事故→?
「柚春! 早く逃げろ!」
友人の寄土 博詩が叫ぶように俺の名を呼んだ。
「どうした寄土? いきなりさけ…………」
「いいから逃げろぉぉ! 死ぬぞ!?」
工事途中で放置されていた木材の塔が倒れ、そこから落ちた木材が俺に降りかかろうとしていた。
「……! やばっ……え?」
これまた工事途中で放置されていたロープの網に足を取られて動けなくなっていた。
だが、何故だろう?
木材がスローで降りてくるように見える。
「なにしてんだよ!?」
寄土が自転車から降りて駆け寄ろうとする。
「来るな!」
「なんでだよ! 死ぬかもしれないんだぞ!?」
「来たら、お前も死んじゃうだろ?」
「え?」
「楽しかったよ。お前は俺の大切な親友だ。」
「死んじゃだめだ!」
「いいんだよ。あ、警察は呼ぶなよ。」
刹那、痛みと衝撃が俺を襲った。
木材の隙間から見えた寄土の表情は、何とも言えない絶望に染まっていたように見えた。
目が覚めると三日月が輝く夜だった。
あれ?おかしくないか?俺、死んだんじゃ……
「なんで生きてるんだ?」
…………ちょっと待て。なんだ今のは。
「あー。いー。うー。えー……おぉぉぉ!?」
俺じゃない。男である俺の声じゃない。
すらりとした喉から放たれる声は、優しい高音の女声だった。
辺りに光がないので色は定かではないが、目に掛かるほど長い髪。後ろも肩を軽く超えるほどの長さがあるようだった。
「落ち着け俺。
怪我してるから俺の身体は俺の身体だよな。
声に関しては……事故の衝撃でおかしくなった。
髪は、工事用のなんかが絡まってるんだ!」
夜。工事途中の現場に子供が一人でいるところを警察とかに見られるとめんどくさいし、痛む身体を動かして家へと走ることにした。
俺の家には親がいない。
両親は二人揃ってアメリカへと転勤してしまった。自由な人たちだし、女神とは相性バッチリだと思う。
家事や家の管理は姉に任せてある。
元ヤンで現役大学生。
顔も良く(そこそこ)、性格も良い(そこそこ)。
実に良くできた、信用できる姉である。
「ただいまー」
「おかえ……どちら様? 柚春の友達かな?」
「ちょっと待ってて。」
姉を押し退け、向かうは洗面所。
この家で唯一大きな鏡がある場所だ。
「信じられない!」
ぱっつんの前髪。腰まで伸びる後ろ髪。
ぱっちり二重に桃色で艶のあるの唇。
「どうしたの!? 柚春なら、まだ……」
「姉ちゃん! 俺だよ、柚春だよ!」
「待て待て。あんたが柚春な訳ないでしょ?
柚春は正真正銘の男子。あんたは女の子。」
「いやいや。俺だってば。柚春だって。」
「いやいやいや。あんたは女の子だよ?」
「いくつか質問してきてよ。全部答える。」
「その1。両親の名前は?」
「父さんが智樹。母さんが恵未。」
「……柚春なの?」
「うん。」
俺は昼間に事故に遭ったこと、目が覚めたのがついさっきだったこと、目が覚めると女になっていたことを事細かに話した。
「まぁ、そんなこともあるんじゃない?」
「いや、ないから。うん。普通ないから。」
「それより柚姫! 女同士、風呂入ろう!」
「おー。ちゃんと胸もあるじゃん。」
「み、見るなぁぁぁぁぁ!」
「女同士の上に『姉妹』よ? いいじゃん別に。それにしても、微妙な膨らみねぇ……」
「やかましいわ! さっきさ、俺のこと『柚姫』って呼んだよな?」
「自分のことは私というように。
あんたはこれから柚姫! 霜北 柚姫よ!」
この人、俺を弟じゃなく妹として見てる!
やばいなー、俺はこの先どうなるのかな……
「あ、後で市役所行かないと!」
「え、なんで? なんか用事でもあんの?」
姉ちゃんは浴槽の淵で頬杖をついて、濡れた短めの黒髪をかき上げて深いため息をついた。
「あんたねぇ、学ラン着て中学行くつもり?」
「あ。俺……私、女だった。
……まさか、転校生的な設定で?」
「そうよ。セーラー服は私のがあるから大丈夫。
サイズは……その胸なら大丈夫。」
「ちょいちょい胸を見るのやめて!
なんか、っていうか普通に恥ずかしいから!」