(88) 継続
彫刻家の内竹は起きると、一枚の写真を眺めるのが日課となっていた。もう彼是、五十年ばかり飽きもせず眺めている自分に、内竹は、ふと気づいた。
『五十年…もう、そんなになるか…。継続は力なりと言うが、そういやまだ、続いてるな…』
内竹には思い当たることがあった。リアリティな芸術大賞のトロフィー写真である。内竹は、この賞が欲しかった。それが五十年前だった。そして、月日は流れ去った。毎年、出展してはいたが、その都度、入賞は見送られ、一度だけ佳作になったことを除けば、すべての結果は思わしくなかった。当然、内竹は有名彫刻家の名声を得ることなく、この世に埋没しようとしていたのである。それでも内竹は、そのトロフィー写真を見続けていた。彼の生活は困窮し、バンの耳とキャベツ、マヨネーズの日々が続いた。それでも、内竹は写真を眺めては、彫刻を継続した。
ある日、内竹は不意にあることに気づいた。自分が刻んでいる彫刻は三次元物である。なのに、この栄光のトロフィー写真は二次元物だ…と。二次元物は面のみの世界で幅がない。そうだ! なんとかして、幅のない彫刻は出来ないものか…。それは、胴板とかを盛り上げたレリーフ彫刻ではなく、塑像として…。内竹はそれ以降、来る日も来る日も瞑想に耽り続けた。もちろん、一枚の写真を眺めながらであった。
内竹がひと皮、剥けたのは、それから数週間、経った頃だった。彼は、ついにその方法を見出したのである。
『自分の彫刻は新たな三次元物を生み出すことだ。決して二次元物は生み出せないのだ。ならば、彫刻を出来るだけ幅を狭め、二次元物的に表現できないものか…』
この発想のもと、内竹の思考錯誤の彫刻する日々が続いていった。そしてついに、内竹は新しい彫刻技法を完成させたのである。人類が未だ創造し得ない新たな二次元的三次元の彫刻物を…。
新たな彫刻開始より一年、内竹の完成をみた彫刻は、ついに芸術大賞を受賞し、晴れてリアルな現物のトロフィーを手にすることが出来た。まさしく、継続は力であった。
完




