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秋の話  作者: ¡no pasarán
7/21

黒い青葉

 光の環が浮かんでいる。

 それはずっと前の方で、地面を照らす探照灯の灯りだ。

 様々な色合いの落ち葉が一つになって過ぎ去って行くので、まるで川のようでもある。

 風が吹いているのか、それとも自分が風になっているのか。

 朱落葉(カエデ)は自分の耳に流れ込んで来る響きに耳を澄ます。それは風のものであり、乾いた響きも含んでいた。体に当たる軽い感覚から、これは枯れ葉に違いなかった。

 夜の中を、とても多くの枯れ葉が舞っている。その中を走っているのだ。


 自分の体を前席の背中に預け、朱落葉は力強い響きと振動を心地良く思った。それは大洋の真ん中で船に乗っているようなもので、身を預けているだけで過酷な自然から庇護された安らぎを手に出来る。そして、彼女は大洋に一人で船に乗っているのではなく、親しい友──或いは頼れる先輩──と共にある。

 ──なに?

 桑芥子(フーサン)はそう言ったが、様々な響きが混ざり合って爆音となる中では、誰に聞こえる訳でもなかった。朱落葉はただ、暖かく庇護を与えてくれる背中を強く抱きしめるだけだ。彼女の後ろには夜の大洋が迫り、オート三輪はクジラから逃れる筏のようにして落ち葉の道を突き進んだ。


 朱落葉は再び瞼を閉じ、喧騒の中で暖かさに浸った。この暖かな背中は感じるより小さく、細い。それでも何時からか思い出せないくらい、朱落葉は桑芥子と一緒で、何時だってこの背中を頼りにしてきた。

 朱落葉はまだ独りだった頃のことをおぼろげにしか覚えていないが、落ち葉の海の中で眠っていたことだけははっきりと覚えている。そこは暖かく、静かで、とても多くの仲間と一緒だった。それが強く吹く風に流され、何時の間にかここへ辿り着いていた。そして、気付けば大木の根の間に独り。辺りに満ちていた木の香りを、朱落葉は今でも鮮明に嗅げる気がした。

 ──違う。

 記憶の階段の途中、朱落葉は漂ってくる香りに生命のないことを感じた。それは与える香りではなく、奪う臭いだ。それも生命を奪う臭いが満ちている。枝葉や花との繋がりは感じられない。ただ臭いだけが風に乗っている。朱落葉が瞼を開く。

 舞い落ち、流れ去っていく枯れ葉の群れ。その中に、まだ生気を残した青葉が混ざり始めている。

「フウ」

 朱落葉が叫ぶ。青葉一つ々々が夜の中で光っているように見えたからだ。

「何、これ」

 朱落葉は思わず目を細めた。探照灯や月の反射ではなくて、葉そのものが青く煌めいている。それは秋の空を行く流星群に似ていた。

 桑芥子がアクセルを開いたのか、オート三輪が加速する。

 臭気はより強くなり、青葉の数も目に見えて増え始めた。その煌めきは落ちるにつれて弱まり、むしろ黒く、燃え尽きていくように思われた。

 ──触っちゃだめだ。

 桑芥子が叫んだものの、エンジンの唸りにかき消され、届かない。ただ朱落葉も触れようとは思わなかった。黒く沈んでいく青葉は、明らかに生命の落伍を示している。二人は木枯らしに追い付かれたのではなく、その中に居た。

 朱落葉は桑芥子と同じように出来るだけ身を屈め、この光の流れをやり過ごそうとした。そうして桑芥子の頭巾が風を受けて緩んでいることに気付いた。

 ──これぐらい。と、朱落葉が代わりに締め直してあげようと手を伸ばす。しかし、上手くいかない。

 手は、凍えるように冷たかった。

「カエデ」

 桑芥子の叫び声がはっきりと聞こえ、朱落葉は自分の手を見るまでもなかった。一葉の青葉──半ば黒く沈んでいたが──が、手の平で一際強く輝いている。朱落葉は思わず強く握ったが、輝きは収まるどころか光の筋となって突き出した。

 喉が締め付けられ、口の中に鉄の味が広がる。目は燃えるように熱く痛み、息を吸い込もうとすれば胸が震えた。肺が海で満たされていく。

 ──マテュー。

 朱落葉は、自分の口がそう絞り出すのを聞いた。



   黒い青葉─おわり

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