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(35) 一発勝負

 どういう訳か須藤君は失敗が許されない一発勝負に弱かったんです。それは、彼がメンタル的に弱いということも多分にありましたが、どうもそれだけではないようだ…と、腕組みしながら部活顧問の富岡先生は考えていました。これは、僕が先生から直接、聞かされたお話です。

 須藤君は、その日も部室に一人残り、トランペットを吹いていました。その様子を近くで富岡先生が腕組みして見ているという構図です。須藤君は上手うまくいった…と思った瞬間、指先が狂って途轍とてつもない場違いな音を出してしまうのでした。その現象は、いつもぶっつけ本番の演奏で起こりました。練習とかでは上手くいっていたものが、どういう訳かステージとかに上った瞬間、もっと細かく言いますと、観客席に大勢の人がいたときなんですが、そうした場合に限り、必ず起こるというものでした。

「訳が分からんなぁ~。上手く吹けてるじゃないか」

 彼の持ち場の演奏がとどこおりなく終わったとき、富岡先生は首をかしげながらそう言いました。

「僕も上手く吹いてるつもりなんです…」

「そら、そうだろう…」

 須藤君は手に持ったトランペットを椅子の上へ置くと、先生を真似るように腕組みして首を傾げました。それを見た富岡先生は、真似をするな! とばかりに、両腕をだらりと下ろし、ズボンのポケットへ入れました。すると、須藤君もすぐ、そうしました。

「妙な奴だ! …まあ、いい。今日はもう遅い。帰りなさい」

「はい…」

 須藤君は富岡先生に一礼し、トランペットをいつもの保管場所へ戻すと部室を出て行きました。発表の演奏日がせまっていました。富岡先生は、どうしたものか…と思い悩みながら部室の鍵をかけました。

 次の日の放課後、男女のブラスバンド部の連中がぞろぞろと部室へ入ってきました。僕もその中にいて、みんなとワイワイやっていたのですが、須藤君だけは隔離されたように一人、浮いていました。須藤君が話しかければ話しますし、こちらから話しかけても須藤君は話すのですが、なぜか皆とは違和感があって浮いていたのです。だから、それは誰の責任でもありません。今、考えれば、やはり須藤君がまた発表会でドジるんじゃないかという潜在意識が皆にあったからじゃないか…と思えます。

「須藤! いい方法が見つかったぞ」

 そのとき、富岡先生が息を切らせて部室へ入ってきました。

「お前は、振りをしろ!」

「振り?」

 須藤君はいぶかしげな表情で富岡先生を見ました。

「そうだ! 吹いた振りだ」

「吹いた振り? ですか?」

「ああ、本番では音を出さずに指だけ動かしてろ。なにせ、一発勝負だから失敗はできん。今度失敗すれば、俺は顧問をやめんといかん。お前の持ち場は一年の増田に舞台のそでで吹かせる」

「分かりました」

「まあ、お前には悪いが、安全策だ」

 須藤君も自分が迷惑をかけていることは分かっていますから、素直にうなずきました。

 演奏会当日、須藤君は上手く吹く振りをしました。それが、なかなか上手かったのです。

「お前な。ブラバンやめて、演劇部へ入れ! 言っといてやるから」

「はあ…」

 須藤君は富岡先生の言葉に頷きました。今では演劇部の部長をしている須藤君ですが、なかなかの名演技で好評を呼んでいます。なんでも、劇団試験にパスしたとかで、プロになるようです。演奏の一発勝負では駄目だった須藤君ですが、演劇では上手くいってよかったです。


                 完

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