(75) 時の人
リストラされた宮坂次郎は、仕事にあぶれていた。ハローワークへは足繁く通っていたが、ヒットした仕事がなかった。そんな日々が続いた。ある日の夜、テレビをつけると、芸能人が高級車から降りて画面に映った。
「ははは…、今はこうですがね。その日暮らしで腹ペコの日もあったんですよ」
その芸能人は少し偉ぶり、インタビュアーの質問に上から目線で語った。それを聞きながら、宮坂は鮭缶にソースをかけて食べた。瞬間、宮坂は時の人になりたい…と漠然と思った。そのためには、まず他人に抜きん出た何かが自分に必要だった。宮坂は、ジィ~~っと自分のそれまでを考えたが、これといって他人に抜きんでたところは浮かばなかった。宮坂は、よし! ここは一つ、有名になる努力をしよう…と密かに思った。では、どうするかだ。宮坂は目立とうと思った。だが、よ~く考えれば、宮坂は人一倍、恥ずかしがり屋で、人前に出るのが苦手だった。人前へ出るのが駄目では元も子もない。諦めるしかないか…と、宮坂の意気込みは一気に萎えてしまった。
数日後、ふとしたことで、また宮坂は復活した。それは、縫いぐるみの仕事だった。ゆるキャラ全盛の昨今、この手のアルバイトは幾つかあった。宮坂は戸惑いなく、そのアルバイトに決めた。顔を知られることなく人前へ立てる・・という気分が後押しした。運よく、上手い具合に宮坂の被ったゆるキャラはどんどん人気が出て、わずか数ヶ月で押すな押すなの人気者になった。テレビも取材に来たりした。声こそ出せなかったが、宮坂は満足だった。そしてついに、ゆるキャラ大会やテレビ番組にもお呼びがかかるようになった。時の人になりたい…と願った宮坂の初期の目的は大方、果たせたのである。ただ、宮坂が予期しなかった苦労も出始めた。人気が出るにつれ、スケジュールの立てこみによる慌ただしさが増し始めたのだった。時の人になりたかった宮坂は、少しぐらいは…と当初、覚悟していた。だが一年後、人気に伴う忙しさは尋常ではなくなった。
「休みたいんですが…」
「駄目だよ! 明日は重要なイベントなんだから…。君しかいないし、穴は開けられんよ!」
倒れる以外、休める手段はなかった。二年後、宮坂は時の人を諦め、普通の人に戻っていた。
完




