(67) 特務課
ここは特務課、通称、00[ダブルオー]課である。人事課とは一線を画してはいるが、ある意味で会社の頂点に存在し、特異な才を持った者達で構成されていた。その中の一人、起長は一度目覚めると、一週間は睡眠を必要としなかった。丸二日、すなわち48時間寝続け、一週間起き続けられるのである。要は、通常の睡眠時間を8時間とすれば、六日分を纏めて眠れる計算だ。会社は課員の特異な才を生かすため、特務課にだけフレックス・タイム制を採用して出勤時間に巾を持たせていた。
「どうなの?」
同じ課の先輩、遅田が出勤してきた。彼は押しが強く、狙った契約は必ず取る才があった。落としの遅田として、課に君臨していた。
「いやぁ~参ったぜ。奴さん、ぜんぜん疲れてないぜ…」
少し前に出勤してデスクにいた同僚の並山は呆れ顔でニヒルに返した。並山の頭脳は抜群で、彼の前にパソコンの必要はなかった。
「起長に任せときゃ、仕事は片づくからな。それに…」
遅田は手の親指と人差し指で丸を作った。
「ははは…、お前だって」
並山は遅田をチラ見して言った。
「ははは…まあな」
「しかし、起長はよく働く。労基の36、ギリギリだろ」
「だな…」
労基の36とは、労働基準法36条のことである。会社と組合との間で締結される時間外勤務の協定だが、組合も会社も彼には一目、置いていた。起長は、そういう異質の存在として、会社で敢然と生きていた。そうは言っても、起長の性格が異常なのか? といえば、少しもそうではなく、むしろ会社の人気者的な陽気さのある男だった。
「あっ! ご出勤でしたか、おはようございます。今、お茶を淹れます…」
「いや、もう構わないでいいよ!」
遅田が気づいて席を立った起長を止めようとした。
「もう、これで帰りますから…」
起長は、そのまま厨房に移動し、ポットの湯を急須へ注ぐと湯呑みへ淹れた。
「すまないねぇ~」
並山は一応、紋切型の礼を言った。心から・・という気分で言った言葉ではなかったが、そう思って・・という言葉でもなかった。今年で三十路を越えた女事務員の居岳が出勤してきた。彼女は嫁ぐまでの金 稼ぎ・・と会社を考える、居るだけの社員だったから、出勤も遅かった。ただ、彼女は特務課へ競合会社の情報を持ち込む情報入手の才があったから、他の課員は彼女に一目置いていた。
「皆さん、お早いですね…」
居岳は低めのテンションで小さく言った。お前が遅いんだよ! と思った遅田だったが、口には出さなかった。上には上がいて、出勤するだけの特務課長、寝木は出勤していなかった。寝木はさらに大物で、金融取引の先読みや世界経済、景気動向に明るかった。今朝も好きなミルクセーキを飲みながら、自宅のパソコン前で証券取引所の動きに余念がなかった。
「あっ、俺だ…。いつものように皆、動いてくれ」
課のスピーカーから、拡声された寝木の電話音が響いた。寝木からの連絡は決まった時刻に入ることになっていた。寝木の声が絶え、各々の動きが始まった。特務課は今日も暗躍し始めた。
完




