(41) 嘘[うそ]だろ!
会社からの帰り道、酔いが回った祐一がフラフラと歩いていると、歩道の一角に茶色っぽい手持ち用の鞄が落ちていた。少し暗かったが、街灯の明かりで十分、鞄だとは分かった。祐一が恐る恐る手にすると、ズッシリと重い。チャックをまた恐る恐る開けると、中には札束がぎっしりと入っていた。祐一は、嘘だろ! と一瞬、思った。さて、この鞄をどうするかだ…と祐一は巡った。辺りを見回せば、幸か不幸か人の気配はなかった。心の悪魔が、『誰も気づきゃしないさ、そのまま持って帰りな…』と囁いた。その一方で、心の天使が、『聞いちゃだめ! すぐ見つかるんだから!』と、可愛い声で呟いた。その声は祐一が見染めたOLの彩香の声に似ていた。彩香にメロメロの祐一の足はいつの間にか動き、気づけば交番の前にいた。祐一は交番へ、その鞄を届けていた。
「こりゃ、大金ですね…」
「事件ですかね?」
「さあ~私には…。ただ、その可能性もありますね」
「だとすれば、怖い話ですね」
「はあ、確かに…」
警官のあんたが怖がってどうすんだい! と怒れたが、そこはそれ、冷静さを取り戻し、祐一は状況説明と手続きを済ませた。交番の警官は、その後、拾得物件預り書を祐一に手渡した。
「3カ月、見つからなかったとき、もちろん事件がらみじゃない場合ですが、その場合は、あなたのものですよ」
警官は不気味な笑い顔でニヤリと笑った。
「はあ…」
祐一は少し怖くなった。
「ご苦労さまでした!」
そう言われて敬礼をされれば、悪い気はしない。
「いや、どうも…」
祐一の心は明るくなり、帰途はルンルン気分だった。
数ヶ月が瞬く間に過ぎ去った。そしてある日、祐一が住むアパートの郵便受けにお知らせハガキが舞い込んだ。落とし主が見つからないから受け取りに来て下さい・・という内容だった。祐一は嘘だろ! と自分の目を疑った。あれだけの大金だから、恐らく落とし主は現れるさ…と祐一は内心、思っていたのである。少し気分が高揚し、祐一は億万長者の気分になった。いつもは飲まないお客用にとっておいた高級ワインを傾け、一気に飲んで咽た。急に心が萎み、俺は、さもしい…と情けなくなった。ともかく、今日は早く寝て、明日の朝一で行こう! と決意し、寝床に入った。
次の朝、祐一はルンルン気分で朝食を済ませ、ハガキを背広へ入れようとした。ところが、どうしてもハガキが見つからない。躍起になって探したが、分からなかった。そうだ! 預り書があったぞ…と机を開けたが、それも消えていた。嘘だろ! と祐一は思った。まあ、交番へ行けばなんとかなるさ…と思え、祐一は交番へ行った。そして、交番へ入ると警官がいた。祐一が事情を話すと、しばらく警官は調べた上で首を捻った。
「おかしいですね。そのような物件は預かってませんが…」
「三か月前、確かに…」
「いえ…。いつでしたか?」
「11月の2日です」
「ははは…ご冗談を。今日は9月ですよ」
祐一は嘘だろ! と思った。そのとき、祐一は意識が朦朧とした。気づけば、路上の片隅で眠っていた。そこは鞄を拾った場所のはずだった。嘘だろ! と祐一は起き上がった。祐一は長い夢を見ていたのだ。
完




