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(49) 軽く!

 愛嬌あいきょうタクシーの社屋は周囲が土塀で囲われている。その一角にある通用口は上下線通行のトンネル状になっていて、行き帰りのタクシーが出入りをしている。通用口の上には愛嬌タクシーと書かれた大看板がかけられている。通用口を通り抜けると、広い駐車場と奥に小さな社屋が見える。駐車場には、何台もの同じ車体色をしたタクシーが整然と並んでいる。奥の社屋の一角には、この春から採用された新入運転手養成の研修室がある。研修といっても運転技術ではない。客対応へのノウハウ、平たく言えば接遇せつぐう、いや、もっと分かりやすく表現すれば、客と話す要領を完璧かんぺきに教え込もうというものだ。愛嬌タクシーでは、今年、二人が定年退社し、三人が新たに採用された。三人のうち二人は中年ながらも会社にとっては手頃な人材で、運転技術もそれなりに熟練していて、なんの問題もなかった。ただ、残りの一人、籠井は、免許を返上した方があなたのためですよ…と言われかねない老人で、しょぼかった。会社が彼をやとったのには、それなりの理由があった。社長の広江と籠井は小学校の親友だった。同窓会の席で広江は籠井が生活に困っている事実を知らされたのである。広江が、よかったら、うちで…と、冗談半分に言ってしまったのが事の発端ほったんとなった。

「重い重いっ! どうして、そう重いんです? もう少し、軽く!」

 籠井に客との会話の接遇を指導しているのは教官役の先輩運転手、清水である。

「はあ…」

 籠井は、か細い声で自信なさげに返した。

「じゃあ、もう一度、言って下さい。私は客ですよ!」

 清水がタクシーを呼び止めたところからの設定だ。すでに清水からOKが出た二人は少し離れたところにいて、あきれ顔で腕組みしながらながめている。

「駄目駄目! やる気、あるんですか? 籠井さん」

 清水は優しく言った。社長の広江から、よろしく頼むよ! と両手を合わされ懇願された以上、清水は無碍むげしかれず、大弱りである。そこへ広江が様子を見に現れた。

「清水君、もういいよ…。籠井さんは私専用の運転手として雇うから」

「あっ! そうですかっ! 分かりましたっ!!」

 清水の返事は明るく軽かった。助かりましたっ! が清水の本心なのだが、そうは言えなかった。

「籠井さんには軽く! 送り迎えしてもらうさ、ははは…」

 広江は皆を見回し、大笑いした。

 翌日、広江はお抱え運転手となった籠井が軽く! 慎重に運転する軽ワゴン車に乗って、軽く! 出勤した。


                 完

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