(60) 工事
本山が毎朝、通る通勤路の横で、ビルの新築工事が、今朝も喧しく執り行われていた。工事は仕方ないとしても、こう、待たされちゃ、嫌だな…と本山は毎朝、この付近を通るたびに思うのだった。今朝も、前の車が止まってから十分が経っていた。長く待たされるのは渋滞しているからだった。明日からは、もう少し早く出よう…と思っていても、朝になれば、家を出る時間は同じになった。馴れは怖いな…と、本山は、その都度、思うのだった。
車を止めて十二、三分が過ぎた。後続車には痺れを切らしてクラクションを賑やかに鳴らす者も出る始末だった。本山はそれでも悪びれもせず、車の中でじっと耐える人を続けた。ようやく、前方の車が動き出したのはその直後だった。本山はやれやれと胸を撫で下ろした。官庁の勤務時間には、まだ間にあう時間だった。
こんな日が幾日も続いた。そして、ようやくビルは完成し、渋滞することもなくなった。もうこれで、待たなくてもいいな…と、本山は単純に思った。だが、本山の読みは甘かった。新築されたはずのビルは、一向に人の出入りがなかった。確かに完成セレモニーの日は大勢の人だかりだったんだが…と、本山はそのときのビル前の様子を思い出していた。だが、今通ったビルは人っ子ひとりいなかった。本山は不審に思え、調べてみることにした。その原因は案外早く分かった。手抜き工事が発覚したのである。耐震構造に問題があるとかで、建て替えられることになったのだ。おい、おいおいおい! 立ったばかりだぞっ!! 本山は関係なく怒りが込み上げた。その怒りは、ある意味では正解だった。数日後、また道路が渋滞したのである。事情を訊けば、建て替え工事前の取り壊し工事が始まったという。馬鹿にならない無駄な金が消えていくぞ…と、本山は瞬間、思った。日本が債務まみれになる訳だ…と合点も出来た。
ようやく取り壊し工事が終わり、その返す刀で今度は、新しいビルの建て替え工事が始まった。渋滞はその後、長きに渡り続いていった。
今度こそ! というビルが完成したのは、すでに渋滞が始まってから三年が経過した頃だった。春三月、本山がやれやれ、これで…と思った頃だった。本山がそう思った数日後、人事異動が発令された。本山は反対方向の道路にある庁舎へ栄転することになった。
完




