表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/100

(46) 落としどころ

 物事には[落としどころ]というものがある。これを逃せば、結果が惨憺さんたんたるものになる、その分かれ目だ。

「あいつ、まだ付き合ってるそうだぜ」

「そうそう。もう、かれこれ20年だろ。よく続くよ…」

「ははは…。俺達ゃ数年で落としてるのにな」

「ああ。同期はみな、所帯持ちなのにな。いやぁ~なにか、訳ありなんじゃないか?」

「ああ、それは言える。20年と言やぁ~、ひと世代だぜ。きっと、なにかある」

「ああ…」

 社員食堂で二人が少し離れた一人をチラ見しながら話しては食べている。これは、落としどころを失った恋愛の場合である。食堂を出て階段を降りると、各階の踊り場にトイレがある。男子トイレで大の用を足している男がいる。朝の出がけに子供に先を越された。幸い、便意は遠退いたので出勤したのだが、昼の定食を食べ始めたところでにわかにもよおしたのである。ウンチや小便の我慢も、ある程度のところで見切り発車しないと、…まあ、こうなる。

『… なかなか出んなぁ~』

 この男、そう思いながら、いきんでいるのだが、固くなってしまったのか、なかなか出づらい。これ以上いきむと、また痔の肛門が切れるから、それもままならず、数十分、格闘している訳だ。[落としどころ]をのがすと、食べられず、出せずというみじめな結果になってしまう。この会社の窓越しに国会議事堂が小さく見える。その中の某委員会の風景である。

「賛成の諸君の起立を求めます!!」

 ドタドタと野党議員が委員長席へ詰め寄り、委員会は怒号、野次雑言が飛び交い、騒然となった。どうも、強行採決に反対する光景のようだ。これは、わざと[落としどころ]を早めた結果、生じたトラブルだ。与党側の委員長は、恐らくこうなるであろうことを予見していたのだろう。その覚悟を背負わされた男の哀愁こもる声が切ない。

「▽◎※! き、起立多数! &%# …よって、本案は…%&”#…可決されましたっ!」

 細く、弱く、小さい声はよく聞きとれないが、そう告げると委員長は、ソソクサと委員会をあとにして退席した。与党委員に守られながらの逃避とうひ場面である。そんな国会議事堂をあとにして、街並みを越えると築地つきじである。築地の朝は早い。

 競りが始まっている。

「…###、&&&、”””、&&&、$、$!」

 訳の分からない早口の競り専門語で落札額が決まった。この男は[落としどころ]を心得ている。この築地を離れ、しばらく街並みを迂回する。とある警察署が見えてきた。中の取調室では、若い刑事と年老いた刑事が犯人とおぼしき容疑者を取り調べている。

「いい加減にしろ! アリバイは崩れたんだっ!!」

 若い刑事が机を叩き、椅子に座って黙秘を続ける容疑者に迫った。

「… …」

「ははは…。お前さん、子供がいたな。父ちゃん、帰ってこないの? って、泣いてたぞ。可哀そうにな…」

 静かなしみじみとした声で老刑事はささやいた。次の瞬間、容疑者は机へ泣き崩れた。

「ぅぅぅ…や、やる気はなかったんだぁ~!」

 この老刑事は[落としどころ]を心得ている。“落としの○さん”と呼ばれる警視庁きっての名刑事らしい。犯行は自転車の空気入れを自転車屋から盗んだ単純窃盗だった。

「初犯だっ! まあ、今後は心を改めることだな。ははは…示談にするとさ」

 老刑事が容疑者の肩をポン! と叩く。容疑者は、ふたたび泣き崩れた。さすがは上手うまい[落としどころ]である。


                  完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ