(77) さて…
竹川が雑用を終えると、一瞬の間合いが出来た。次にすることを予定していなかったからである。一瞬の間合いは行動を停止させてしまう。瞬間に出来た隙であり、油断でもある。剣道や柔道…いや、それらに限ったことではないが、その間合いを突かれると、脆くも崩れ去ることになる。古くは、油断を突かれた桶狭間の戦いなどが具体例である。
「あなた! 何もしてないなら、お布団、叩いてよ」
天気がよいというので、客用の座布団を虫 干しがてら干した妻が、停止して座った竹川を呼んだ。
「んっ? ああ…」
別に先の予定がない竹川は、仕方なく緩慢に立ち上がると庭へ向かった。庭に広げられたビニールシートの上には、何枚かの客用座布団が干されていた。布団叩きの棒も、お願いします! とばかりに、都合よく置かれていた。まあ、よく考えれば竹川には都合悪く置かれていたのだが…。これで叩くのか…と、竹川はウンザリした気分で布団叩きを手にした。叩こうとした竹川は次の瞬間、待てよ…と思った。叩けば、もろに埃を吸い込むことになる。竹川は、さて…と、停止した。マスクは? また部屋に戻って出さないといけないか…と、竹川は、すっかり気重になった。幸い、妻の目は届かないから叩いたことに…と竹川はズルをしよう思った。しめしめ、である。さて…と、ほくそ笑んで中へ入ろうとした竹川だったが、そうは問屋が卸さなかった。
「あなた、これ…」
妻が奥からマスクを持って現れたのだった。敵もさる者である。狙った獲物は逃がさないか…と、竹川は観念した。
「あ…、今、取りにいこうと思ってたんだ、ありがとう」
妻に真逆の礼まで言わされ、さっぱりだ! と、竹川は怒る対象もなく、内心で怒れた。が、仕方がない。竹川はマスクをすると、布団を叩き始めた。妻はそれを見ると、中へ引っ込んだ。とんだ休みだな…と竹川は座布団を一枚ずつ叩きながら思った。
叩き終えたとき、竹川は、さて…と腕を見た。まだ昼には少し時間があった。竹川は庭の椅子に座り、欠伸をしながら青空を見上げた。木漏れ日が眠気を誘った。心身ともに疲れが溜まった竹川は、いつの間にか眠っていた。




