(68) ざくざくと
金は、いくらあっても困るものではない…と巨万の富を前に舌舐めずりしていた桑木だったが、税金の督促状を前にして、考え方が変わろうとしていた。金が齎す夢のような快楽だけに浸っていた彼だったが、突然、現実の酷さに直面させられ、金の持つ裏の魔力を感じたからだった。桑木は、この魔力から逃れたい…と、切に思った。
「札束が臭うようになったな。悪いが虫干しして銀行へ入れておいてくれ…」
「畏まりました、ご主人さま…」
「ああ、部屋の臭気抜きもな…」
「ははっ!」
執事は丁重にお辞儀すると、音を立てることなく桑木の前から消え去った。日本銀行の比ではない豪邸の特別金庫室には時価にして数百億以上の貴金属が眠っている。24時間、警備保障会社のガードマン数名が監視しており、さらに警備会社と直結した何ヶ所もの監視カメラによって厳重に守られていた。蟻が這い出る隙間もない・・とは正にこの金庫室であった。そればかりではない。桑田の寝室の周囲には美術趣向で札束がピラミッド型に積まれ、恰も日本建築の床の間に飾られた生け花の色彩を醸し出していた。むろん、洋間であるから絵画的な装飾の一部なのだが…。
桑木は机の下に隠された純金製の押しボタン<1>を徐に押すと、回転椅子をグルリと半回転した。桑木がボタン<1>を押した瞬間、側面の化粧板の一部がスゥ~っと開き、ボタン<2>が現れた。桑木はさらにその押しボタン<2>を押した。すると今度は、フロアの一部がスライドし、さらに押しボタン<3>が現れた。この所作を繰り返し、桑木は深い溜め息をひとつ、吐いた。
「フゥ~~、いつもながら疲れる…」
愚痴とも取れる呟きを漏らしたあと、桑木は十九度目の押しボタン<19>を押して腕を見た。五、六分は優に過ぎ去っていた。
「やれやれ、これで終わりだ…」
桑木は、まるで子供がおやつの菓子を貰ったときのようにニタリと微笑んだ。最終と思える押しボタン<20>が現れた。この押しボタン<20>だけは特大カラットのダイヤモンド製であった。桑木は両の手の平を擦り合わせると、ゆっくりと片手の人差し指でその押しボタン<20>を押した。その瞬間、部屋の側壁全体が少しずつ上がり、奥に別の黄金部屋が現れた。黄金部屋の中には、さらに硬貨の種類別にドアが幾つかあった。それぞれのドアには硬貨の現物が嵌め込まれていた。桑木はその中の一つのドアを開けた。部屋の中には同じ種類の硬貨が、ざくざくとあった。その中にゆったりと座り込んだ桑木は背広のポケットから愛用の布を取り出し、『随分、あるなぁ~』という満足げな顔で一円硬貨を磨き始めた。
完




