表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/100

(42) 欲で生きる男

 生れもって富豪のその男は、欲で生きる男である。彼から欲を取れば、何も残らない…と誰もが思うほどのすさまじい欲の持ち主だった。男の前には我慢する・・という言葉は存在しなかった。我慢は健康によくない…というのが彼の持論で、必ず発散した。むろん、それは法律で許される範囲内だったが、あるときなど、ギリギリでセーフという事態も起きたりした。その欲の発散のため、男は一時、外国で居住し、発散後、また帰国したこともあった。だが彼はひるまなかった。欲だけが男のすべてだったからだ。食欲、色欲、地位欲、名誉欲、金欲、物欲、生命欲…なんでもござれで、欲で生きる彼のかてとなった。彼にはそれを極める天性の集中力が備わっていた。

「ああ、素晴らしい逸品いっぴんだねぇ…。12億なら安いじゃないか」

「いかが、いたしましょうか?」

 男は黙ったまま、片手でOKサインをだした。

「かしこまりました…」

 執事は下がろうとした。

「あっ! 今夜はアレにアレだよ」

 執事は止まって、振り向いた。

「はい、分かっております。アレにアレですね?」

「そう。アレのアレじゃないよ。アレにアレ」

「はい、かしこまりました。そのように…」

 軽く頭を下げると、執事はふたたび動き、去った。前者のアレとはアレで、後者のアレはアレである。言っておくが、決してナニではない。

 彼は欲で生きる男だったが、酒池肉林におぼれないある種のわきまえがあった。それが欲で生きるこの男の原点でもあった。

 あるとき、国連の事務総長が極秘裏に彼を二ューヨークへ招致した。会談は某ホテルの一室で、これも完全なマスコミをシャットアウトした警護態勢で、通訳を介して極秘裏に行われた。

「お願いいたします。是非とも世界の舞台へ!」

「いや、事務総長。申し訳ないのですが、私にはその気がありません。見えずに世界を動かす…それが、私です」

 [私の欲です]と言いかけ、男はあわてて[私です]と言い変えた。彼は一度、表舞台で世界を動かしかけたことがあった。だが余りの多忙さが、男にはどうもシックリと馴染なじめず、その欲はいつの間にか消え去ったのだった。

 現在、男の欲はふたたびふくらもうとしている。世界で頻発ひんぱつする紛争を未然に消し去ろうという欲がメラメラと彼に燃え始めたのである。久しぶりに彼の心に湧いた欲の胎動である。この欲が満たされるとき、彼が世界の救世主となることは疑う余地がない。

 欲で生きる男は今、静かに世界の動静を見据みすえている。


                  完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ