(9) 話
妙なもので、話には尾ひれがつきます。例えば、こんな遊びがあります。まず、数人ずつがA、Bの2チームに分かれます。続いて最初の人に一枚の絵を見せます。そして、その絵をA、Bの最初の二人に記憶させ、それぞれ口移しであとの人へ伝えていくのです。終わりは、最後に聞いた人が、その絵を描きます。勝ちチームは、もちろん、最初の絵に似せた絵を描いた方のチームです。その優劣はA、Bのチーム全員で判定します。このことで分かるのは、話が伝わる途中でプラス、マイナスの尾ひれがついて歪むという事実です。要は尾ひれがつかず、そのまま伝わればいいのですが、人間生活の中では、そう上手くいかないのが現実のようです。
ここは、朝の鴨田家です。
「やあ、おはよう。昨日さ、おとなりの山川さんの奥さんに聞いたんだが、下坂さん、引っ越すそうだな?」
「えっ? そんなことないでしょ。引っ越すのは下坂さんのおとなりの田鍋さんだって聞いたわよ」
「誰に?」
「大木さん」
「ふ~ん。じゃあ山川さんが間違って聞いたのかな?」
「そうよ、きっと…。この団地、そそっかしい人、多いから、ふふふ…」
鴨田の妻、葱江は、そう言って含み笑いをしました。
ここは、朝の大木家です。
「田鍋さん、お引っ越しだって」
「ほお~、そうか。俺は田鍋さんに鴨田さんって聞いたがな。お前、誰に聞いたんだ?」
「下坂さん」
「ふ~ん、そうか…」
新聞を読みながら妻の里美の言葉に頷いた大木は、突然、大笑いをしました。
「ははは…そりゃそうだ。田鍋さんと鴨田さん。鴨田さんの奥さんが葱江さん。すると! 鍋に鴨、葱がそろって、鴨鍋か。美味そうな話過ぎるよな」
大木はそう言いながら笑い声を大きくしました。本当は引っ越しする人は誰もいないのですが、あるとき、婦人会で誰かが引っ越しするかも知れない・・という話に尾ひれがついたのでした。誰が言い始めた話なのかは分かりません。でも、引っ越しという先入観がありますと、ふと、他人の家の様子を見てそう思え、その家が引っ越しをすると誰かに言ったとしても不思議ではありません。そのことを、誰かに聞いた・・と話に尾ひれををつけて話せば、話がより一層、変化しますよね。だから、話は正確に伝えるように話したいものです。
完




