(70) 揉[も]みほぐす
上手い具合に柔らかくコトを納めるのが人間社会だ。牧園は、つくづくそう思った。というのは、こじれた契約先を宥め、無事に契約を獲得できたからだ。コトが激突してこじれ、契約先を怒らせたのも不容易な自分の発言だったことを牧園は知っていた。契約先の凝った肩を、少しずつ柔らかく揉みほぐすような口八丁で、コトはなったのである。
「なにを今さら! もう、君のとこからは金輪際、買わんからな!」
一度、旋毛を曲げた契約先の毛梨は、牧園の話を門前払いにし、禿げて光った頭を横に振って取り合わなかった。
「そこを、なんとか…。この前のことは私の感違いによるものです。どうか、お許し下さい」
牧園は豊富な毛を蓄えた頭を下げ、平身低頭、謝罪した。
「… そんなことしても、無駄だよ! 私は忙しいんだ、失礼する!」
牧園は毛梨の弱点の情報を入手、分析し、柔らかくコトを収める手立てを考えていた。この手は、実のところ余り使いたくはなかった。ベテランの牧園にしては不容易な誤解で相手を怒らせ、反省していた。怒らせることはほとんどなかった牧園だったが、怒らせてしまった以上は仕方がない。ここは非常手段に出るしかない…と思え、弱点を突く手立てにしたのだ。
「この前、道玄坂を一緒に歩いておられたのは娘さんですか?」
牧園の話題を変えた唐突な問いかけに、一瞬、毛梨は躊躇した。完全に縦パス一本からのシュートによる一点である。
「… ああ、そうだ。よく、知ってるな?」
先ほどの鼻息が萎え、毛梨の声は確実に弱くなっていた。
「毛梨さんには、お嬢さんはいなかったんじゃなかったですかね? 確か…」
牧園は、毛梨をやんわりと揉みほぐしにかかった。
「おっ? ああ、そうだ! その、なんだ…姪だよ姪!」
毛梨の声が狼狽しだした。
「確か、一人っ子ってお聞きしてましたが…」
牧園は毛梨の凝ったツボを押すように言った。毛梨は完全にうろたえて困惑した。
「その、なんだ、アレだ…」
だが、上手い言い訳が口から出てこない。深追いせず、牧園は言葉を緩めた。
「まあ、どうでもいいことなんですが…。ひとつ、よろしくお願いします!」
「おっ? おお! …今の話は、忘れてくれよ」
毛梨は辺りを見回しながら、さらに小さな小声で囁いた。
「分かってますよ! よろしく!」
牧園はニンマリと笑った。
「ああ…」
毛梨は牧園によって完全に揉みほぐされていた。
完




