表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/100

(7) 一寸先

「ははは…一寸先が分かりゃな」

 ハズレ馬券を握りしめた一人の男が、もう一人の馬仲間に、そうつぶやいた。

「お前はハズレてもよく買うよなぁ~」

「俺は馬が好きなんだ。買うったって、一枚きりさ。馬を見てると元気になるのさ」

「変な奴だな、お前は」

「ははは…なんとでも言え」

 競馬場で馬を楽しむ男はすぐるといい、優の馬仲間は唯男ただおである。優はある種の開放感を得るために競馬場へ足を運び、唯男は、ただ勝つために足繁く競馬場へ来て、馬券を買う男だった。むろん二人とも、一寸先は読めなかった。

 ある日、優は官庁を退庁し、馴染みの蕎麦屋へ寄っていた。ここのつけ麺仕立ての辛み蕎麦は絶妙で、優の好物だった。

「あらっ! またハズレたよ…。宝くじは買うもんじゃないねぇ~」

「ははは…親父さん、夢を買うんだよ、夢を。まあ九分九厘、無理だからさ…」

「そりゃ、そうなんですがねぇ~」

 テレビが宝くじの抽選会場を映し出していた。カウンター越しに手を動かしながら蕎麦屋の親父が腕組みする。優はその対面で蕎麦を啜りながら、付け合わせの天麩羅を口にした。

「親父さん、一寸先が分かったらどうする?」

「ははっ! そんなことが分かれば、もちろん、くじなんて買いませんよ。馬券か競輪、競艇で一攫千金!」

「やっぱり、そうなるよね」

「ええ、そうなりますよ、誰だって」

「俺は違うんですよ。金とか出世は興味がないんで…」

「おや? そうですか。優さんは変わってるねぇ~」

「俺は生活充実派だから、自分が満足出来りゃ、それでいいんです」

「そんなもんですかねぇ~。私なんか一寸先、分かりたい派なんですが…」

 二人は爆笑した。そのとき優はふと、宝くじを無理やり友人に引き取って買ったことを思い出した。その宝くじが一枚、背広の内ポケットに入っていた。おもむろに優はそれを取りだした。ちょうど、テレビ画面は当選番号を告げているところだった。優の手にした宝くじは見事、当たっていた。優は顔色一つ変えず、その券をカウンターへ置いた。

「親父さん、お勘定!」

「へいっ! いつものとおりで…」

 優は財布を出し、きっちりと勘定をカウンターへ置いて立った。

「ははは…一寸先は分からないもんだねぇ~!」

 優は急に笑えてきた。

「どうかしましたか? 優さん」

 親父がいぶかしげに優を見た。

「いやぁ~、ちょっと思い出したことがあってさ。じゃあ…」

 優は暖簾のれんを上げ、店を出た。

「毎度~! また、ご贔屓ひいきに!」

 優の後ろから親父の元気いい声が飛んだ。カウンターの上には優が支払った勘定と一枚の当たりくじが置かれていた。


                   完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ