(62) 国力
日曜日の朝、川滝はテレビのリモコンを弄った。映し出された映像は国営テレビの日曜討論会だった。税制がどうのこうの…どうたらこうたら…と、片書きある国会議員連中により熱く語られていた。川滝は、またやってら…と冷めて思った。企業の内部留保が増え、国民にはその見返りがないというようなことをキツイ野党議員がキツク語った。川滝は相変わらずキツイな…とは思ったが、その通りなのだから仕方ないか…と、また思った。よく考えれば、物価を2%上げてデフレ脱却とか言ってるが、消費税も上がって国民生活は疲弊してるんじゃないか…と、日本がまだ元気だった昭和40年代の頃を思い返し、川滝はそう思った。俺達の時代は雇用が安定していた。そこが、今とはまったく違うな、と思った。安定して働けなけりゃ、結婚も子育ても出来ない。だいいち、子供も作れないじゃないか! と少しずつ川滝は怒れてきた。少子化の問題点は、実はこの辺りの根本的なところなんじゃないか…と、また思った。退職した俺が興奮しても仕方ないな…と、川滝は茶を啜って頭を冷やした。そのとき、テレビ画面から『国力』という文言が飛び出した。そういや今は、国力を語るときGDP[国内総生産]という言葉が多用される。あの頃はGNP[国民総生産]だったな…と川滝は、また思った。戦後日本の再建、生活向上が使命の時代だった。結果、今の日本の国力が…と思ったとき、川滝は気づいた。いや、ちっとも向上してないんじゃないか…、今の繁栄は虚飾の繁栄では? と。国は多額の債務発行残高という起債を抱えている。聞くところによれば1,000兆円が、どうのこうの…どうたらこうたら…らしい。川滝は一日、やりくりする1,000円の心配をしている自分が少し哀れになった。
去年、川滝は働こうとしたが、年金を減らされるということで断念していた。川滝はテレビを消した。そして、これじゃ日本の国力は回復しないぞ! と確信して思った。国の老齢化は益々、進んでいるという。それなら、俺達が働ける場を作ることが大事なんじゃないか…と川滝は思った。年金は今まで働いてきたことへの積立+お礼なんだから、新たに働くことで年金を減らすというのは間違っている…と、思えた。新たに働いた分は所得税で取ればいいじゃないか! 国力回復は、その一点にある。雇用安定、年金減額反対! 我々にも働かせろ! 川滝は興奮し、思わず叫んでいた。
「あなた、どうかした?!」
大声に驚いた妻の美登里が台所から飛んできた。
「いや、なんでもない…」
川滝は我に返り、罰悪く茶を啜った。湯呑みは空っぽだった。
完




