(63) W杯
蹴鞠が待ちに待ったW杯の開催が迫っていた。
『Uokubo…』
「おおっ! 魚久保か…サプライズだっ!!」
蹴鞠は選手発表のメンバー23人が読み上げられるテレビ画面に釘づけになっていた。ザックバーラン監督は蹴鞠がまったく分からないイタリア語で流暢に話しながらメンバーの名を告げていた。蹴鞠にも、かろうじてメンバーの日本名は理解できた。
『Iroha…Konya…』
「色波に今夜か…。まあ、そうなるのか…」
何がそうなるのかは、口にしている蹴鞠自身にも分からなかったが、独り言ちていた。周りに人がいる訳でもないのだから、見栄を切る必要はないのだが、なぜか通の気分を味わいたかったから、蹴鞠は呟いたのだった。
そして、W杯開催の日が瞬く間に巡った。蹴鞠はふたたびテレビに釘づけになっていた。<釘づけ>とは、正に蹴鞠のためにある言葉のように思えた。全試合のビデオ録画は申すに及ばず、解説番組、関連番組はほとんど観続けた。おたくサポーターであることは誰の目にも疑う余地がなく、ある種のサッカーフェチに近かった。
前回のW杯でも予選突破出来た瞬間、三日三晩、一人でクリスマス並みの祝賀会を豪勢にやったくらいで、出歩くと訳もなく笑顔になっていた。通行人が妙な顔で振り返ったりもした。蹴鞠は一向、お構いなしに歩き続けた。それがベスト8へ上がる決勝一試合目で破れると、蹴鞠の思考は一変してお通夜になった。蹴鞠は三日三晩、泣き続けた。
いよいよ予選の第一試合が開始された。相手国はコートジイボワールだった。さて! どんな結果が? 蹴鞠を悲喜こもごもにする試合が進行していった。もちろん蹴鞠の準備は万全で、箱買いされたカップ麺を啜りながら、実況するテレビに釘づけだった。
完




