(74) 創作落語・ラブラブ幽霊
[お囃子の中を登場]
え~落語が、大きく掻い摘まんで古典と新作に分かれておりますことは、今更申すまでもなく、皆さん、ようご存知の事実でございます。…別に掻い摘ままんでもよろしい訳ですが[少し間合いをおいて微笑み]、まあ、そのような実態のないモノなんでございます。
私は、かねがね、その中間のモノがあってもいいんじゃないか…と思っておりました。いわば、古典風新作、あるいは新作風古典と申しますか、そのようなものでございます。本日、ご入場下さいました皆さま方は果報者であられます。と申しますのも、今日はこの高座をお借りいたしまして、その新作らしからぬ古典、古典らしからぬ新作の一席にて皆さま方のご機嫌を伺おうと、かように考えておるような次第なのでございます。え~お耳汚しになろうかとは存じますが、なにとぞ最後までお付き合いのほど、お願いを申し上げます。飽くまでも実験でございます。成功するもしないも、お客さま方のお笑い次第と…まあ、そんな大層なものでもございませんで[小さく笑い]、お聞き流しのほどをお願いいたします。
[茶を啜る]
以前、私が皆さま方にご機嫌を伺いました地獄亡者のどうたらこうたら話でございますが、私自身が申すのもなんでございますが、割と受けがよいんでございますね。え~え~、そうなんですよ。そこで笑っておられるお人なんか、お聞きいただいたのか…と思うんでございますが、特にこれからの季節、暑うなっておりますから、猫も杓子も三味線も、え~そうでございますよ。皆、冷えたい訳でございます。
[羽織を脱ぐ]
夏の夕闇でございます。中年の男連れ二人がとある濠ぞいを歩いております。
「どやねんな? ここんとこ出んが…」
「アホなこと言いないな。そんなもん、度々(たびたび)出てどうするねん。出たら怖いがな~」
「そら、怖いがな。おまはんやのうても、わてでも怖いがな」
「そやろ~。お江戸の時代かららしいな。親父が言うとった。なんか、年季の入った幽霊らしいでぇ~」
「そら、そうや。何百年も出っぱなしなんやさかい」
「休みなしの出っぱなしか…。そら、しんどいわな」
二人が漫ろ歩きながらワイワイとやっております池濠の界隈、ここが江戸の昔より出るのでございます。それも恨みと申すものではございませんで、♪逢いたさ見たさに怖さを忘れぇ~♪[唄う]といった色ぼけ幽霊なのでございます。…まあ、幽霊が怖がるというのも、なんでございますが…。
[お囃子の怪談太鼓と横笛が、舞台の袖で、もの凄く…]
「なんやら、生暖かい風が吹いてきたでぇ~[少し震えながら]」
「そろそろ、出よるんかいな」
『出ましたでぇ~~。タイムスリップしてますぅ~~』
「ギャア~~!!」「ギャア~~!!」
二人は駆け出します。しかし、幽霊は速いですわな。そら、そうです。なんせ、足がおませんよって、瞬く間に二人に追いつきます。
『そない怖がらんと、待っとくんなはれぇ~~』
ひょいと、幽霊が二人の後ろ姿を指さしますというと、二人の身体がピタリ! と止まります。身体は止まっておりますが、足だけは同じところを走っております。二人は前へと走ってるつもりなんでございます。しかし、同じところで動いておりません。
『あんた方を、どうこうするとゆうにゃ、あらしまへんにゃ~~』
足は動きませんから、幽霊は二人にすぐ、追いついて前へと出ます。
「なんまんだぶぅ~、なんまんだぶぅ~~!」
『あのぉ~、こんなん見やはらしまへんでした?』
幽霊は女の筆絵を二人の前へと示します。
「ほん! 見たことありますがな、あんさん。これはうちの嫁の妹だ!」
「ああ、そやそや」
恐る恐る顔を上げた二人は、いつの間にか不思議なことに、怖さを忘れております。
『お義兄さまぁ~~』
幽霊は一人の男に擦り寄ります。その男は、ふたたびゾォ~~っといたします。怖いのやのうて、幽霊の凍るような冷気ですな。
「どないなことで?」
『あんさんの、お連れの妹さんは、私がラブラブのこいさんでおますぅ~~』
「ラブラブて…。んっな馬鹿な!!」
『遠い遠い昔の話でございますぅ~~。今からおよそ350年ばかり前ぇ~』
二人は話に驚きます。
「こいさん! と言わはりますと、お商売関係で?」
『へえ、立売堀の御店の…』
「そいで、私にどないせえと?」
『どないもこないも、こいさんに、ひと目逢いたいだけでございますぅ~』
「逢わはったらよろしいがな。あんさん、幽霊だっしゃろ? スウ~っと」
『駄目なんでございますぅ~。私、こう見えて人見知りでぇ~』
「幽霊が人見知りて…」
二人は陽気に小さく笑います。幽霊は陽気にとは参りませんで、陰気に小さく笑います。
かくして、すっかり意気投合いたしました二人と幽霊、夜っぴいてラブラブ成就の手を考えることになります。え~お話の半ばではございますが、長うなりますんでここで一端、席を立たせていただきとう存じます。後半は、一服させていただいたあとで…。えっ? ほら、あんさん、私かて長噺はしんどいですがな。
[笑いながら軽くお辞儀をし、席を立つと舞台の袖へと消える]
○ 幕間 ○
[お囃子もなく、楚々と舞台の袖から登場]
お囃子がないと、なんか普通~のおっさんですな。味も素っ気もあらしませんが…[小笑いしながら客席を見回し、間合いを取る]。
[慌ててお囃子の音]
お囃子さんも休んでましたんやな…[小笑いし]。
え~改めまして前半に引き続き、お付き合いのほどをお願い申し上げます。…どこまでお噺し、しましたんやろな?[最前列の客に態と、伺いを立てる]あっ! そうそう…そうでした![思い出した態]
男のラブラブ成就の手を考えようということになりました二人の男と幽霊、立ち話もなんやというんで、…どっちみち幽霊は座れないんでございますが[小笑いし]、静かな暗闇の公園へとやって参ります。幸い、人影もなく、ここならと、二人はベンチへ座り、幽霊はその前へ足を揺らしながら立っております。
「嫁はんに言うて、口実つけて娘さんを呼び出すっていうんは?」
「ほやな、それがええな…。あんさんは、チラ見したら、それでいいんでっしゃろ?」
『へえ。好きやった…とさえ、言うてもろたら』
「告るんかい!」
『へえ。偉いすいません。思いの丈を伝えな、アチラへ帰られしまへんにゃ』
「江戸時代からでしたな?」
『へえ、タイムスリップしてますぅ~~』
「そこは、英語かい! ハイカラなお人や。まあ、なんとかしまひょ」
「そやけど、娘さんはあんたのこと知らはらしまへんのやろ?」
『あっ! それは大丈夫なんです。あちらでコレを渡されてますよって』
幽霊は光り輝くオガラの棒を胸元から出します。その長さ、鉛筆程度でございます。
「ほう…それを、どないしなはりますにゃ?」
『このように向けますと、少しの間だけ、前世の記憶が戻るという寸法でして…』
「なるほど!」「なるほど!」
二人、腕を組みながら頷いて、同時に感心します。
『なにぶん、よろしゅう~』
話はスンナリと纏まり、幽霊は二人の前からスゥ~っと消えます。
さて後日、嫁さんに口実をつけ、娘を呼び出した男、娘をどうたらこうたらと言い含めます。娘は誰かも分からず仕方なく、言われた場所で現れる男を待っております。そこへ、幽霊は蒼白く顔を染め、…ここは幽霊でございますから赤くないんでございますね。で、オガラの棒を娘に向けます。その瞬間、娘に前世の記憶が戻り、幽霊が見えます。
「ああ、あなたは…」
『す、好きでしたぁ~~!』
数百年のラブラブの思いを伝え、心の丈を晴らした幽霊はスゥ~っとアチラへと消え去り、成仏をいたします…たぶん[ニヤけて]。いや、私もアチラのことは分からしませんのでね、悪しからず…という落ちでございます[客席に笑顔で軽く頭を下げ]。
まあ、こういう時代を越えたラブラブ幽霊の噺でございますけれど、この幽霊 噺は、もっか編集中でございまして、今度、正式にお披露目させていただくときは、もう少し面白くラブラブに、アチラの時代味も加えて、と考えております。長々と貴重な皆さま方のお時間を頂戴致しましたことを深くお詫びいたします。本日は、不調法をお聞きいただき、誠に有難うございました。
[お囃子に乗り、陽気に舞台の袖へと立ち去る]
完




