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ニワトリ魔剣士・リョーコ

作者: 鬼京雅

 剣と魔法が全てを支配するドラゴン大陸の南に位置するスザク国防軍・軍人養成学校。

 そこでは、校内一の美男・美女のカップルが別れ話をしている所だった。

 パチンッ! と赤く長い髪のリョーコは、黒髪のハイゼの頬を激しく叩いた。

「軍から私が国外のスパイとなって戦士以外の活躍して欲しいという事を知っていて何で黙ってたの? 身寄りの無い孤児だった私が戦士としてどれだけ頑張ってきたか知ってるでしょう?」

 ジンジンする頬に手をあてつつハイゼは、

「正規の戦士になれない件を知りながら黙っていたのは悪かった。俺は軍人養成学校隊長として、リョーコを戦士として推薦した。しかし、軍の上層部はそれを受け入れなかった。リョーコなら実力で勝ち取れると思っていたから黙っていた。すまない」

「私はスパイになるために厳しい戦士訓練を受けてきたわけじゃない」

「リョーコ。とりあえず夜の七時に俺は第二会議室で学長とお前が見つけたシエルコクーンの適合者試験の話をする。そこに来て話をしろ。お前も適正試験を受ければ無限エネルギーのあるシエルコクーンに認められるかもしれん」

「知らないわよそんな事! もうハイゼとは話したくない!」

「他国だが女でもシエルコクーンに認められている人間はいる……。だが軍は女戦士を嫌がる……」

「戦場で強い戦士が女だからという事に何の問題があるの!? どうせ適正試験なんて受けれないわよ! 今まで私がどれだけ辛い目にあってきたか、あんたならわかるでしょ!?」

「あ、あぁ……」

「はっきり答えろ! バカハイゼ!」

「おい! リョーコ!」

「サヨナラ!」

 ハイゼはリョーコを追いかけるが、バシッ! とまた頬を叩かれた。

 ハイゼは小さくなっていくリョーコの長い赤髪とはミスマッチな青い制服の後姿を見た。

 沈み行く夕日は紅く燃えていた。





 竜歴りゅうれき999年。

 枯渇寸前のエネルギー資源を巡ってドラゴン大陸各国は対立し、自国が潤う為の手段を様々な手で講じていた。その最中、大陸の南にあるスザクのブジ山が過去最大規模の噴火をお越し、無限のエネルギーを持つ虹色の結晶・シエルコクーンが出現した。そのエネルギーはドラゴン大陸の縮図を大きく塗り替える事となった。

 そしてシエルコクーンの存在によりスザク国はドラゴン大陸全土から狙われる事となった。いくらシエルコクーンの力が無限とはいえ、世界中を相手に戦争をしたら勝ち目は無い。スザク国は消費エネルギーに限界のあるコクーンを取り引き材料とし、自国の利益を潤しつつ東西南北中央の大国の中でも最強の国になっていた。

 この一年の間で各国の軍事機構なども一変し、一騎当千の剣豪や狩人などが大陸を跋扈し様々なダンジョンなどのお宝をゲットする人間達が増えた。そして赤髪の軍人養成学校の落ちこぼれ少女は――。

「コーケコッコー!」

 リョーコは軍の管轄化にある養鶏場まで来ていた。

 この場所はニワトリの匂いも強い為に当番に当たる人間しかほぼやって来ない。

 夜になれば無人のここはリョーコの安心できる場所になっており、隠れて卵を食べて空腹を満たしていた。しかし、この夜はやけに夜間警備の人間がタイマツを掲げ周囲を散策していた。まさか隠し食いがバレた? と思うリョーコはやけに太ったニワトリを抱かかえながら息を殺していた。

「心配するな。このワタシがシエルコクーンを食べてしまっただけだ」

「へぇ、そうなんだ……ってニワトリが喋った!?」

 養鶏場のニワトリが国宝でもあるシエルコクーンを食べてしまい、精霊がニワトリの身体を借りて出現しているらしい。そのニワトリの記憶をたどり、この精霊はリョーコの今までの行いを知っていた。驚くリョーコはそのニワトリと話す。

「……この国は、いやこの国だけではなくこの世界はやけに人々が疲弊しているな。枯渇する資源争いが人の心を狭めているようだ」

「だからコクーンってのが必要なのよ。人が生きていくエネルギーは戦争続きで底をついてしまってるからね。魔法で補うにも限界があるのよ」

「ならばお前が勇者となりこの閉塞していく世界を正してみよ」

「コケッ?」

 シュパアッ! と赤い閃光が発し、リョーコの目の前に赤い魔剣が浮かんでいた。

 そのまま精霊からニワトリの魔剣を受け取る。

 魔剣の凄まじい力が、リョーコの体内に流れ込みほぼ存在しない魔力が暴走するような感覚に陥った。

「くっ! このパワーはチートとしか呼べないわよ? こんな魔力今まで感じた事がないわ……」

 無限エネルギーのあるシエルコクーンが装備された魔剣はニワトリの魔剣だった。

 全身から汗が吹き出るリョーコは安定していく自身の異様な魔力に高揚する。

 その姿を見るシエルコクーンの精霊は言う。

「お前の身体はここの卵で育ったようなもんだ。ワタシ達を必死に育てたのは、お前だけだったからな。このチートボーナスをどう使うかはお前次第。運も実力の内だぞリョーコ」

「……あんた達を必死に育てたのは卵を食べたいだけの欲求よ」

「台風や地震が起きた時に深夜に見回りに来たのも食欲のなせる技か? お前なら世界を安定させられる騎士になれると見込んでワタシはその剣を渡したんだがな」

 リョーコはこのニワトリの精霊は自分の全てを看破されていると思い、嘘をつくのをやめにした。自分が勇者になれるかはわからないが、今はこの凄まじい魔力を秘める魔剣の力に酔いしれていたかった。そして精霊はニワトリの意識から消失しながら呟く。

「だが、チートというのは全てに対して無敵になれる万能な力でない事は夢々忘れるなよ」

 そして、その養鶏場内部に養成学校長官・デシューが現れる。

 この初老の男は過去の戦争でスザク国を勝利に導いて来た常勝の策士と呼ばれる男だった。

 デシューは白髪のオールバックに手をやり目を細めた。

「これはこれはリョーコ君。こんな所で就寝とはいただけないな」

「ちょ、長官。卵のつまみ食いは反省します。どうかご慈悲を」

「別にいいですよ。この食料庫でもある場所を管理しているのは実質貴女だけみたいですからね。少しくらいのメリットがなければやってられないでしょう」

 ギラリ……とデシューの瞳はリョーコの赤い魔剣に動く。

 そして、シエルコクーン強奪の件はスザク国内探索となり、リョーコは翌日にマグマ活動が活発なブジ山にてコクーン集めを命じられた。森や平地にいるモンスターもエネルギーの豊富なコクーンを食べるからであると同時に、また伝説のシエルコクーンを見つければ正規の軍人に取り立てられるという条件に心を懐柔されていた。





 ブジ山中腹――。

 雨が降るやや急斜面になる湿った土の上を、青色のウインドブレーカーの上下を着た少年、少女の群れが行く。その服の左胸と両肩にはこの国の名前であるスザク紋様が入ったエンブレムがあった。背負うリュックは重く、雨が強くなって行く鉛色の空がその集団の足取りを重くしていた。

「今日は三日間の軍事演習の最終日だぞ! とろとろするなリョーコ!」

 集団からやや遅れて歩くリョーコに、クジで決めた今日のリーダーの少年は叫んだ。

(……ウルサイ奴。死ね)

 心の中でそう思いつつも、ハッとした顔でリョーコは返事をするがぬかるんだ足元に足をとられついて行けない。そのリョーコに、一人の少年が手を差し伸べる。

「リョーコ大丈夫か?」

「大丈夫じゃないわよハイゼ。早く帰りたい。あいつ等みんな死ね」

「とっとと来い、落ちこぼれ供! お前達のせいで俺達C班は魔術演習で負け、下山にすら遅れている。少しは周囲を見て行動しろ。ハイゼもそんな女に関わるな。エリートだろ!」

 吐き捨てるように言う今日だけリーダーと仲間達はリョーコとハイゼを一瞥し、ズンズンと進んで行く。斜面に足をとられるリョーコを気にしながら、ハイゼはC班の仲間を見据え歩く。容赦なく降り注ぐ雨にリョーコは足を滑らせ転ぶ。先行するC班の最後尾の連中が失笑する中、泥にまみれる顔を青ざめさせながら、

「……ムカつく。ねぇ、ハイゼ。そこの崖を上手く降りればあいつ等より早く下山出来るわよ。正規ルートなんかでチンチンタラタラしてたら日がくれるわ」

「そうだな……って、それは不味い。俺達は軍事演習を目的として山に登った班だ。集団行動が出来ないと、正式な軍人にはなれない」

「何が班よ。この三日間あいつ等は私達を捨て駒にして班対抗演習に勝とうとしてたじゃない。私達にチームワークなんて無いわよ。この現状がそうじゃない」

 言いながら顔を天に向け、降りしきる雨で泥を落とす。そしてウインドブレーカーのフードを被り直し、リョーコは先回りして下山出来そうな崖のルートを行く。慌ててハイゼも続く。降りしきる雨が、斜面を川のようにする中でリョーコは木にしがみつきながらゆっくりと進む。瞬間、ズゴゴゴンッ! という激しい落雷が近くに落ち、リョーコはその音でこけた。

「リョーコ!」

 すかさず手を伸ばしたハイゼだったが、突如ブジ山が噴火を起こすような大きな爆発音と共に地震が起こり、二人は斜面を転がり落ちる。

「……このっ!」

 斜面の木々に身体をぶつけながらも上手く転がり、C班の目の前のルートに出た。そのC班のメンバーは驚いた顔で一様にリョーコを見た。突然の爆発音と地震と共にリョーコが現れた事でC班の面々は立ち尽くす。地震は弱まったが爆発音は止まない。

(驚いてるわね……私が先に下山してやるわ……?)

 C班の連中はすでにリョーコを見ていなかった。驚きの表情が一瞬にして恐怖に変わり、楓の視界が紅く染まる。

「マグマ……?」

 そう、少し先の山頂からマグマが流れて来ていた。山頂からは火山が噴火したように荒々しくそらが燃えるように鼓動している。ドロリ……と流れるマグマは、濁流のような速さで斜面を流れて来る。

「あっ……あぁ……」

「リョーコ逃げろ!」

 バッ! とダイビングジャンプをしてきたハイゼはリョーコに抱きつき、そのまま土の上を転がる。流れるマグマには魔法は通じない。マグマに干渉出来るほどの魔法使いがいないのである。

「……死んだ」

 目を見開くリョーコは、マグマに呑まれる仲間達の形相を見た。絶望という逃れられない悪魔に平伏す仲間達に一瞬、喜びを感じてしまうリョーコがいた。しかし――。

「マグマが……こっちにも来る! 逃げるぞリョーコ!」

「何、コレ?」

 いつの間にかリョーコの右手には、虹色に輝くコクーンがあった。虹色に輝きながらも、やや赤みが強いコクーンを強く握り、

「コクーンが天に溢れているわ……」

「何言ってんだ! 早く逃げないと死ぬぞ!」

 右手にあるコクーンを握りしめたまま、リョーコは山頂で噴火と共に噴水のように湧き出すコクーンに見入る。空はいつの間にか雨が上がり、虹がブジの山頂にかかっていた。

「これはコクーンじゃない。シエルコクーン……」

 その無限エネルギーを秘めた結晶を握るリョーコの呟きと共に、無慈悲なマグマは二人を呑み込んだ。




「いや~絶景かな絶景かな。コクーンが雨あられのように天で踊ってますね」

 ブジ山から近い場所にあるデシュー長官の家の庭で、池の鯉に餌をやるデシューは言った。

「久しぶりのブジ山爆発。これでシエルコクーンが私の手に入るはずだ。年を取っても若き血はたぎるものですねぇ……」

 火山と共にブジ山上空に舞うコクーンの群れを見ながら、デシューは鯉の餌を口に運び吐き出す。そして、悪鬼のような形相の紅いトサカのついた精霊が、流れるマグマの中で咆哮を上げていた。





「先週の事件の夢か……」

 ふと目が覚めたリョーコは寮のベッドから身体を起こした。

 そしてリョーコはデシュー長官に言われた通り早朝、ブジ山に一人向かう。

 山へ向かい歩くリョーコを一人の少年が滝のある場所から眺めている。

「この早朝にどこへ行くんだリョーコの奴?」

 得意の水系魔法の訓練をしていたハイゼはリョーコとはもう別れて関係無い為、そのまま訓練を続行した。

 山を登るリョーコは周囲を見渡しながらコクーンの結晶を探す。一週間前のブジ山噴火以降、湧き出たコクーンの回収はだいたいされているんじゃないか? という疑問を持ちリョーコは山道を歩く。

「全然コクーンなんて無いじゃない。ほとんど軍が回収したとしか思えないわ」

「コクーンの大半は回収されているんだよ。残念だったねぇリョーコ君」

「デシュー長官!」

 いきなりのデシューの登場にリョーコは多少後ずさる。

 シエルコクーン回収命令を下した人物が何故、目の前にいるのか?

 ゆっくりと微笑むデシューは言う。

「その腰の剣。それは魔剣だね? 他の人間は騙せても私は騙せないよ。そのシエルコクーンがある剣は世界最強になれる剣のはずだ」

「長官……一体何を言って……」

「私の新たに芽生えた野心の為に死んでもらうよリョーコ君」

 リョーコは全てを悟った。

 目の前のスザク国の軍人養成学校長官はシエルコクーンの魔剣を自分から奪い取り、それを自分の欲の為に悪用しているという事を――。

「デシュー長官。この剣はシエルコクーンの精霊が私を選んで得た魔剣よ。あなたに渡すわけにはいかない」

「そうか。君の意見は聞いて無い」

 ズバババッ! とデシューは火炎魔法フレアボムを連射した。

 魔剣を振るうリョーコはその全てを斬り裂く。

「このニワトリソードにそんなものは効かないわ。あまり調子に乗ると殺すはめになるわよおじいさん」

「おじいさんとは――」

「はあああっ!」

 ブンッ! というニワトリソードの一振りが空間の風を突風に変えてデシューの口を塞ぐ。そして、リョコーは閃光のような連激を繰り出す。肩、手、足と致命傷にならぬ場所を攻撃しデシューを倒す。デシューは魔剣のパワーは本物だと核心し、この落ちこぼれも役に立つ時があったかと笑う。

「何笑ってんの? もうあなたの負けよ。今の私には誰も勝てない」

「大きな力を持つ者の油断だよリョーコ君」

「戯言はいらない――はああああっ!」

 突如現れるデシューの部下二人が電撃魔法でリョーコの足を感電させた。

 不意打ちを受けたリョーコは地面に倒れ、とどめの一撃のチャンスを逃した。

「な、仲間がいたの? 卑怯者!」

「仲間が死んで喜ぶ女に、仲間が助けてくれると思うのか? もうお前は負けているのだよ落ちこぼれのリョーコ君」

「……!」

「お前のような弱き者ですらその強さを得る。その剣は私にこそ相応しい」

「シエルコクーンは私だからこの力を渡した。あんたじゃ無理な話よ!」

 シエルコクーンはモンスターや動物に食べられる事により、その食べた存在を依代としてチートボーナスを与える精霊だった。だが、そんなことはデシューにとってはどうでもいいことでしかなかった。

「ならば、シエルコクーンが無限エネルギーを持っているという話は何処から生まれた? 精霊に選ばれなければ無限エネルギーは得られないんだろう?」

「それはスザク国王のついた嘘ね。他国から侵略されない為の嘘」

 ニッ……とデシューは口元を笑わせる。おそらくこの男は国王も始末しこの国を、世界を支配する企みでも生まれたのであろう。その男は、すでに瀕死のリョーコを見てデシューは言う。

「チートパワーはあっても、それを扱う人間の体力がついていってない。このまま遠距離魔法で殺してやる。そんな圧倒的な力も接近しなければ意味が無い。三竦みの法則だよリョーコ君」

「三竦み……」

 そのデシューからの教えを思いながら攻撃を受け続ける。

〈力には技・技には魔法・魔法には力〉

 これはデシューが唱えるこの世界の摂理である三竦みの法則。

 事実、スザク国はこの三竦みの法則にて敵国の進行を防いで来た。

 すでに前線から退き、新しい新芽を育てる人生の終わりを生きる男はまるで少年のような若々しい目をしながら叫んでいる。

「フレアボム! フレアバースト! フレアボンバーイエェェェェッ!」

 ズゴゴゴゴゴオンッ! と極大の火の嵐が空間の酸素を消失させるように地面の土を焼き尽くす。前線を退きながらもこれだけの魔法を連続して使う初老の男に部下の二人は萎縮する。そして新しい欲望を解き放つ男は歩き出す。

「さて、ニワトリソードとやらを回収させてもらうか。こんな女を認めて私を認めぬなどありえない」

 デシューは額に流れる汗をハンカチで拭い、ゆっくりと火の海になるリョーコの黒コゲ死体がある場所へ歩く。その視線の先には赤い持ち手のシエルコクーンが中央に輝くニワトリソードが地面に突き刺ささっていた。欲望に染まるデシューの瞳が細く輝き――。

「……?」

 デシューの頬が切れ血が飛ぶ。

 蠢く炎の中から、スザク騎士団の服を着たリョーコの元カレ・ハイゼが白銀の刃を一閃させていた。焦るデシューは後退し部下の二人がデシューを守る。水系魔法を浴びせられ無理矢理身体の炎を鎮火させられていたリョーコは地面に伏せたままその男の背中を見つめた。

「……あんた、まさか助けに来たの?」

「フン、ただの気まぐれだ。俺もいずれシエルコクーンの武器を手に入れ最強の一人になる。つまりは俺達はただならぬ関係だ。俺を仲間なとどと思うなよリョーコ」

「とーぜんでしょ……私はいつだって独りのリョーコよ。これからは、ニワトリ魔剣士のリョーコと呼ばれるけどね!」

 言いつつ、口元を抑え立ち上がる。

 ハンカチを取り出し瞳を細めながら頬の血を拭くデシューは、

「ハイゼよ、何故エリートのお前が落ちこぼれと付き合った? お前は他にも優秀な女の誘いはあったはずだ。技も魔法もろくに出来無い、体力だけが取り得の落ちこぼれに何故かまう? 答えろハイゼ」

 フッと弱く微笑むハイゼは語り出す。

「……初めは哀れみさ。ゴミ箱の残飯を食うあいつを哀れに思った。軍の学校に孤児の部隊があるとは知っていたが、まさか人間が犬のように残飯を漁るなんて思わないから印象に残ったのさ。だが体力だけはエリートと言われる俺達を越える存在だった。技や魔法でしか評価されない世界で体力勝負というのが俺は気にくわないと思いながら、何故か引かれた。やがて俺は、そんな落ちこぼれに恋をしていた……。周りから嫌がられ、泣き虫だったあの女に」

 ハイゼの視界は、過去の風景に変わる――。

「リョーコは軍の制服以外は赤いよれたシャツとズボンを毎日着ていた。よく石頭の教官達にイジメられていたよ。血反吐を吐いても教官の折檻は終わらなかった。まるで素行の悪い孤児部隊上がりのリョーコを目の仇にするようだったな。そんなリョーコも体力はあったから、他に落ちこぼれになりそうな奴等はリョーコを潰そうと教官達のように毎日見えない場所で殴り、蹴りを繰り返していた。だが、リョーコは泣かなかった。そして俺も助けなかった。他人になど興味がなかったからな。ある時だ。俺はお前に呼び出されて夕食が遅れた。食堂に行き、スープを魔法で暖めようとすると、泣きながら残飯を漁るリョーコがいた。会議がある時は食事時に教官もいない時がある。夕食を捨てられ、食堂でボコボコにされたんだろう。俺はその日の午前中の持久走で負けた事を思い出し、無視しようとした。せっかく長官に認められ全てが順調だったのに、泥を塗られた気分になりそうだったからな。……多少の嫉妬もあった。リョーコはいつにもまして傷が酷かった。だが、リョーコにはやり返すだけの力があった。三竦みの法則なら魔法は力で勝てるからな」

「……確かにそうだな」

「だけどそれをしない。したらエリート気取りの両親連中が自分の子供をやられたとリョーコを退学処分にするだろう。よく見ると、履いているズレた短パンから血がかすかに流れていた。俺は屈辱を感じた。生理中の落ちこぼれに負けたのかと。……哀れに思った。そして、強い女だと思った。泣きながら強い意思のこもる瞳で残飯と腐りかけのスープをすするリョーコは俺に気が付く事もなく亡者のように残飯を食らっていた。俺に気がついたリョーコは食堂から逃げ出し、土砂降りの外へ逃げた。嫉妬を受け入れたわけじゃないが俺は必死に追いかけ、そして初めてリョーコと言葉を交わした。スザク騎士団も何も関係ない、一人の男として」

 そして土砂降りの中、未来に互いに騎士になることを二人は誓い合った。

 その時、リョーコとハイゼは初めてキスをした。

 激しい雨で体温が奪われるリョーコを暖めるように、自分の嫉妬心を自分の女にして押さえつけるようにハイゼはリョーコを抱きしめた――。

「……そうか。やはり哀れみか。お前は私につけ。今ならこの頬の傷も許してやる」

 笑うデシューにハイゼは、

「悪いが、リョーコはすでに一人の魔剣士として確立している。すでにお前など相手ではないだろう。お前の負けはすでに自分で知っているはずだぞ?」

 その言葉にデシューは怒り、リョーコは体内から力が溢れ出る。

「リョーコ! ザコは俺が倒す。お前は長官を倒せ。あの極大魔法は俺にもどうにも出来ん」

 デシューは頭上に炎の玉を生み出し、更に肥大化させて放つつもりらしい。この魔法は火炎系最強魔法・フレアメギドラオン。その魔力を集める初老の男は叫ぶ。

「貴様等は除隊処分だ! 故にここで殺す!」

 その間、ハイゼは全身全霊の魔法剣で二人の騎士を倒した。しかし、魔力も体力も底を尽き援護は出来ない。

「早く倒せリョーコ。こっちは早朝トレーニングで魔力も体力もカラだ」

「朝から誰と体力使う事してたのよ」

 ニワトリソードを高々と掲げ、全てのパワーを次の一撃に集中させるリョーコは心の中でハイゼに感謝し、叫んだ。

「ここは勇者様に任せておきなさいな! 行くわよ!」

「ハハハッ! 先に溜まったのはこちらの魔力だったな! 魔剣を置いてこの世から消えろ落ちこぼれが! 男を誘惑するだけの女ごときに騎士が勤まってたまるものかよ……行くぞ! フレアメギドラオン!」

 グオオオンッ……! と放たれた極大火炎玉の中に動かないリョーコは包まれた。それを見るハイゼはエリートである自分が何も出来ない今の現状に嘆く。デシューの笑い声が空間に響き、その声をかき消すニワトリのような甲高い声が大きく響いた。

「力には技。技には魔法……」

「ぬあっ!? ぬあにーーーっ! 力で魔法が押し返されているだと?」

 デシュー最大最強の魔法がリョーコによりせきとめられていた。

 こんな事はありえない事だった。

 こんな落ちこぼれの女に常勝の策士と呼ばれたこのデシューが敗北する事などは――。

「……魔法には、力だーーーっ!」

 凄まじいパワーでフレアメギドラオンを斬り裂いた。

 キラリ……とニワトリソードが輝き、リョーコは翼が生えたように飛ぶ。

「コーケコッコーーーッ!」

 その一撃はデシューを切り裂き、地獄の炎で全てを消失させた。

 リョーコはニワトリソードを鞘に納め、ハイゼに手を差し伸べる。

 仕方なくハイゼはその傷だらけの柔らかい手を掴み、立ち上がる。

 こうして、ニワトリ魔剣士・リョーコの初陣は終わった。





 早朝――スザク国・国王寝室。

 そのきらびやかな宝石や武具がある室内で眠るスザク国王に、赤い髪の少女がヤイヤイヤイ! と脅迫するように詰め寄っていた。それは無論リョーコである。

「シエルコクーンは存在するだけで無限エネルギーを使えるって嘘は黙ってるから、私達をスザク騎士団から除名処分にして二度と干渉しないようにしなさい。さもなくば、この国をこのニワトリソードで潰すわよ?」

「は! はひ!」

 そんなこんなでスザク国王を脅して自由騎士の称号を得たリョーコは大草原を歩いていた。そして隣を歩く黒髪の少年に言う。

「これから私はこの世界にあるニワトリシリーズ全部集めて、私が最強の魔剣士になる!」

「じゃあ俺は最強のパラディンを目指すかな」

「あんたが聖騎士とか似合わないわよ。腹黒性騎士さん」

「黙れ魔剣士が。いずれお前を屈服させてやるからな。いいか! 絶対だからな!」

「はいはい」

「はいは一度でいいと騎士団で習ったろう?」

「私もうスザク騎士団関係ないしー!」

 言いつつ、リョーコはハイゼの頬をつねった。

 そんな話をする二人はスザク国から世界大陸を巡る冒険の旅に出る。

 一匹のニワトリが草原を横切るように飛んで行く。

 リョーコの視界に雄大に広がる青空に昇る朝日に叫んだ。

「コーケコッコーーーッ!」




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