(93) あからさま
会社の一角で、あからさまに生きる男がいた。曽野間雅夫という、名からして、そのまま生きそうな男だった。彼は内心を決して隠そうとはしなかった。天真爛漫とは正に曽野間のことか! と、他人をして思わせた。
「あっ! 曽野間君。これ、悪いけどさぁ~、ついでにコピー頼むよ」
「すみません…。頼まれたいのは山々なんですが、僕、これコピーしたあと、すぐトイレへ駆け込みたいと思ってるんです。…そんなことですから、すみません!」
曽野間はペコリ! と頭を下げて断ると、何食わぬ顔でコピー機の方へ歩き去った。そうなんだ…と、余り期待しない顔で頼んだ下坂は、歩き去る曽野間の後ろ姿を虚ろに見送った。普通なら、それくらいのことなら、ついでに出来るだろうがっ! と、すごい剣幕で怒るところなのだ。しかし、下坂は曽野間の言葉に頷いた。というのも、下坂に限らず課員の誰もが毎度のこととして腹立たなくなっていたからである。いわば、曽野間に対するある種の無期待感の現れで、頼んでも無駄か…という潜在意識による諦めでもあった。
自分のコピーを終えた曽野間はデスクへコピーした用紙を置くと、その足で課を出てトイレへ向かった。曽野間は万事が万事、この調子だった。
忘年会が、とある料理屋で賑やかに盛り上がっていた。このあとの二次会は当然のこととして課員達に浸透していた。
「ははは…よし! いつものとこへなっ!」
課長の臼毛は、決まりごとのように赤ら顔で言った。座はそのひと言で大いに盛り上がった。
「あっ! じゃあ、僕はこれで…。付き合ってる人とデイトがありますので…」
曽野間は叫ぶように言うと、座を立ち、部屋を出ていった。部屋の中が急にお通夜になった。
「ははは…。まあ、いいじゃないか。曽野間君は毎度のことだっ! さあ、行こう!」
座を盛り上げようと、臼毛は賑やかに立った。少し明るさが戻り、皆は課長に続いて立った。
「… なにもなっ。今日の今、デイトすることないだろ? ううっ! …なっ! なっ! お前もそう思うだろっ! 思ってるはずなんだよ …違うかっ?」
完全に酔いが回った下坂が臼毛に絡んでいた。下坂は完全に課長と平社員の関係を酔いで忘れていた。
「ああ、そうだな。そうそう…そうです。そうですとも…」
こいつ酒癖が悪いな…と、あんぐりした顔で、臼毛は下坂を宥めた。そのときだった。
「お待たせしましたっ! デイトが終わり、彼女を送り届けてきましたので、戻りましたぁ~~!!」
二次会のスナックへ曽野間が大声で踊り込んできた。全員が唖然として曽野間を見た。
「ああ、そう…」
課員達から、いっせいに溜め息のような冷めた声が漏れた。
完




