(7) 一寸先
「ははは…一寸先が分かりゃな」
ハズレ馬券を握りしめた一人の男が、もう一人の馬仲間に、そう呟いた。
「お前はハズレてもよく買うよなぁ~」
「俺は馬が好きなんだ。買うったって、一枚きりさ。馬を見てると元気になるのさ」
「変な奴だな、お前は」
「ははは…なんとでも言え」
競馬場で馬を楽しむ男は優といい、優の馬仲間は唯男である。優はある種の開放感を得るために競馬場へ足を運び、唯男は、ただ勝つために足繁く競馬場へ来て、馬券を買う男だった。むろん二人とも、一寸先は読めなかった。
ある日、優は官庁を退庁し、馴染みの蕎麦屋へ寄っていた。ここのつけ麺仕立ての辛み蕎麦は絶妙で、優の好物だった。
「あらっ! またハズレたよ…。宝くじは買うもんじゃないねぇ~」
「ははは…親父さん、夢を買うんだよ、夢を。まあ九分九厘、無理だからさ…」
「そりゃ、そうなんですがねぇ~」
テレビが宝くじの抽選会場を映し出していた。カウンター越しに手を動かしながら蕎麦屋の親父が腕組みする。優はその対面で蕎麦を啜りながら、付け合わせの天麩羅を口にした。
「親父さん、一寸先が分かったらどうする?」
「ははっ! そんなことが分かれば、もちろん、くじなんて買いませんよ。馬券か競輪、競艇で一攫千金!」
「やっぱり、そうなるよね」
「ええ、そうなりますよ、誰だって」
「俺は違うんですよ。金とか出世は興味がないんで…」
「おや? そうですか。優さんは変わってるねぇ~」
「俺は生活充実派だから、自分が満足出来りゃ、それでいいんです」
「そんなもんですかねぇ~。私なんか一寸先、分かりたい派なんですが…」
二人は爆笑した。そのとき優はふと、宝くじを無理やり友人に引き取って買ったことを思い出した。その宝くじが一枚、背広の内ポケットに入っていた。徐に優はそれを取りだした。ちょうど、テレビ画面は当選番号を告げているところだった。優の手にした宝くじは見事、当たっていた。優は顔色一つ変えず、その券をカウンターへ置いた。
「親父さん、お勘定!」
「へいっ! いつものとおりで…」
優は財布を出し、きっちりと勘定をカウンターへ置いて立った。
「ははは…一寸先は分からないもんだねぇ~!」
優は急に笑えてきた。
「どうかしましたか? 優さん」
親父が訝しげに優を見た。
「いやぁ~、ちょっと思い出したことがあってさ。じゃあ…」
優は暖簾を上げ、店を出た。
「毎度~! また、ご贔屓に!」
優の後ろから親父の元気いい声が飛んだ。カウンターの上には優が支払った勘定と一枚の当たりくじが置かれていた。
完




