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(40) 冷や汗

 高崎は冷や汗をよくく。その掻きようは世間の常識をくつがえし、とても尋常とは思えなかった。滝のような汗とは正にそれで、バケツが一時間ばかりで半分ほどになるのである。そうなれば、当然ながら水分補給を身体が要求する。高崎のまわりにスポーツ飲料のペットボトルを見ない日はなかった。

「また、あいつか…。桑畑、バケツを用意しとけ!」

 ラグビー監督の小池は遅れてやってきた高崎を目で追いながら、ベンチで鬱陶うっとうしいそうに言った。

「はいっ! 分かりましたっ!」

 今年、チームに加わった雑用係の桑畑は返事と同時に立ち上がり、疾駆しっくしてベンチから走り去った。桑畑と入れ換わってグラウンドに入ってきた高崎は、対照的にゆったりと歩いて現れ、少しずつベンチへ近づいた。彼にとって、少しの衝撃は冷や汗を流す・・という生理的な不測の事態に至るからだ。他の選手達はグラウンドでいつもの練習に余念がなく、汗を流している。汗を流すと言っても彼等が掻く汗の量は高崎の比ではない。

「遅くなりました…」

「んっ? ああ…まあ、いいさ」

 小池も出来るだけ刺激を与えまいと言葉をつつしんだ。バケツが到着するまでは高崎に冷や汗を掻かせられない・・という心理があった。

 しばらくして、雑用係の桑畑がバケツを2ヶ持って走ってきた。小池はそれを見て、思わず笑った。

「ははは…、いくらなんでも、そんなには掻かんだろう。なあ、高崎!」

「はあ、まあ…」

 高崎は小さく返した。そのとき、小池の携帯が激しくなった。

「はい、小池です。えっ! 選抜されましたか。朗報ですね!」

 小池のチームが全国杯に選抜されたのだ。それなりの勝ち星は積んでいたし、前回の国体に優勝した実績からして、ある程度の予想はしていた小池だったが、それが現実となったのである。監督としては、やはりうれしいものだ。その気持が、うっかり口をすべらせた。

「いよいよ全国杯出場が決まったぞ! お前も忙しくなるな、高崎!」

 小池は大喜びで高崎の肩をポン! と一つたたいた。それが、いけなかった。

「えっ!? 僕、出るんですか?」

 次の瞬間、高崎の緊張の糸はプツリ! と切れたのである。切れると同時に高崎のひたいから滝のような冷や汗が流れ始めた。小池は、しまった! と思ったが、もうあとの祭りだった。

「バ、バケツだっ!」

 小池は桑畑に叫んだ。桑畑は持ってきたバケツを高崎の前に置いた。

「お、おい、桑畑! ペットボトルだっ!!」

「は、はいっ!!」

 桑畑から手渡されたペットボトルを高崎は一気にグイ飲みした。グイ飲みして、冷や汗を流す高崎・・一つのバケツは、高崎自身が持つ瞬間最大汗量の時間記録をはるかにしのぎ、わずか20分で一杯になった。ギネスものだ…と雑用係の桑畑は思った。二つ目も4分の1ほどまったとき、高崎の冷や汗の出量は、ようやく峠を越した。小池は、やれやれ…と、ひとまず安堵あんどして、額の汗をぬぐった。練習しているグラウンドの選手達はベンチがそんなことになっていようとはまったく知らぬげに、長閑のどかに練習を続けている。

「バケツ 2(ツゥ~)は正解だったな桑畑。ははは…」

 小池は2ヶのバケツを見ながら苦笑した。


                 完

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