(91) 絵
どうも思うような世の流れじゃないな…と並木は思った。だが、よく考えれば、自分以外にも人は大勢いるのだから、社会は自分一人が思うような絵になる訳がないのだ。もちろん、自分の絵になることもあるが、当然、逆の違った絵だって現れるはずである。それが世間というものだ…と、並木は自分に言い聞かせながら選挙の投票を終えた。並木が投票所を出たとき、投票行動を探ろうとする某テレビ局の出口調査員に声を掛けられた。「あっ! 急ぎますので…」と、声にもならない素振りを見せ、並木は解答を咄嗟に回避した。この必要のない絵にも並木は腹が立った。そんなものを先に知ってどうするんだっ! と。他にやることがあるだろうが! と、マスコミの詮索癖には嫌気がさした。この必要のない絵も並木が思い描く絵とは完全に違っていた。いったい、お前達は世の中をどうしたいんだっ! どこへ流そうとしているんだっ! 並木は自分の考えを歪める得体の知れない力に叫んでいた。この得体の知れないものこそが、自分の絵を歪めている…と並木には思えた。家へ戻った並木は冷静になろうと努めた。
昼になり、並木はコンビニ弁当を箸で食べていた。まあ、俺の人生はこんなもんだ…と自分が小さく見えた。その小さい自分が大きな愚痴を吐いている。並木は幾らか矛盾を感じた。それと同時に並木の身体の冷却機能が作用しだした。コンビニ弁当を食べ終えたとき、午前中の熱くなった自分は何だったんだ…と、思えるようになっていた。参事官や審議官のように料亭で高級料理を、さも当然のように食べる仕事も出来ない税金泥棒どもが…という過去に感じた熱さは冷えきっていた。俺は、これだけのもんだ…と思えば、腹が立たなくなっていた。
夕方になった。空が茜色に染まりだしたとき、並木は自分を取り戻していた。偉そうなことを考える自分の虚栄心に自分自身の奢りを感じたのだった。こういうことは、世に出て偉くなった人が偉そうに考えることだ…と並木には分かった。並木は挽き豆ではない安いインスタント・コーヒーを美味そうに啜った。
完




