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秋の話  作者: ¡no pasarán
9/21

温かな雫

 月の周りに、光の環が見える。

 頭の後ろの方が少し痛む。手を当ててみると、コブが出来ていた。オート三輪が道端に突っ込み、放り出されたらしい。車体を探ってみても、誰の姿もない。

「フウ」

 呼んでみても、答える声はない。立ち上がろうとして背中が痛み、尻餅を着いてしまった。

 自分の手を確かめてみる。確かに、あの煌く葉を握った筈だ。でも、何処にも見当たらない。今度はゆっくり、出来るだけ背中に力を入れないようにして立ち上がってみた。膝の辺りが鈍く痛むが、足は無事なようだ。

「何処」

 やはり答える声はない。それでも、と耳を澄ましてみる。激しく吹いていた風は収まったのか、辺りは冷たく沈んでいる。足元は落ち葉で埋まり、少し動くだけでもよく響いた。その乾いた音の中に、僅かな呻きが混じった気がした。

「フウ」

 夜の中に目を走らせる。オート三輪から放り出されたとしても、そう遠くへは行ってない筈だ。月が落とす森の影に沿って、闇の中に手を突っ込んでみる。落ち葉を掻き分けて辺りを回って行くと、鋭い臭いが鼻を突いた。生臭い、何かの木の臭い。いや、それにとても近い、生命のない臭いだ。


 探していた友は、半ば落ち葉に埋まっていた。酷い臭いにまとわりつかれ、息は薄い。抱き起こし、月明かりに照らしてみると、冷たい衝撃が背を走った。

 ──フウ。

 それは消え入るような懇願で、空気を震わす力さえなかった。薄く緑がかった泡が彼女の口に溢れ、顔は木肌のように浅黒かった。自慢だった白く輝く髪は暗く緑に染まって、触れば枯れ草のように砕けた。


 煌く葉。それを握り締めた時、桑芥子はその拳を開き、葉を奪い取った。

 どうしようもなく、視界は温かな雫で霞んだ。それはやがて溢れ、一つの流れとなって頬を降り、途切れて落ちた。雫は友の顔を打ち、低く、微かな呻きを誘った。僅かに一葉の葉が、枝先で風に耐えている。

 桑芥子を横たえさせ、オート三輪へ走る。エンジンは止まっているが、まだ走るかも知れない。記憶を頼りに始動スイッチを押してみるが、呻くだけで掛からない。もう一度、記憶の中の手振り通りに操作盤を探ると、小振りなコックに行き当たった。それを右に倒し、始動スイッチを押す。上手くいかない。今度は元の位置に戻し、始動スイッチを押す。長い呻きの後、エンジンが咳き込み始め、やがて何か吐き出したように雄叫びを上げた。

「やった」

 ずっと恐れていた爆音が、今はとても嬉しかった。そのままオート三輪を落ち葉溜まりから引き出し、桑芥子の横へ着ける。彼女の顔は浅黒さを増しているように見えたが、心の揺らめきを振り払って抱き起こし、荷台へと乗せた。ドライバーシートへ跨り、ハンドルを捻る。動かない。

 ──違う、手前に。

 突然巻き上がった唸りが森に反響し、次第に遠のき、消えて行った。



   温かな雫―おわり

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