(61) 早起き
売れっ子作家の小平は久しぶりに早起きをした。原稿が昨夜、早く上がり、疲れもあって早めに寝たのが早起きの原因だった。いつもよりは優に2時間以上、早かった。五月下旬ということで、五時前だが、外はすっかり明るかった。小平が庭へ出ると、気分のよい冷気が肌を撫でた。小平が、ここ数年、味わったことのない清々(すがすが)しい冷気で、実に気分がよかった。深呼吸をし、冷気を胸一杯、吸い込んだとき、小平の心には何とも言えない幸せ感が押し寄せていた。それから、いつも起きる時間まで、小平は雑用をすべて熟し終えていた。日中なら、最近はかなり暑いから、汗が吹き零れて嫌になるのだが、早朝だとそういうこともなく、実に気分がよい。少し火照った身体をシャワーで洗い、衣類を変えると、今までとは違った一日が始まった錯覚が小平に生まれた。さっぱりとした気分で衣類の洗濯を終え、軽い朝食で憩ったとき、小平の胸中に、ふとある思いが湧いた。
━ 今朝は随分と得しているぞ… ━
昔から早起きは三文の得というが、小平にすれば、そんな少ない得ではなかった。いつも起きる時間が巡ったとき、気分的にはすでに一日が過ぎ去ったような、なんかそんな充実感が身体の奥から漲るのだった。こりゃ、いいわ…と、小平は思った。その日から小平は早めに原稿を書き終えると眠ることにした。流石に身体の馴れでか、疲れていないと眠れない。小平は適当なツマミで軽く缶ビールを一本飲むと、床へと着いた。
次の朝も早く起きられた。そして、そんな日が続いていくうちに、少しずつ得している気分が小平の気分の中で擦り減り始めた。余り、得してないな…と思えるようになったのである。身体が順応して馴れると安定感が身体を包むから、充実感が薄れるんだ…と、小平は思った。まあ、しかし体調は早起きしてからバイオリズムが整ったからか健康が促進されたようで、いい傾向が続いていった。ただ、昼寝は、よくするようになった。
完




