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(23) 定年後

 須山は去年春、定年を迎えた。やれやれ、これで第二の人生が…と軽く考えていた矢先だった。部長の川北は、『ははは…今、君にやめられちゃ、誰も君のセクションが出来ないから困っちゃうんだよね~』と、軽く言われ、仕方なく延長して働くことにした。副部長待遇の嘱託としてである。

「よく降るね。20cmは積もったろう…。どうだい、帰りに一杯! もちろん、私のおごりだよ」

 川北は須山が退職しなかったから一応、幹部にもメンツが立ち、なにかと須山のご機嫌をとった。

「いいですね! それじゃ、遠慮なく」

 相変わらず雪が断続的に降る寒い日である。須山も少し温まりたい気分だったから、話は案外、スムースにまとまった。

 仕事が終わり、二人は会社を出た。いきつけの[烏帽子えぼし屋]は二十年前の開店以来、全店員が烏帽子をかぶって接客するユニークな店として好評だった。もちろん、美味うまくて安くてポリュームがあり…と至れり尽くせりだったからでもあるのだが…。

「定年後はもう一度、大学の医学部に入って医者になりたかったんですよ。そのために少しは貯めたんですけどね…」

 つくねをフゥ~フゥ~させながら、柚子ゆず味噌をつけて美味そうに食べ、須山は軽く笑った。

「そうだったの? なんか、引き止めて悪かったね」

 川北は熱燗の酒を口へ流し込んだ。

「ははは…いいんですよ。どうせ受かるかどうかも分からないんですから」

 須山はビールジョッキを一気にふた口、飲んだ。

「いや! 君だったら絶対、受かるよ。同期の私が保証する」

 川北が湯気の上がる豚肉を酢味噌で頬張る。 

「ははは…部長に保証されましてもねぇ~」

 そう言いながら、須山も負けじと湯気の上がる豚肉を酢味噌で頬張った。鍋が頃合いの湯気を立てて煮えている。二人のほおに赤みがさし、少し出来あがってきた。

「部長はどうなんです?」

「俺かい? 俺の定年後はまあ、趣味のゴルフと盆栽いじりかな。ははは…まあ、定番だ」

「そういうのも、肩が凝らず、いいですよね!」

 べんちゃらではなく、須山はそう思っていた。医者は来世に予約するか…と。


                 完

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