(54) 集団的自衛権
川戸は、なにげなくテレビのリモコンを押した。アナウンサーが集団的自衛権について冷静に語っていた。同じテーブルの横には解説者らしき男が座っていて、アナウンサーの問いかけに熱く語っていた。川戸は、ああ…今日もやってるな、ぐらいに思いながら、美味そうに出汁に浸けた蕎麦を啜った。川戸の今日は、午前中、裏山伝いにある畑の野菜の収穫だった。最近は、猪とかが山から下りてきて、作物を荒らすことが多くなっていた。当然、川戸もその対策としてネットを被せたり、周囲に柵を張り巡らせたり、その他にもいろいろとやってみたのだが、一向にその効果は現れなかった。敵もなかなか強かで、あの手この手を駆使して進入したのである。そういや、隣の畑の駒石も、昨日、そのことで愚痴っていたのである。川戸と駒石は家も近かったから、ここはひとつ集団的自衛権だな…と、画面のニュースを見ながら川戸は漠然と思った。だが、案外早く、その事態は現実に巡ってきた。
三日ばかり経った朝のことである。駒石が慌てて玄関へ踊り込んできた。
「川戸さん! 偉いことですぞっ! 私の畑もだが、あんたの畑も、かなり荒らされとります!」
「いよいよ、集団的自衛権ですなっ!」
「はぁ?」
「ははは…いや、なに。電流を流す対応策です。少し要りますが、費用とかは折半ということで、どうです?」
「ああ! そういうことですか。この前、言っておられたやつですな。しかし、常時、流すとなれば、費用対効果が…」
「ああ、それもありますな。ともかく、しばらくは集団的自衛権ということで、交互に夜は見回りましょう」
川戸は最近、覚えた集団的自衛権という文言を多用した。
「? …はあ」
「それにはまず、安全保障法制整備に関する協議をする必要がありますな」
「そんな大げさな…」
「いえいえ、こういうことは、いろいろな場合を想定して、協議しておく必要があります。なにせ、集団的自衛権ですからな」
「はあ…。そういうものでしょうか?」
「ええ、そういうものです。場合によって想定せねばいけません」
川戸は言い切った。
「はあ…」
駒石は川戸に圧倒され頷いた。その後、始まった二人の協議は一時間に及んだ。
「まあ、この15事例でよしとしましょうか。それじゃ今夜は私、あしたは駒石さんの見回りということで…」
「分かりました、では…」
駒石は静かに川戸に背を向け玄関を出ようとした。
「集団的自衛権で!」
川戸は後ろ姿の駒石に念を押した。駒石はギクッ! とした。
「はっ? …はい!」
駒石は川戸に天然さを少し感じながら表戸を閉めた。
完




