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(92) 洗濯バサミ

 倉市静二は朝、主夫業に専念していた。勤務先の経営悪化でリストラされて以降、妻の美枝と立場がまったく逆になっていた。美枝はパートで働き、静二の方はもっぱら家事全般を引き受ける日々だった。静二が有難かったのは、そんな日々の連続を美枝が余り気にしていないことだった。かねがね、働きに出たいと言っていた美枝だったから、それもうなずけた。

 子供達はすでに学校へ行き、美枝も出勤して家を出たから、あとに残っているのは静二ひとりである。しばらく、くつろいだあと、静二は日課の洗濯をしようと動き始めた。倉市家の洗濯機は旧式で、自動乾燥しない機種だった。毎度のことでもあり、洗濯は順調に進み、脱水が終わった。あとは、洗濯ものをハンガーにるしてかわかすだけだった。

 静二が一枚ずつ干し始めた途中に異変は起きた。ハンガーに数多くれ下っている洗濯バサミの一つがパリッ! と折れたのである。洗濯ものを静二がはさもうと開けた途端だった。こうなっては仕方がない。とりあえずは洗濯ものを他の洗濯バサミに吊るして干し、修理は乾いてからだ…と静二は結論した。

 洗濯ものの乾きは早く、昼前には、すべて取り入れられた。さて、いよいよ、である。修理するとすれば、どうするか…と静二は考えた。そうだ、まずは折れた部分を取りはずそう…と思ったが、面倒くさいとも思え、静二はそのままハンガーを手に家の中へ入った。プラスチックものの修理でよく使うのがハンダゴテである。樹脂部分を熱で溶かし、切断部分をふたたびつなぐ手法だ。この手法はボールペンのポケットし部分が折れたときなどに多用していた。今回も静二はその手法をこころみた。折れた樹脂部を溶かし、接続は一応、上手うまくいった。よし! これでいいだろう…と静二は安易あんいに考え、その日の修理を終えた。静二の目論見もくろみは、翌朝には事もなげに洗濯ものを干せるだろう…というものだった。だが、静二が読んだ先の目論見は甘かった。

 次の朝も、昨日きのうと同じように家族が家を出、静二ひとりが残っていた。さて、洗濯である。静二はウキウキ気分で洗濯を始めた。なんといっても、昨日の修理した洗濯バサミで挟めるからだ。いい気分で静二が挟もうとしたときだった。ポキリ! と、あっけなく修理部分はもろく折れた。接着部分が強力な金属バネの力に耐えきれなかったのだ。またか…と、静二はガックリと肩を落とした。だが、それを静二のいつもの根気がすくった。また、新しい方法でやりゃいいじゃないか…と。静二は昼のカップ麺を食べながら考えた。少しして、そうだ! というひらめきがあった。

 静二は第一段階でクギを二本出し、サンダー[自動研磨機]で成形して棒状にした。長かったので、少し短く切断した。第二段階として、折れた部分の側面を昨日のようにハンダゴテで溶かし、そこへ釘を入れた。そして、取っておいた使用済みの強化プラスチックを溶かして上からかぶせた。丁度、弱った骨の骨折部をプレート上の金属等で固定する手法である。静二は、この作業を反対側の側面にもほどこし、念のため、水で冷却して修理を終えた。ハンガーに取り付け、成功したな…と静二はニンマリした。少し天然に思えたが、かなりの満足感があった。だが、その満足感を今、確実なものにしたい…と、静二は思った。そんな静二は、修理した洗濯バサミを開けてみた。上手く折れずに開いた。金属が中に入ったことで接続部の強度が増し、バネの力に勝った瞬間だった。手術は成功した…と、ふたたび静二はニンマリした。


                   完

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