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(90) 方向

 ここは営業第四課である。第一課~第三課はそれなりに成果を出していたが、第四課は鳴かず飛ばずで、社内では『ああ…第四の人達だ…』と、全社員から一定の距離を置いて見られていた。そんな第四課に室山むろやまもいた。室山がかねがねねらっている方向は彼の中で決まっていた。ただ、首尾よくヒットせず、物事は室山の周辺でから回りするばかりだった。契約が取れないとなれば給料泥棒呼ばわりされても致し方ない。だから、どこか第四課の連中にはビクついた影があった。そんな第四課をなんとかしよう…と、室山はある方向へとかじを切り始めた。それは、今までの第四課の流れからすれば奇想天外な挑戦であった。

 いつもと同じ時が社内に流れていた。そして、退社時間となった。

「お疲れさん!!」

 第四課の連中のテンションが急にロウからハイへと変化した。どうすればそんなに変われるんだ?! と、他の課員達がきたいほどの大変貌だいへんぼうぶりだった。理由はただ一つ、これから第四課のパラダイス的時間が幕開いたからである。彼等の行き先はお決まりの飲み屋街だった。いわば、彼等は飲むために会社で働いているようなものだった。

「あれ?! 珍しいなぁ~。室さん、帰らないんですか?」

 怪訝けげんな表情で後輩の池辺がローテンションの室山にたずねた。

「ああ、ちょっとな! しばらくは無理だ…」

「ふ~~ん、そうなんですか? じゃあ、お先に…」

 首をかしげながら池辺は課を出た。室山には新しく見定めた方向があった。今度はなんとしても第四課としての成果を上げ、他の課を見返さねばならん…と室山は思っていた。彼は一定方向に進む綿密な計画を立てていた。水も漏らさぬ…とは、まさにその策で、契約の緻密ちみつな作戦案であった。

 三日が経ち、ついに室山の作戦案が完成を見た。その日は丁度、日曜で、室山は自宅の書斎にいた。

「出来たぞぉ~~!」

 室山は誰もいない書斎で、雄叫おたけびを上げながら両腕を伸ばして万歳ばんざいをした。

 翌朝、室山は自案の実践じっせんした。

「おい! 室山君、大丈夫かね?」

 人が変わったようにテンションが高い室山を目にし、課長の浜竹がいぶかしそうに池辺に訊ねた。

「はあ、最近、室さん、いえ室山さん、妙なんですよ…」

「ふ~~ん? …」

 それ以上、浜竹は訊ねなかった。

 室山が出向いた契約先から浜竹に電話が入ったのは、その二時間後である。

「いやぁ~、実にすばらしい! お宅に決めさせて戴きます。契約の書類は後日! なにぶんよろしく!!」

 何がどうなってこうなったのか? …その契約が取れたプロセスは浜竹にはまったく分からなかったが、とにかく室山は¥数億に及ぶ契約を見事に締結させ、営業第四課に成果をもたらしたのだった。

 その室山が課へ戻ってきた。彼は全精力を使い果たしたように虚脱状態で、テンションは過去最大の低さだった。そのとき、退社時間のチャイムが鳴った。

「室さん! 時間ですよ」

「ああ!」

 室山のテンションが、ふたたびローから少しハイへ切りかわった。


                  完

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