ高校に!』この一文で心を動かされ今に至る。

「私、三高志望だったけど聖・ラームに行きたいの! 今の学力じゃどうしてもだめで……でもどうしてもいきたいの! その為には塾にでも行かないと間に合わない……」

「そうは言ってもだな。応募締め切ったりしてるんじゃないのか?」

「そこに関しては大丈夫。電話して確認取ってる」

「む……でもなんでそんなレベルの高い学校に行きたいんだ? この界隈でトップレベッ……」

 太郎は話の途中で花子に肩を叩かれ話をさえぎられる。

「タロちゃん……いいじゃないのぉ、あまり自分の意見を言わないミモちゃんが、こぉんなにも頼んでいるんだから」

 美護は平均値でいようとする為に、話を周りに合わせ自分の意見は述べない。食べたい晩御飯や遊びに行くところなど、意見を求められても皆と同じものだったり、当たり障りのない意見しか言わない。

「ミモちゃんが『やりたい』って、言っているんだから、応援してあげましょう」

「……花ちゃんがそう言うのなら……」

「お父さん、お母さんありがとう……」

 美護は薄っすらと涙目になっていた。

「海産物が降ってきませんように」

 感謝の気持ちで一杯だったのだが、神棚に向かい祈りを捧げる六駆のせいで台無しであった。

「ロク~……」

「やだな。ねぇさん、冗談だって……」


 数日後、美護は希木と一緒に”麻林塾・三門校”の前にいた。今日は塾に入る為の試験の日。一人で行く事を不安がった彼女は希木を道連れにした。

「ごめんね。なんか付き合わせちゃって」

「いいのよ! あんたの事心配だからね! そんな事より大丈夫なの? 試験あるって言ってたけど……」

「大丈夫。そこまで悪い点数取らなければ蹴られる事ないみたい」

「まぁ、あんたが本気出せば上狙えるもんね」

 とは小学校からの付き合いで、お互い隠し事をしない親友である。美護が落ちこぼれる事や、秀でる事を嫌い自ら平均的な存在でいようとする悪癖を持っている事も知っている。この事を知っているのは希木くらいなものだ。

 試験を受ける手続きを終え、教室へ向かう。美護は二階、希木は四階だ。麻林塾は住宅街の真ん中にあり地下一階・地上四階の計五階建て。

「じゃあ終わったら、マクゴ集合ね」

「はぁい」

 親友と別にされ、少し不安はあるが希木に悟られぬよう振る舞い、指定の教室に向かう。三階の廊下を進んでいくと、一人の少女が受付でもらったパンフレットを見ながらオロオロしていた。

「あの、すいません」

「ヒャッ」

 横を通り過ぎようとしたら声を掛けられた。不意を突かれ、間抜けな声が出てしまったが何食わぬ顔で振り返る。

「なんですか?」

 自分と同い年くらいの少女は、眉をハの字にしてかなり困ったという表情をしていた。制服は美護の物とは違いブレザータイプ。校章から察するに阿菅では一、二を争うお嬢様学校の制服であった。そして、ゆるくウェーブのかかったブロンズヘアが眩しい。まさに絵に描いた”お嬢様”と言った感じで、美護は好感が持てた。

「この教室ってどこになるんでしょうか?」

 見せられた受験票には『203』と、示してあった。

「あぁ、これは下の階ですよ」

 ニッコリ笑顔で返す。ありがとうと、深々と頭を下げ少女は階段を下りていった。

「やっぱりお嬢様だからかな?」

 の教室は304。入ると既に満席状態で、盛況っぷりが伺えた。教室は学校と似た造りなのだが、違う学校の制服の人達が同じ教室にいる異様な光景が広がっていて、少しテンションが上がっていた。空いていた席に着き、テスト開始まで予習をする。しばらくすると鐘が鳴り同時に問題用紙を抱えた講師が入ってくる。

「では、今からテストを開始したいと思います。英国数理社全ての問題用紙を配ります。英語、国語、数学、理科、社会の順番で解いていってください」

 話の途中で一人の学生が手を上げる。

「なんです? 質問ですか?」

「はい、一教科毎に休憩は挟まないんですか?」

「挟みません。開始の鐘から二時間、その間だったら好きに使ってもらって大丈夫ですよ。一科目の問題量はそこまで多くはありませんが、ペース配分が重要です」

「ありがとうございます」

「他に質問ある人はいますか?」

「あの、もうひとついいですか……」


 二時間後テストも終わり、希木と駅前のファーストフード店『マクゴナガル』通称『マクゴ』でだべっていた。時間は十九時を回っている。今日は夕飯を希木と食べてくるという事を花子には伝えてあるので、心配は要らない。ちなみに希木は新発売のハバネロフィッシュバーガー・ナゲットLセット。美護はハンバーガー・ポテトMセット。

「希木はテストどうだった?」

「ン~全教科流れでやるってのは変な感じだったけど、問題なしかな? ちょっとレベル高い感じだったけど美護は?」

「自身があるって言うと、嘘になるけど多分上手くできてると思う」

 普段の美護は、問題の特性や周りの人間の筆記音などを事細かに分析し、スラスラ解けている部分はそつなくこなし、手が止まり悩んでいるような部分は避けていく。後はクラスメイト一人一人の性格や得手、不得手を考慮し回答していくのが彼女のテストスタイル。しかし、ここにいるのはまったくの赤の他人。癖や得意分野など当然わからないので、数年ぶりに自身の力だけで問題を解いく。はずだったのだが、体がそうはさせてくれなかった。周りの筆記音が耳に入ってきては美護のペンの動きを止め、消しゴムに手を伸ばさせる。結局彼女は、赤の他人の中においても周りに合わせて回答をしていた。ちなみに今回のテストはマークシート方式。

「流石に今回はあんたの悪い癖は出せないからね♪」

「……そうね」

 希木は美護の奇行をよく思っていない。実力はあるのに当たり障りない行動を取り、出る杭にならないように生きているのが、理解できないのだ。希木の座右の銘は『全力投球』。

「あたしはいいけど、あんたは受かってもらいたいよ。勉強嫌いの美護が”ヨコシマ”な理由とはいえ、塾に行きたいなんて言うんだから!」

「ヨ、ヨコシマって何よ!」

「だってそうじゃない? 祖師ヶ谷が聖・ラーム行くから勉強してるんでしょ?」

「違うわよ! 希木が行くからでしょ! へ、変な勘違いしないでよ。それに、受験生なんだから普通に塾ぐらい通うよ」

「ホントかねぇ」

「もうなによっ!」

 美護の顔は真っ赤になっていた。それを見て希木はニヤケ顔。


 それからまたまた数日後、美護の家に一通の手紙が届いた。

「ミモちゃん、塾から手紙よお」

 花子のよく通る声が階段広場に響き渡る。自室を飛び出し、ドダダーッと台所へ入って行き、その勢いのまま花子から封筒を奪い取る。

『佐藤美護様 この度は麻林塾・三門校受験ありがとうございました。採点の結果、合格したので通知いたします。加えて急ではあるのですが、六月一日(日)オリエンテーションを兼ねた授業がありますので、今月分の月謝・筆記用具を持参の上、本校へお越しください。(動きやすい服装が好ましい)時間は十三時からになります。当日会える事を心より楽しみにしています。今後ともよろしくお願いします。』

 先日の塾の試験結果の封筒であった。

「あらぁ、合格だったの?! よかったわねぇタロちゃんも喜ぶわぁ。あっそうだ! 今日はお赤飯にしましょ♪ 買いに行かなくちゃっ♪」

 花子は割烹着を脱ぎ、買い物バッグを片手に鼻歌交じりで家を出て行った。

 当の美護はというと希木に連絡を入れていた。もちろん合格報告だ! すぐに返信があった。

『美護おめでと! これで聖・ラームも合格間違いなしかな? あたしは落ちたけど今の実力なら問題ないかな?』

 意外や意外、学年トップクラスの秀才が不合格になっていた。

「エ~~」

 その発表に度肝を抜かれ、秀才が落ち普通な自分が受かっているこの自体が、自分の嫌う異常な状態になっていて、嬉しいのやら悲しいのやら複雑な心境であった。しかし希木は、塾に行く必要のないレベルで頭のいいだ。ここに入れないから受験に失敗したという事ではない。親友との塾ライフを送れない事に残念な気持ちは残るが、自分はまずスタート地点に立つ事ができたような気がした。


 六月一日、余裕をもって塾に到着。受付を済ませ、指定された教室へ向かう。美護は401号室麻林塾は界隈でも大型の塾。各階に中学生と高校生が勉強をしていて、教室番号がが1~2が中学生、3~4が高校生。そして、四階が三学年生、三階が二学年生、二階が一学年生となっている。一階は受付&フリースペース、地下は講師陣のスペースになっている。

 教室に入るとテストの時のように自分の学校では見ない顔の人達で溢れていた。中には同じ中学の子もちらほら、「こんにちは」と、当たり障りのない挨拶をして席に着く。まだ半分ほど席が空いている。全部埋まると二十人位のクラスになる。時間ギリギリに滑り込む人もいたが、どうにか時間通りに全員集まったようだ。勢いよく扉が開き、講師が入って来る。身長の高い黒髪長髪の女性。肌の色が白くて雪のよう。

「時間通りに集まりましたね。よしよし、じゃあ書類等を配ります。後ろに回してください」

 一番前だった美護は講師からプリントの束と、水晶のような透明の宝石が付いたネックレスまで受け取った。疑問には思ったが「入学祝かな?」と決めつけ、後ろに回していく。

 美しいネックレスで見つめていると吸い込まれてしまいそうな気分に陥る。ボーッと、眺めていると周りがざわつき始めた。何事かと周りを見ると、先ほど受け取った宝石が赤や青、黄色といった具合に光り教室を照らしていた。

「あなたの潜在晶(ハニエル)は何色?」

 美護の隣の健康的な褐色の女生徒に聞かれ『ハニエル?』と、疑問には思ったが”何色”というワードで今貰った宝石だと察し、慌てて宝石に目をやると美護の物は特に何も変化がない無色透明のままだった。

「私は透明かな?」

 ニッコリと答えを返すと、その生徒は不思議そうな顔をして見つめてくる。

「透明なんてあるわけないでしょ? 先生、この子の透明です。壊れてるんじゃないでしょうか?」

「透明? ……見せてください」

「は、はい」

 開始早々美護は教室中の注目の的となった。普段こんなに注目される事のない彼女の頬を、汗が流れる。

「本当ですね……あなた、ジョブとクラスは?」

「じょぶ? くらす? じょぶっていうのは良く分かりませんがこのクラスは401じゃないんですか?」

「いやいや、そのクラスではなく役職の方です」

「役職? …………えっと」

 質問をよく噛み砕き答えを出す。

「中学三年生?」


『えっ?(一同)』


 一瞬の静寂から教室内に笑いが起きる。

「あなた、面白い! 中学三年生って知ってるわ!」

 バンバンと、隣の席の女子に肩を叩かれる。美護には何がんだかわからなかった。自分は間違った事を言っていないのに何故こんなに笑われているのか全く自覚がない。言いようのない怒りが込み上げてくる。

「そうゆう事聞いてるのではなくて。剣術士(ヒロイックエイジ)とか魔術士(スペラー)とかって事です」

「えっと……言っている意味がよくわかりません? それって、ゲームか何かですか?」

 ゲーム好きの六駆がそんな単語を使っていたような気がした。

 なるべく平静を装って返答した。本来ならばこの場から消え去ってしまいたいくらいなのに。そして、再びの爆笑。

「ここは現実ですよ。”勇者”として何の職業(ジョブ)階級(クラス)なのか? って、事を聞いているんです。ちなみに隣のあなたは何ですか?」

「えっ! あたし? あたしは”ウォーリアで、防術士(ブレークブレード)”です」

 その後、周りからオレも、わたしも、僕もと、次々と聞き慣れない単語が美護を襲ってきた。この異常な空気のせいで鳥肌がとまらない。めまいと吐き気を模様しながら勇気を振り絞って講師に質問をぶつけてみる。

「あのぉ、ここって学習塾……ですよね?」

 騒がしかった教室がピタッと、静まりかえる。

「何を言っているんですか? ここは学習塾ではなくて、勇者を育成する”勇者塾”ですよ」


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