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(78) 弱らない男 

 池辺はタフな男である。誰も彼が弱った姿を見た者がない。というか、彼の前ではそういった事態は起きなった。池辺が、いとも簡単にこなしてしまうからだった。

「池辺さん、お願いします!」

「おっ! 分かった…」

 池辺が数人前、やってしまうことは工場内の誰もが知っていたから、手に負えない仕事量が舞い込んだときはすぐに池辺にお鉢が回った。その分、池辺は事務所の休憩室でくつろぎながら悠然と休めるのだ。池辺だけに適用された、いわば変則のフレックスタイム制だった。

「ウワァ~~!! すっげぇな! さすがは池辺さんだ…」

 工場の同僚どうりょう達から歓声が上がった。池辺が腰を上げ、事務所を出てからまだ十分もっていなかった。池辺は頼まれた仕事量を終え、悠然ゆうぜんと事務所へ戻ってきた。息を切らして疲れる素振りなどは一切なく、元気そのものなのである。

「おい! あの人、人間だよな?」

「そら、人間さ。見てのとおり…。だろ?」

「なんだい、お前もうたぐってんのか?」

「ははは…実のところは、な」

「そうだよな、あの怪力と素速すばやさには参るよ。とても人間とは思えん」

「ああ…。プロの格闘技や大相撲なんかで十分、通用すんじゃないか?」

「俺もそう思う…」

 同僚の二人が遠窓越しに池辺を見て言った。池辺の体格は、そう目立った大柄ではない。彼のタフさは幼い頃から両親を驚かせ、将来は大物になるに違いない…と期待させたりもした。だが、弱らないだけで出世できる世間ではなく、気づいたとき、池辺は町工場で働いていたのである。場違いに思えたが、タフさ以外、これといって他人より抜きん出た特技がない以上、相応なのか…とも思わせた。

 そんな弱らない池辺が活躍する場が出来た。

「お前、オリンピック出ないか?」

 池辺は幸か不幸か、運動能力にけていた。言われるままトライアスロンに出場し、すぐ頭角を現した。そして、訓練と練習によりメキメキと腕を上げ、世界の頂点に君臨したのだった。超人的な池辺を、世界中のマスコミは偉大な人物として書きたてた。だが彼は、そんなプレッシャーにも弱らず、強い男として工員を続けた。


                 完

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