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(59) 上からの命令

 OLの美久は暗い夜道を歩いていた。通勤のために自宅から駅へ出るにはどうしても通らねばならない細道だから仕方がなかった。道は長くて暗く、街灯が立つには立っていたが、申し訳ない程度の明るさのものが数ヶ所で、なんとも物騒な道だった。この道でひと月ばかり前、事件があった。引ったくり事件だった。正確に言えばそれは二度目で、一年前にはもっと辛辣しんらつな強盗傷害事件も発生しているこわい道だった。そのときの犯人は幸いとらえられたのだが、今回はまだ逃走中だった。心配した父親の寅雄は、どこで買ってきたのか分からないが、防犯グッズを美久に手渡した。スタンガンだった。高圧電流を発して失神させる防犯グッズである。ただ、悪用されれば犯罪にもつながる所持品となり、所持して外出すれば、銃刀法には触れないが、場合によっては軽犯罪法で問題となるものだった。寅雄は大事な娘が襲われでもしたら…との想いで購入したのだろう。美久は父親に感謝し、バッグへ入れて通勤するようになった。

 ある夜のことである。美久は帰宅しようと夜道を歩いていた。

「もしもし…」

 そのとき後ろから声がして、あやしい人影が後ろから迫ってきた。美久は危険を感じ、早足で歩いた。すると、その人影も早足となり迫ってきた。美久はおそろしくなり、駆けだしていた。人影も走った。美久は小さく叫んでいた。

「あっ! もし!」

 息を切らせながらその人影は美久の前へ立ちふさがった。よく見れば、年老いた巡査だった。息を少しずつ整え、美久は落ちつきを取り戻した。

「不審者を見張っていたもので…」

 巡査は息を整えながら、言った。

「それで、私になにか?」

「いや、上からの命令なんで…。この前の犯人がまだつかまっておりませんので、その検問なんですよ」

「ああ、そうでしたか…」

「申し訳ないんですが、所持品を拝見させてもらってもいいでしょうか?」

「えっ? ああ、いいですよ」

「そんなにお時間は取らせませんので…。なにぶん、上からの命令なんで…」

 かなり時間を取られてるけど! と少し怒れたが、美久は口にせず、心にとどめた。巡査はお辞儀して美久からバッグを受け取ると、懐中電灯で照らしながらゴチャゴチャといじくった。嫌な気分の美久だったが、それも思うにとどめた。

「すみませんねぇ~~。これも…」

 上からの命令なんでしょ?! と、美久は怒りながら、これも思うに留めた。

「おや? …これは?」

 巡査は寅雄が持たしたスタンガンを手にし、美久にたずねた。

「物騒だから父親が『持ってけ』って言ったんです…」

「ああ、そうでしたか。確かに、この道は物騒ですから…。いいでしょう…。いや、私も上からの命令なんで…」

 上からの命令に弱い人なんだ…と美久はバッグを受け取りながら漠然ばくぜんと思った。

「どうも! お時間を取らせました、もう、結構です」

 巡査は美久に敬礼した。美久は歩き始めた。

「すみません! 上からの命令なんで…」

 美久の後ろから、また巡査の声がした。


                  完

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