(51) カメレオン
湯山はカメレオンのように生きてきた。彼には生まれもってその才に長けていた。まず、自分がその場に存在する気配を消すことが出来た。もちろん、よく見れば湯山の姿は見えるのである。だが、意識してその場を見ないと見過ごしてしまう、いや、湯山にすれば、他人を見過ごさせてしまう能力に長けていたといえる。要は、その場にいる人物以外の景色に溶け込む能力があったのである。辺りに溶け込めるものがなく、これはまずいぞ…と思えたときは、スゥ~~っとその場から去る能力も備わっていた。
「ここが分からんなぁ。湯山君!」
開枝専務が書類から顔を上げ、専務室を見回した。そのとき、湯山の姿はすでに専務室にはなかった。
「あれっ? 今、横にいたんですがねぇ? 呼びましょうか?」
「いや、もういいよ。あとで調べとく…」
あるときなど、こんな出来事があった。湯山は部下の磯崎とともに大物契約の一件で取締役会に呼ばれていた。
「このままでは、この契約は競合相手に取られてしまうぞ! これは湯山課長が指揮していたんだったな」
取締役が左右にズラリと並ぶ中、中央最前列の鳥串社長が威厳を込めて言った。湯山と磯崎は最後部で社長に対峙して立っていた。
「いや、そうでしたが、今は磯崎にすべてを任せております」
湯山は小声で呟くように言った。
「なにっ? よく聞こえなかった。もう一度…」
「今は磯崎にすべてを任せております!!」
「ええっ!!?」
磯崎は不信感を露わにして横に立つ湯山の顔を見た。湯山は悪びれもせず、平然と立っている。本当は、湯山が指揮していたのだった。
万事が万事、この調子だったから、湯山はいつの間にか会社でカメレオンと呼ばれるようになっていた。ただ、湯山にも会社へ貢献するメリットはあった。カメレオンと呼ばれるだけに捕食性に長けていたのである。もちろんそれは虫ではなく、新たな事業展開、契約確保への先見性だった。
「いやぁ~~会長、湯山君には参りましたよ。まさか為替レートがこれだけ変わって含み損が見込まれるとは…」
会長室の応接セットに、先代社長で今は会長の鳥串と息子の鳥串社長が座っている。
「そうらしいな…。大幅に海外輸出を見直したんだったね? どうも彼には先見性があるようだ…」
「肝心なところで消えなきゃ、なおいいんですが…」
二人は顔を見合わせ、大笑いした。
完




