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プロローグ

 家々は燃え、その火の手は広がる一方。住人達は勇者の手によって事前に退避させられているので安心だ。

 火の手が広がるのと同じように、ウルフフィエルもその数を増やしていった。今やその数は数えるのも面倒なくらいだ。

 傷だらけの男は吼えた。

 目の前にいる(フィエル)の咆哮にも負けんばかりに。普段はそんなキャラではないその男は、珍しく感情むき出しで離れた場所にいたチームメイトも流石にびっくりしたようだ。その咆哮で体を震わせ、意思兵装であるハルバードを握る手に力が入る。

 対峙しているモノは口内は牙だらけ、目は五つのウルフフィエルと呼ばれる漆黒の異形の狼、その階級は雑魚級(デビル)

 一匹なら後れは取らないのだが、流石に数十体を一人で相手取るのは自殺行為だったようだ。右から左から、前から後ろから、上空から地下から、一度に攻撃されるのではなく一匹ずつジワジワと男のHPを削っていく。

「舐めやがって」

 選ばれし人間であるその男も、やられてばかりいられない。確実に一撃で(フィエル)を仕留めていく。ハルバードはリーチが長いので懐に入られる前に叩き潰してく。

 ようやく半分ほど倒した辺りで味方が合流してきた。これでようやく自分の負担が軽減される。そう思った矢先退避が済んでいるはずのこの場に、ブロンズヘアがまぶしい少女が現れた。決して味方などではないその少女は、逃げ遅れたのだろうかキョロキョロと、周りを見渡し今にも泣き出しそう。

 (フィエル)もその存在に気づいたようだ。この場において一番殺しやすいと思ったのか男達には目もくれず少女を襲う。

「キャァァァァァァッ!」

 逃げようとした少女はつまずき足をすりむいてしまった。その場にうずくまる少女。2匹の(フィエル)が牙を剥き出し、迫る。だが、その牙が少女にかかる事はなく消滅する。まさに危機一髪。

「大丈夫かい?」

 全身から血を噴出している男に「大丈夫か?」と、聞かれ流石に少女は男の身を案じた。差し出された手を取り、すぐさま立ち上げられ安全な場所まで移動する。体を預けるのは助けた少女のはずなのだが、助けに入った男の方が少女の方に世話になっていた。

 チームメイトから離れ、ひとまず安全な場所まで二人で到着する。壁を背にへたり込む男、少女はその対面。すりむいた怪我の治療を終え、一息つくと先ほどの異形の狼を思い出し気分が悪くなる。

「あ、あれは……一体何なんですか?」

 タガタと体を震わせた少女が男に問いかける。

「なんて言えばいいかな? 猛犬注意? みたいな……」

 無関係な人間に詳しく話す必要はない、年端も行かぬ少女ならなおさらだ。

「……それは嘘。ですわね?」

 恐怖でいっぱいだが、意外と冷静のようだ。十歳以上は離れている少女に見破られ男は嘘をつくのをやめ、真相を話す。

「―ーこれが真相だよ。まぁ、君みたいな子には関係のない世界だよ」

「……許せないわ!」

 先ほどまで身体を震わせていた少女は、勇ましく立ち上がる。

「え?」

 呆れた発言だった。同じような台詞をクソ程聞いた事がある。男にとってそれはありふれた言葉であった。

「アタクシにできる事はないのですか?」

「お前みたいな子供にできる事なんてないって。残りの奴らは仲間がどうにかしてくれる。俺らはここでゆっくりしてようぜ」

 少女は無言でハルバードを奪い取り、男の仲間達のもとへ駆けて行く。しかし、腕をつかまれ阻止されてしまった。

「オイ、俺の持ってどこ行く気だよッテーー! あぁもう、急に体動かさせるな! こっちは怪我人だぞ」

 男の腕を振りほどこうとするが、少女の力でそれは叶わない。

「何言ってますの? まだあなたの仲間、戦ってるじゃない!」

「だから、大丈夫なんだって。てか、お前も怪我人だから」

「黙りなさい! アタクシの怪我なんてどうでもいいのよ!」

「お前みたいなガキに何ができるってんだ!?」

「何もできないかもしれません。でも、持ってけばあなたが付いてくるでしょ?」

「な……」

「ほら、行っちゃいますわよ……えっと、名前……」

「シンだ」

「そう。行きますわ、シン。ま、来なくてもアタクシは行きますが」

 拘束から解き放たれ、男の仲間のもとへ進んでいく。

「ったく、なんだよ……”主人公”かよ。お前は……」


 その騒動からしばらく、その少女は男の許を頻繁に訪れるようになった。男達の修練に混ざったり、いつしか少女はメンバーの一員になっていた。

 シンは少女のお守り役、仲間は”プリンセス”と”ナイト”と呼ぶようになった。しかし、そんな日々も長くは続かない。

 ウルフフィエルがまた出たようで、再びシン達に派遣の命があった。今回は以前のような数はいないようで一体のウルフフィエルの捕獲になる。

 シンを含めた五人と少女、六人で行く事になった。まぁ、戦闘要員は五人だけなのだが……場所は市街地、時間は夜の十時を回った所。煌びやかなネオンに彩られた街に、人の往来はやむことない。商業ビルの上にウルフフィエルがいた。その姿は通常のものより大きく階級は相当群れのボスといった風格、これが最後の一体になる。漆黒の色をしたその体躯は今にも闇に溶け込んでしまいそうであった。

 大気を震わさんばかりの咆哮。しかし、雑踏やエンジン音にかき消され、誰も感じ取るものはいない。その向かい側のビルにシン達が並んで立っていた。

「隊長! 面倒ですって! 何で俺が行かなきゃならんのですか?」

 シンが頭を掻きながら隊長を見る。隊長と呼ばれた女性は一点に(フィエル)を見つめていた。

「アタクシが頼みましたの」

「まあた、お前かよ」

 隊長の影からひょっこりと顔を出したのは、プリンセスことブロンズヘアの少女であった。

「いいじゃないの、シンの腕ならあんな奴イチコロでしょ?」

「そりゃそうだけどよぉ。全員で戦った方が早いじゃないっすか。あと”シンさん”なっ!」

 少女の方を指差す。少女から下に見られているのか呼び捨てにされていた。何度言っても”さん”付けしてくれない事が気に入らない。

「いいじゃない。プリンセスの言う通りに戦いなさい。この子来てからあなたもちゃんと働くようになって、助かってるんだから」

 少女の頭を撫でる隊長。

「そうだそうだ。働け!」

 他のメンバーは野次を飛ばすのだが、シンは睨みつけそれを黙らせる。

「あぁっもう! 本当にお前が来てから俺の生活が乱れてる! わかったよ! 行ってきますよ。行けばいいんだろ!」

 どうせ言い返しても正論を吐かれ、論破されてしまう。最近はもう言い返す事も面倒なのだ。少女はニッコリ笑い、メンバー達にピースサイン。

「その代わりピンチっぽかったらすぐに助け来いよ」

 ビシッとメンバー達に向かい指を差す。「はいはい」「早く行け」と、気のない返事が返ってくる。これもすべてメンバーのシンに対する信頼の証なのだ。元々面倒ごとが嫌いな性分ではあるが、こと戦闘となると身内では一番の強さを誇っている。その戦い方は”ゴリ押しパワー型”だ。よく油断をしてボロボロになるのはご愛嬌。なにより、本人は気づいていないが頼られる事は嫌いではない。

 隊長の前に立つシン。

「行ってらっしゃいな」

 隊長とシンは互いの腰に手を回しキスをする。フレンチな奴ではないディープな奴だ。キス魔で有名な隊長は、戦闘に出向くメンバー全員にキスをするのだ。少女にとってこの光景は苦痛であった。他のメンバーならまだ気にならないのだが、シンの時は毎回胸がモヤモヤして何故か隊長に対してイライラしてしまう。これが”初恋”なのだと気づくのはまだ先の話。一応シンに付いていく少女のおでこにキスをして、二人は(フィエル)のもとへ向かった。

 ビルの谷間をウルフフィエルが跳ぶ。その後ろを少女を抱えたシンが跳ぶ。

「マジでお前邪魔だわ。何で毎回付いて来るんだよ!」

「隊長さんにシンを監視するように頼まれてますから。それに、邪魔ならアタクシをそこら辺に置いてけばいいじゃありません?」

「ぐっ、それは……ってか呼び捨て!」

「できるわけありませんわよね? だって、あなたは主人公ですもの」

 的確に弱点を突かれ何も言えなかった。シンは自分を主人公だと思っている。怠け者で面倒臭がりな男ではあるが、”シンと言う名の物語の主人公”なのだそうだ。弱気を助け、強気を挫く。そんな御伽噺の主人公に憧れている。

「ちょっと! (フィエル)が攻撃してきますわよ」

 少女は屋上に立っている(フィエル)を指差す。二人は今だに着地できていない。口から放たれる炎弾を宙を蹴り回避。そのまま屋上へ無理やり着地を試みるが、やはり上手くできず二人は転がりながらの着地になり、少女はシンよりも軽いので遠くまで転がっていってしまった。投げ捨てられた空き缶の如く。

「オイ平気か?」

 足を引き摺りながら少女を抱えるが返事がない。(フィエル)はジワジワと迫ってくる。すぐさま耳たぶにつけた小型のインカムで隊長に連絡を入れる。

 流石”群れのボス”と言ったところか、なかなかに手強い相手なのだが相性的には悪くはない筈なのに、攻撃を当ててもビクともしなかった。ゴリ押しパワー型なシンは、ここに来て自信を失くしかけていた。すると(フィエル)に向かい光の柱が降り注ぐ。

「よかった」

 言葉が漏れた。それは仲間の攻撃。ボスフィエルの動きが止まり、苦しそうにのた打ち回る。

「お前が付いてたてたんじゃないのか?」

 隊長に肩を叩かれハッとなり少女の元へ戻る。体を揺さぶってみると短く息を吐き、目を覚ました。

「ここは…………ツッ!」

 体が痛い。四肢の感覚があまりなく、体を起こす事ができない。シンに支えられ体を起こす。眼前では隊長達が弱ったウルフフィエルの捕獲を行っていた。このところ大きな予言が少なかったにもかかわらず現れた強者級(フォルテ)を、サンプルの為に生け捕りにしている。

「ごめんなさい。アタクシ……」

「良いんだよ。結果オーライだ」

 二人はメンバーから離れ作業を見守っていた。

 少女の体は、着地時の衝撃で息をするたび体中を軋ませた。幸い骨は折れてなさそう、丈夫さだけが取り柄なのだ。

 シン達といるのは正直楽しくない! だが、彼女にとってこのひと時は”幸せ”であった。三男二女の四番目の子で、一般から見れば決して出来が悪いわけではないのだが、あまりにも優秀過ぎる兄姉弟(きょうだい)達と比べられ、家にいても生きた心地はしない。家族といても劣等感に苛まれるだけで、ただただ辛かった。なので、体中が軋んでいようが目の前に異形の怪物がいようが、シン達といる方が”生きている”と強く実感できて、それが幸せに感じられた。しかし、神様は彼女のそんなかけがいのない幸せをも奪い去っていく。

 隊長が怒鳴り声を上げた。「自分が怒られたのか?」と、シンは声のした方を向く。そこにはウルフフィエルの尻尾に体を貫かれた仲間の姿。何も語らない瞳でこちらを見つめていた。

「オイ、嘘だろ……ドナテロ」

 ウルフフィエルは、ドナテロが突き刺さったままの尻尾を勢いよく振り回す。彼は尻尾から引き抜かれ、フェンス側で補修作業をしていたレオナルドに激突。そのままフェンスを突き破って二人はビルの谷間に落ちていった。

 一瞬のうちに二人が殺された。その状況を見て捕獲から討滅へと切り替え、シン達は意思兵装を具現化、戦闘態勢に入る。しかし、それよりも早く隊長の上半身が身の前から無くなった。一瞬の出来事であった。護る事も、警告する事もできず隊長は死んだ。

 時が止まる、一切合財の思考が停止。それどころか、生命活動さえ止まったような感覚に陥る。しかし、刹那の速度では再活動を始める。毛は逆立ち、血液は煮えたぎりその勢いで血管が弾けんばかり。

 普段、ゆったりまったり面倒ごとが大嫌いなシンは完全にキレていた。

「……ヤロウ」

 一歩踏み出す、その一歩はコンクリートを砕き小さいクレーターを作り出した。次の一歩を踏み出そうとするが、袖を掴まれてしまう。

「行かないで……」

 そのか細い声は少女のものだった。

 鬼の形相で振り返ると少女はビクッと体を震わせ、泣き顔でシンを見上げていた。彼女の足元は濡れていた。強気が服を着て歩いているような少女は、年相応な弱々しい姿をしている。こんな姿の少女を見るのは初めてであった。

「シ……う……逃よ……う」

 泣きながら必死にシンを引きとめてきた。その弱々しい力では、服を引っ張る程度しか叶わない。その手を払う、そっと……さっきまで怒りに身を任せていたのが嘘のように冷静になっていた。

 少女の頭を撫でる。そっと……

「お前はすぐにここを離れろ」

 彼女は首を振る。それはここを離れたくないの意味。そして、彼女はわかっている。シンが一人で戦おうとしている事を、行ってしまう事を、それを止めさせたかった。

「……嫌だよ」

 普段見せた事のない年相応な”少女”のような姿を見せる彼女に、シンは髪がぐちゃぐちゃになるまで撫で回す。

「オラッ! いつもの強気はどうした? らしくないぜ」

「……」

「ったく! こんな時ばっかしおらしくしやがって……ボケが! いなくなったりしねぇよ」

 そう言うと少女の涙を拭い、キスをした。それは、出撃の合図。少女にとっては、ファーストキス。それがこんなにも悲しい味だなんて、思ってもみなかった。

 顔を真っ赤にした少女は、とっさに口を袖口で拭ってしまった。本当は嬉しくてたまらなかったはずなのに。待ち望んでいた事なのに……

「おいおい、拭くこたないだろ。軽くショックだわ。おぉい、ミケランジャロ! こいつ連れて下がっていいぞ」

 「オウッ」と、返事がある。

「イヤよ! 一緒に!!」

「だぁかぁら! 平気だって言ったろ? それに隊長達がやられたんだ、このままオレが黙っていられないって」

 シンは副隊長なのだ。

 先ほどのような激しい怒りではなく静かに。しかし、先ほど以上の怒りを内包していた。

「絶対帰るよ。だって俺は”主人公”だからな!」

 そう言うと、(フィエル)に向かい駆け出していった。後を追おうとするが、ミケランジェロに担がれてしまい追う事はできない。シンから離れて行く。遠く遠くへ、数メートルだけなのだが地球一周よりも長い距離に感じられた。屋上の扉が閉まる。降ろしてもらおうと、頼み込むが一切聞いてはくれず。暴れてみたが、ミケランジェロの一撃で気絶してしまった。


 それから数日後、いつもの場所に行っても誰もいない、かろうじてミケランジェロに会う事ができたが、何も口を聞いてはくれなかった。少女に再び退屈な日々が帰ってきた。しかし、以前とは違い目標ができていた。それは、シンのような人間(勇者)になる事。シンのような勇者(主人公)になる事。そして、今度シンに会ったときは、自分からキスをするんだと――。

「アタクシは主人公なんだ……」

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