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(43) 燗冷[かんざ]めの与三[よさ]

 人呼んで、彼を燗冷かんざめの与三よさと言った。本名は与木三男である。彼は何かにつけ、歌舞伎の見得を切った。元は歌舞伎役者を目指していたのだが、事情があって故郷へ戻ったのである。ただ、いつの日か、ふたたび歌舞伎を志そうと、いつも稽古に余念がなかった。ただ、これでは日々の生活は成り立たない。すべてがすべて、歌舞伎仕立てに物事を進めるものだから、手間がかかって仕方がなかった。彼は産業振興部の観光物産課で働いていたが、同僚の職員は彼の存在をなんとも面映おもはゆい目で見るのだった。与木の呼び名のいわれは課で行われる宴会にあった。忘年会、新年会は申すに及ばず、花見など、すべての宴会で残った酒類は、すべて彼の収納瓶に集められた。これはある意味、残飯処理係である。彼はそれで酒代を浮かせ、いつかの日の上京費用に積み立てていたのである。そんなこととは知らない課員達は、彼が事あるごとに歌舞伎の見得を切ることから、誰彼となく燗冷めの与三と呼ぶようになった。

「課長! 与木さん、またやってますよ」

 同じ課の三島が窓口で市民と接遇している与木を見て課長の矢代に言った。

「ああ、与木君か…。放っておけよ。別に苦情も出てないんだから…」

 矢代は半ばあきらめ口調で返した。実のところ、与木の仕事は今一なのだが、市民の受けはよかったのだ。課長の矢代としては市民の受けがいい以上、たしなめたりしかることは出来なかった。公共の福祉が官庁の最優先だからだ。とはいえ、仕事の出来が悪いとなれば、これはもう頭をかかえて悩むしかない。

「知らざぁ~~言って聞かせやしょう!」

 関係のない市民までが観光物産課の窓口へ集まりだした。

「言って名乗るもおこがましぃ~がぁ! 燗冷めの与三たぁ~・・俺のことよぉ~」

「待ってましたっ! 観光屋!!」

 掛け声もかかり、拍手と喝采かっさいである。こうなれば、毎度のことながら与木の独壇場となる。他の課員も楽しそうにチラ見しながら仕事を進めた。与木の評判は朝刊にも取り上げられ、話題はローカルから全国にまで広がっていった。

「ああ…君ですか。私、ご存知でしょうか?」

 ついに、本物の有名歌舞伎スターが姿を見せた。それは、評判になりだしてから半年後のある日のことだった。

「は、はい! もちろん!!」

 むろん、与木はその人物を知っていた。

「君は筋がいいよ!」

 与木の夢はかない、その二年後、彼は歌舞伎座の舞台を踏んでいた。


                  完

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