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詩の箱

治癒の人

作者: 眞木 雅

迫害された猫がいた

空を飛ぶのが珍しかったからだ

迫害された犬がいた

言葉を話すのが奇妙だったからだ

いずれも私の家で暮らした


私達の住処は海辺の洞窟だった

そこは寒く薄暗くいつも猛毒の煙が立ち込めていた

私は朝起きるとすぐに犬と猫に解毒剤を作って飲ませた

猫と犬は魚や貝を獲ってきて生活の手助けをした

我々は家族であった


ある日役人が私を訪ねてきた

洞窟の入り口で、出て来いと喚き立てている

愚かにも声に従った私は

その眼前に銃を突きつけられていた

犬は役人を追い返そうとあれこれ話しかけた

猫は翼を大きく広げて私を庇った

しかし私は無理矢理連れ出された

民の声が私を裁くのだそうだ

役人は私にこう言った


お前を絞首刑に処する


私は抗わなかった

そしてその日のうちに吊るされた

人々は笑顔でそれを見ていた


迫害された者が一時生き延びることができるのは

この下品な娯楽のためである

つまり、私のようなはみ出し者を貯蓄してあるのだ


私は、幾度も死刑になった

火炙り、斬首、絞首、あらゆる殺され方をした


ある時、毒の霧立ち込める洞窟に閉じ込められ

その叫びを楽しむ為に集まった人々の

余興として一晩喚き散らし

そして疲れ果て眠った

人々が満足して帰って行く頃目を覚ました私は

その時から洞窟を住まいとしていた


孤独な生活から開放されたのは

幾年も時間が流れたある朝のこと

洞窟の入り口に木の杭が二本

それに縛り付けられぐったりしている犬と猫がいた

私は己の指先を傷つけ滴る血を犬と猫に舐めさせた

たちどころに元気になった二匹は私を慕った

私の不思議な薬は一日しか効果が無く

私は毎朝二匹に解毒のための血を分けた


私は年を取らなかった

私の血を舐めた二匹も老いることはなかった

それどころかどんな傷も病も

私達を死に至らしめることはなかった

これが私を異端たらしめる所以である


流れ流れて現代

真昼、処刑場に吊るされた私は

ただぶらぶらと揺れるのみ

意識はいつまでも宿ったままで

息苦しさに朦朧としながら生きていた

飛び出た目玉や内臓もそのまま

私は風に吹かれて生きていた


それは何度目かの迫害であった

何百年と生き続け幾度となく殺され続け

死体として捨てられた場所で暮らした私の

ありふれた日常

いつもなら処刑人が私の衣服に

火をつける頃だろう

だが、どうやら今回は様子が違った


大きな声が響き渡る

皆がきょろきょろとあたりを見回すも

声の主はどこにも見当たらない


「悪趣味な腰抜け共、こっちだ馬鹿野郎」


役人は銃を真上に掲げ空に一発

どこかにいるであろう無法者を脅した

しかし、相手は尚も語りをやめない


「我々は、友人を助けに来た」


その声のなんと頼もしいことか

私は醜い体のままで喜びに打ち震えた

犬が囮になって注意を逸らしている隙に

猫は口に加えたナイフで縄を切り

ひらりと翼を羽ばたかせ

落下する私をその背中に受け止めた

沢山の矢が私達に向かって放たれたが

猫は群衆の中を低く滑空し

広場の隅にいるもう一匹の勇者を背中に乗せた

その間私達には無数の矢が突き刺さったが

私の体から吹き出る鮮血でそれを癒し続け

やがてこの世の地獄を抜けだした


空高くから街を見下ろし

私は、一度目の迫害について思い出していた

大昔、流行病で沢山の人が死んでいく中一人生き残った私は

街の水汲み場に毒を盛った悪人として裁かれた

火炙りにされ燃えかすになった私は荒野に捨てられたが

その日の夜にはすっかり元通りになってしまった

それからは、あらゆる理由で裁かれ殺され

運良くあの洞窟での静かな暮らしを手に入れたのだ


「私が死なないと知っているのに

わざわざ助けに来たのは一体なぜかしら」


問うた私に犬は答えた


「死なないとは聞いたが、苦しくないとは聞かなかった」


体を焼かれた熱さや

岩で閉じられた洞窟の息苦しさ

嘲られ罵られ虐げられた心の傷について

私は、ようやく自覚した


そして私達は再び毒の霧に守られた

安住の地へ戻って来た

疲れきった私達は泥のように眠った


明くる日、私達を訪ねる者があった

難病の子を持つ母親が噂を聞いて来たのだった

私は彼女のハンカチに血を一滴垂らした

これを子供の口に含ませるようにと伝えると

彼女は礼を言って帰って行った


そのまた翌日、感謝の品として

沢山の作物を持った彼女と

今度はこちらを治療してくれとせがむ青年が来た

青年は右足が不自由だった

私は彼にも血を分けた

彼は翌日、新たな客人とぶどう酒を持って訪ねてきた


この繰り返しで洞窟には絶えず人が訪れるようになった

犬も猫もそれをとても喜んだが

私は素直に喜べなかった

人々の賞賛がいつの間にか私を裁く声へ

変わることを知っているからだ

しかし、私にはこれを拒むことは出来なかった

その時が来るまではと、治療を続けた


ある日、洞窟の入り口で私を呼ぶ声が

いつもと違うことに気がついた

やはり時は来てしまったのだ

私はまた、罪人と呼ばれた


私は犬に頼み、私の体を食らわせた

そして犬は猫に頼み、己の体を食らわせた


猫は洞窟の入り口に立つ役人に語りかけた

「なぜ彼女を罰する」

役人は答えた

「彼女は魔女だからだ」


猫はその答えを聞くやいなや

役人の喉笛を食いちぎり洞窟に引きずり込んだ

そしてあらゆる怒りの言葉を投げかけ

猫は空へと飛び去った


時は過ぎ、愚かな娯楽も彼女の功績も何もかもが

忘れ去られ、たった一つ街にはある童話が残された。


海辺のある洞窟にはかつて、

治癒の人と呼ばれた美しい女性が暮らしていました

彼女はそこに現れた言葉を話す猫の化け物に

食い殺されました

人々は彼女の死を嘆き悲しみ猫を罰しようと

幾度となく猫に挑みましたが

猫は大きな翼で飛び上がり

矢で貫かれても死ぬ事はなく

人々は皆食い殺されてしまいました

それからもう二度と洞窟を訪れる人はなくなりましたとさ


「くだらない、話だよなぁ」


「なにがさ」


「洞窟の猫、知ってるだろ?」


「あぁ、翼のある言葉を話すってあれか」


「皆殺しなら誰が言い伝えるってんだ」


街の酒場で酔っ払いたちが笑い話をしていると

女が一人そこへやって来た


「べっぴんさん、あんたどう思う?」


「猫が言葉を話すなら、猫が言い伝えたのかしら」


「そりゃないさ、猫には話し相手がいないだろ」


「治癒の人は不死身だったってきくわよ?」


女の冗談に、酔っ払いは顔を見合わせて大声で笑った

その馬鹿話を肴に女は静かに酒を飲んだ


夜更け、酔っ払いが二人とも潰れてしまったのを

女は見届け、鼻歌を歌いながら洞窟へ帰って行った










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