(65) 確かにあった…
次山はノートパソコンを弄っていたとき、ふと気づいた。フラッシュメモリーのキャップが見当たらないのである。昨日は…と記憶を詰めると、確かにあった…と、確信した。家の外へは持って出ていないのだから、家の中には確実に存在することになる。しかも、動かした憶えがない以上、ノートパソコンが置かれた部屋以外へ移動したとは到底、考えられない。家のこの場所で、どういう訳か紛れてしまったことになるのだが、次山は、そのときの場面がどうしても想い出せなかった。朝はあったか? …あった? いや、なかったか? 記憶が曖昧である。次山は、あったという確信が持てなかった。
行方不明になったキャップは、その後、夕方になってもついに発見されなかった。次山は、『これは、事件だな…』と思った。ひょっとすると、テレビが昨日の夜、報じていた<消えた女子学生事件>と思え、いや、いやいやいや…アレとは違うと、すぐ全否定した。アレとコレとではナニがナニだ…と思えたからだ。アレとはアレで、コレとはコレである。アレとコレを比較すれば、ナニという歴然とした違いがあるのである。しかし、捜査本部は立ち上げねばならないだろう…と次山は巡った。やはり、退職前の刑事の血が騒いでいた。次山は、さっそく聞き込みを開始した。まず、卓袱台である。
「この上に、ありましたね?」
『さあ? どうですかね。記憶にありませんが…』
「そうですか…。確かにあったんですがね。何か思い出されれば、ご一報下さい。失礼しました!」
過去のとある事件の聞き込みの場面が頭を過った。次山は卓袱台に向け、小さく敬礼した。
『はい…』
次山は物を言わぬ卓袱台に向かって語りかけ、勝手に思っていた。他人が見れば、気が触れたと勘違いされるだろうな…と次山は思った。今度は、卓袱台の下の畳へ語りかけていた。
「このキャップですが、あなたのところへ落ちませんでしたか?」
『いやぁ~、気づきませんでしたね。何か事件ですか?』
「ははは…まあ、そのような、そうでもないような」
『そうですか、それはお気の毒な…』
「何か分かればお知らせ下さい」
一人で落語のような会話をやり、次山は畳に対しても、小さく敬礼した。
こうして、今も捜査は続いている。
完




